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外れスキル「影が薄い」を持つギルド職員が、実は伝説の暗殺者  作者: ケンノジ


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慰安旅行3


 何も知らないランドルフ王に、俺は事の次第を一から説明をした。


「……ということは、『セカンド』と呼称される危険薬物が、クーセラ男爵の治める港町を中心に流行りはじめていた、ということか」


 ちらり、とランドルフ王が、元凶でもあるクーセラ男爵を見やる。

 ああだ、こうだ、と矛盾ばかりの弁明を続けていたが、ランドルフ王は聞く耳を持とうとしなかった。


 今ではうなだれ、正座をして反省の様子を見せている。


「エルヴィからの手紙で、ルーベンス神王国でも、一部地域がそんなふうになっている、と聞いた」


「なるほど。ルーベンスとは大河を挟んでいる。もし何かあるとすれば、迂回して海からコトカの町へ荷物を運ぶ、と読んだわけか」

「偶然も重なった」


 さすがに、いきなり報奨金が出て慰安旅行が最寄の港町になるとは予想できない。

 だが、あらかじめディーに調査させていたのは正解だった。


「我がフェリンド王国では、早々に禁薬として指定する。製造、販売、使用する者を厳罰に処すとしよう。……というわけで、クーセラ男爵、事がいかに重大か示すために、貴公には少々キツい処罰をせねばならぬ。情状酌量の余地はない」


 ランドルフ王はこの場で、爵位、領地、財産の一切を没収することを告げた。


「私腹を肥やすために、そのような薬に手を出し、広めようとした貴公の罪は重い。しかもコトカの町は交易の地。他国にも迷惑をかけかねん。しばらくは牢でゆっくりするといい」


 クーセラ男爵を連れていかせるため側近を呼ぶが、俺は待ったをかけた。


「まだ訊きたいことがある。流行らそうとしたのは、こいつで間違いない。だが、作ったのが誰かわからない。魔族の誰かだというのはわかってるんだ」


 ランドルフ王がいっそう表情をしかめた。


「魔族が……?」


「ああ。人間が使わない『ゲート』という移動魔法を使っている痕跡があった。そいつが、『セカンド』を作ったのか? それともそいつの上にも誰かいるのか? 知っていることを話せ」


 クーセラ男爵は、顔面蒼白になりながら、「殺される……」と何度もつぶやいていた。



◆ライラ◆



 クーセラ男爵拘束の三時間ほど前。


 ライラは水着を選ぶために、ミリアと賑やかな市場にいた。


「そもそも、水着とはなんだ?」

「知らずに買おうとしてたんですか……? 水中を泳ぐときに、服のままじゃ泳ぎにくいですよね? だから、泳ぎやすいようにしてある、濡れてもいい服、と言えばいいでしょうか?」


