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外れスキル「影が薄い」を持つギルド職員が、実は伝説の暗殺者  作者: ケンノジ


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傷痕3



 三回目の仕事の相手は、商人だった。


 王都の屋敷までやってくると、侵入経路から音もなく中に忍び込んだ。


『あんまりいい商売をしてないらしい。ま、ウチらの仕事になるくらいだからね』


 エイミーはそう言っていた。

 誰であろうと、仕事ならやり遂げるだけだったので、無駄な情報だと俺は聞き流していた。


『仕事中は、必ず何かが起きると思っておきな』


 その言葉を、まさしく痛感することになる。


 標的の寝室では、殺すはずの男がすでに殺されていた。




 サーシャを助けたあと家に帰ると、ミリアと一緒にライラが作ったらしい料理が並べられていた。


 俺の顔を見るなり、ぱあっとライラが表情を明るくする。


「遅かったな。ミリアが遅くなるかもしれない、と言っていたが、思いのほか早かった」

「ああ。個人的な用事があった」


 ふむ? とライラは訝しそうに首をかしげた。

 ミリアはもうすでに帰ったらしく、食事をしながら、ライラは料理をしているときのことを楽しそうに教えてくれた。


 ライラの顔を見ると、安心する。

 この家も、家具の配置も、俺はここで暮らしているのだ、と実感する。


「……ここ数日、変に考え込むことがあるな? 妾でよければ聞くぞ? アイリスに意地悪でもされたか」


 ししし、と冗談めかしてライラは笑う。


「そなたが話したいのであれば、耳を貸してやらんでもないぞ」


 顔に気になる、知りたい、と書いてあるくせによく言う。

 食事中する話でもないので、さっさと済ませリビングへ行く。


 葡萄酒を一本開け、夕食の残りをツマミにしながら、グラスのそれを飲んだ。


「その、個人的な用事とやらと関係があるのか?」

「そんなところだ」


 茶化すでもなく、ライラは蒸した鶏肉をつまみ、葡萄酒でゴクゴク、と喉を鳴らす。


「妾が聞いて進ぜよう」


 聞きたくて仕方ないくせに、やたらと偉そうなライラだった。


「腹の傷痕……あれは、任務中に負ったものだ。三回目の、仕事中のことだった」


 隣のライラは、俺の腹をすりすり、とさする。


「ヘマをしたなぁ」


 痛かったであろう、とまるで子供扱いだ。

 いや、俺もまだまだ子供だった。

 自分を過大評価していた頃だ。


「一一歳のときだ」

「ふうむ……一一?」


 二度見してきたが、話を続けた。


「俺の標的は商人の男で、王都に屋敷を構えるほどの、大商人だった」


 後々耳にしたところによると、強引なやり方で財をなし、方々に恨みを買っていたそうだ。

 誰に恨まれていたかまではわからなかったが、ともかく、俺は関係ないルートからの仕事だった。


「その商人は、密かに武器を反乱勢力に売りさばいていた」

「危険な男であるな。場合によっては、兵を持つ者より金を持つ者のほうが怖いこともある」


 だから仕事になったんだろう。


「なるほど、わかったぞ。その商人を殺そうとしたとき、手痛い反撃にあったのだな?」

「全然違う。最後まで話を聞け」

「む」

「俺が男を殺そうとしたとき、すでに殺されていた」

「ほう?」

「色々と、本当にみんな、間が悪かった――」


 ただひとつ言うなら、俺はまだプロになりきれてはいなかった、ということだ。


 俺が部屋に侵入したまさにそのとき、同業の男が、標的を殺した瞬間でもあった。


「動揺した。それはその男もそうだった。だが、俺より奴のほうが冷静になるのが早かった。俺の目的に気づいた男は、しー、と人差し指を立てた。俺の仕事は、手を下すまでもなく終わっていた。そっと姿を消して帰ればよかった」