 きょとん、とライラは首をかしげた。


「裸ではダメなのか?」

「どこの部族ですか。ダメですよ。エッチです、ハレンチです! 砂浜を歩けないですよ」

「浸かってから脱げば、裸は見られぬぞ?」


 マジな目で、ミリアがライラの肩をつかんだ。


「そういうことじゃないんです。……そういうことじゃないんです」

「め、目が怖いぞ……」


「可愛いものを身に着けていたい……それが乙女心なんです……!」

「ほ、ほう……?」


 あまりよくわからなかったが、ミリアの迫力に押され、ライラはうなずいておいた。


「たとえ作り物だとして、可愛いものを着ているわたしを好きな人に見てもらいたい……! それが、乙女心なんです……!」

「そ、そうなのか……?」


 やっぱりよくわからなかったが、ミリアが熱弁するので、曖昧にうなずいた。


「あっ、こっちの水着も可愛いです~」


 かと思えば、一瞬で店頭に置いてある水着に目移りし、うっとりと眺めはじめた。


「妾さんは……どんなやつでも似合いそうですね……」


 ミリアは、半目で足下から胸元まで二度視線を往復させた。


「ふふん、そうであろう、そうであろう。妾が着て似合わぬものなどないっ」

「う、うらやましい……」


 どれがいいんでしょぉ~? と、店に入っていったミリアは、並べられた水着に目移りをしている。


 そのときだった。

 人通りの多い市場の中に、ふと見知った顔が見えた気がして、ライラは振り返った。


 短い赤い髪。首筋、後ろ姿。


「あれは……」


 ミリアを置いて、人込みを縫うようにして、ふらふらとそのあとを追った。

 人違いならそれでいい。


 もし、こちらの世界で窮屈な暮らしをしているのであれば……せざるを得ないのであれば、魔界へ帰してやりたい。

 実力を考えれば一人で帰れる。だから、そうできないわけがあるのかもしれないと思った。


 部下想いな気持ちと、敗戦の責任感が足を動かせた。


「ま、待ってくれ」


 人の波のせいで上手く近づけない。

 声を出しても、届いた様子がない。


 見失ってはいけない。

 目だけは離すことなく、ライラは小さくなった後ろ姿を追いかけていく。


 その男はどんどん町外れへと進んでいった。

 いくつもの大きな倉庫らしき建物が軒を連ねている。

 人けはあまりなく、声を出せば届きそうだが、顔を確認したかった。


「リーナス……、リーナスなのか……?」


 小さな扉の鍵を開けて、倉庫のひとつへと入っていく。

 横顔が見えた。

 間違いない。


 戦死したと報告があったが、あれは誤りだったようだ。


 涙が出そうになり、喉の奥が詰まった。


「……っ、リーナス」


 同じように中に入ろうとしたが、鍵がかかって入れない。

 こんなところで何をしているのか、と近くにあった窓から中をのぞく。


 ズタ袋に詰められた何かが、いくつも重ねてあった。


「あれは何だ……? リーナスが見当たらない?」


 後ろからぬっと現れた影がライラを覆い、肩を掴まれた。


「ライリーラ様」

「な、なんだ……ディーか、どうしたこんなところで」


 見知った部下の顔に、ライラはほっと胸を撫で下ろした。


「ロラン様に、ライリーラ様を捜してくれって頼まれたのぅ。さあ、帰りましょう?」

「ディー、聞いてくれ。リーナスが。リーナスが生きておった。さっき、この中に入って」

「リーナス殿下が……?」


 ディーが綺麗な顔を曇らせた。


「見間違いじゃあ……ないわよねぇ、ライリーラ様が言うのだものぅ……」


 同じようにディーが中をのぞきこんだ。


「え、あの袋って……あらあらぁ、これは大変だわぁ……ロラン様にお伝えしないと。リーナス殿下が絡んでいるなら、日没といえど万が一のときは、わたくしには手に負えないわぁ……」


「ん? ディー、そなた、あれが何なのかわかるのか?」

「ええ。ライリーラ様、よく聞いてください。あれは――」


 言葉を遮るようにして足音がし、二人は振り返った。


 沈んだ夕日の残光を背にした、赤髪の男が立っていた。


「誰があとをつけていると思ったら……姉上に、キャンディス……懐かしい顔ぶれだ。――姉上、貴方、死んだはずでは? いや、魔力がこれっぽっちも感じられない……本当に姉上か?」