 振り返れば、冷静にそうするだけだと思えるが、現場で今まさに起きたことに、情報処理が追いつかなかった。


 まだ経験の浅い、三回目の暗殺。

 あいつが言い含めたように、臨機応変に対処なんてできなかった。

 俺は、十分子供だった。


 ライラはグラスを傾けながら、静かに俺の話を聞いている。


「本当に、全員、間が悪かった。……そこに、小さな子供の声がした。今でも覚えている。『パパ、一緒に寝てもいい?』。ゆっくりと扉が開いた。俺より年下の女の子が部屋へ入ってきた」


 輪をかけて俺は混乱した。

 だが、男が放った殺気が、俺を正気に戻した。


「不都合だと思った男は、その女の子を殺そうとした。反射的に俺の体が動いた。……力量は、同じくらいだったと思う。いや、もうわからないが……。俺のナイフは男の胸に刺さり、男のナイフは、俺の腹を抉った」


 意外と男が小柄だったのが幸いした。

 それとも、いきなり割って入った俺に驚いて、手元が狂ったのかもしれない。

 どうしてそうなったのか、それはもうわからない。


 脳が焼けてなくなるかと思うほどの痛みだった。


「三回目の暗殺は、標的ではなく、標的を始末した暗殺者を殺す結果となった」

「それが、この傷痕か」


 ライラが服の上から傷痕を撫でる。


「手負いの俺が家に戻ると、師匠は手当しながら俺を叱った。なんと言ったのかわからないが、怒っていたような気がする」

「それでどうにか助かった、と」


 目が覚めた俺は、天井を見ながら考えた。

 家族構成は当然頭に入れていたが、情報として知るそれと、目の当たりにするのでは、重みが違った。


「あと、二分……いや、一分俺が現場に早く着いていれば、俺があの少女の父を殺していた」

「事実は違う」

「ああ。だが、ほんのすこしの差でしかない」

「そのおかげで、そなたは少女を助けた」


 ライラはそう言うが、俺は首を振った。

 すくなくとも、当時の俺はそう思えなかった。


「……罪悪感で、目まいがした」


 俺はまだ経験の浅い、仕事に不慣れな子供でしかなかった。


 師匠にその後のことを訊いたのもよくなかった。

 反乱勢力に物資を援助していたことが明るみになり、一族は路頭に迷うことになった。


「その少女か。最近そなたにご執心な女は……」

「ああ。よくわかったな」

「ミリアが言っていた」


 なるほどな。


「あの仕事を続けていれば、気にかけることもなかった。たぶん忘れていただろう」

「ふうん。わかった……そなたは、その罪滅ぼしをしている、ということか」

「そういうことになる。『温かい』や『寂しい』『愛しい』の感情を理解したせいもあるだろう」


 フン、とライラは酒臭い息を吐く。


「どうして貴様殿が、他人の罪を背負ってそれを償わねばならぬ。助けるということは、それはよいことであると思うが……」


「目の前にいれば……手に届く範囲にいるのなら、手助けしたいと思ってしまう。……俺はもう、暗殺者じゃない」


「気が済むのであれば、そうしてやるがよい」


 ぺろっと服をめくったライラは、直接傷痕を撫ではじめた。


「そなたでも刺されることがあるのだなぁ」

「昔のことだ。それ以来正面から刺されたことはない」


 よしよし、と頭を撫でられた。


「真面目、なのはよいが……ぷふ……あまり考え過ぎは、よくない」

「……」


 瓶を確認すると、いつの間にか全部空になっていた。

 静かに聞いていたのは、酒のお陰でもあったらしい。


「だが……だが、そなたのことが、知れたのは、嬉しく思うぞ。近う寄れ……」


 と言いながら近寄ってくると抱きつかれた。


「妾にだけ、もっとそなたのことを教えてくれ……。何をどうしたとしても、妾は、そなたの味方であるぞ……?」


 ライラの赤い髪を撫でる。

 ひっつき虫になったライラが離れてくれないので、俺はお姫様抱っこをしてベッドまで運んだ。


「魔王をお姫様抱っこというのも、不思議な感じがするな」

「何を言う。妾とて、元は魔族の姫である。丁重に扱うがよい。…………こ、今夜も……優しく……頼む……」


 小声で言うので、俺はおかしくてすこし笑った。

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[気になる点] 自分の年齢わからなかったんじゃないっけ?
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