「リーナス、よくぞ生きておった! 妾は、この通り健在であるぞ。魔力は故あって失われたが」


 ディーが守るようにライラの前に出る。


「殿下……ここで何をされていたのですか……?」

「貴様に関係あるのか? 失せろ」

「っ……」


 殺気に近い重圧に、ディーが息を呑む。

 ロランのそれは、鋭利で雷のように速いが、リーナスのそれは、重く厚い。


「リーナス、魔界へ帰ろう。ロジェが時折やってくるのだ。あやつについていけば」

「誰があんなところになど帰るか。俺に指図するな。こちらはいい。天才に比べられることもなく、俺が、俺でいられる。飯も美味い、イイ女も多い」


 何か言おうとしたライラの腕をディーが掴み、首を振る。


「…………帰りましょう、ライリーラ様」

「だ、だが……」


 ディーは、まだリーナスに何か言おうとするライラを強引に引っ張る。

 冷や汗を流しながら、一歩、二歩、と離れ、その速度を上げようとした。


「おい、キャンディス。貴様、何を知った」

「いえ……何も……わたくしは……」


 師団長のさらに上。

 元魔王軍、軍団長の一人、リーナス・ディアキテプ。


 ライラの実の弟だ。

 天才に比べればいくぶん実力は劣るが、それでもディーからすれば、格上も格上の存在だった。


 事情を説明せよ、とライラが瞳で訴えている。


「……姉上――魔王は死んだのだったな」

「リーナス? 妾は、生きておるぞ」


「魔力のない魔王などいない。であれば、今、俺の目の前にいるのは偽物……魔王を騙る不届き者。ならば、姉上の名を汚す者は、誅すべし」


 何を言っているのか、ライラにはさっぱりわからなかった。

 混乱していると、ディーに肩を突き飛ばされた。


「逃げて、ライリーラ様。あの方が姉を疎ましく思っていたのは、軍内でも有名な話。無力なうちに貴女を殺す気なのよぅ」


 ディーは吸血槍を呼び出し、手に握る。


「フン。やる気か。いいだろう。久しぶりに楽しませてもらうぞ――!」


 好戦的な笑みを浮かべたリーナスが、両腕を魔力で覆った。

魔鎧(マギレガス)』と呼ばれる高等技術だ。


 ふっ、とディーの表情からいつもの笑顔が消えた。


「二人ともやめよ! 何が何なのか、さっぱりわからぬ!」


「リーナス殿下は、ニンゲンにとって非常に有害で、中毒性の高い薬を広めようとしているの。ロラン様から、そのことを調査しろと指示があったのよ」


「何……? 有害な、薬を、だと? リーナス、それは本当か」


「答える義理はない」


 リーナスが動いた瞬間、ディーも槍を操り、細かく刺突する。

 だが、決着は呆気ないものとなった。


 リーナスの左腕が、ディーの胸を貫き、派手に吐血した。


「あ――が、はっ……」

「フン。雑魚が」


 足を使って、リーナスが蹴とばすように腕を抜く。


 からん、と倒れた吸血槍が塵のように消え、ディーの体はゴミのように転がった。


 吸血鬼といえど、致命傷。きっちり胸の真ん中を狙った一撃。

 その光景を目の当たりにしたライラは、頭のどこかで冷静にそう考えている自分が嫌だった。

 呼んでも無駄だとわかったが、それでも声に出さずにはいられなかった。


「ディー? おい……ディー!」


 痙攣する体をさするが、応答があるはずもなかった。

 睥睨するリーナスの声が降ってくる。


「ここで会ったのも、何かの縁……いや、因縁か。姉上、ずっと、貴方のことが嫌いだった。何が天才だ、何が史上最強の魔王だ! 何があったのか知らんが、今やこの体たらく! この雑魚がッ! 俺の前から消え失せろッッッ!」


 積年の恨みがあったのだろう。

 殺気をまとったリーナスの顔は、歓喜に歪んでいた。

 ライラを狙いすました血濡れた左腕が、眼前に迫る。


 リーナスの真横に、ふっと、影のようなものが湧いて出た。

 ライラにはそうとしか思えなかった。


 だが、その影がロランだとわかった。

 凄まじい衝撃音とともに、リーナスがロランの拳で顔面を潰された。

 グシャッとなる瞬間が、はっきりと見えた。


 リーナスが倉庫のほうへ吹っ飛ぶと、派手な音を出し壁を突き破った。


「ライラが雑魚なら、おまえだって雑魚だろ」

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