即戦力ルーキーと出会う6
今にして思えば、冒険者ギルドでのディーとの会話は、以前と比べればどこか噛み合わなかった。
何もなければ気づかないほど些細なものだが、質問を質問で返したり、質問しているのに、違うことを話しはじめることもあった。
そして、瞳の様子を見て確信した。
『リアルナイトメア』に近い催眠系の魔法で、自我を失くしているのだと。
吸血鬼は、異常状態にならないというわけではない。
麻痺させたり、眠らせたり、それらは推奨されている対処法でもあった。
「体が、痛い……どうしてぇ……?」
目を覚ました。
今度は正気のようだ。
「それは、俺がおまえを床に叩きつけたからだ」
「……? あらあら、ロラン様。ここは……?」
「記憶はないのか?」
俺はディーに肩を貸し、胸糞悪い部屋から出ていく。
「ここは……一体……?」
「どうやら、おまえは催眠魔法のようなもので、自我を失った状態にあったらしい」
「あらぁ、そうだったのぅ」
相変わらず気の抜けるしゃべり方だ。
「ということは、ロラン様が助けに来てくれたのねぇ?」
「いや、最悪の場合、その逆だった」
「?」
結果的には助けたがな。
俺の考えていたような事態でなくてよかった。
地下を出る途中、食事の部屋を覗いた。
目隠しと猿ぐつわをされていたが、そいつは生きていた。
拘束をほどき、逃がしてやる。
その被害者は、近くの村の青年だった。
最初はターゲットが冒険者だったのに、いつの間に無差別になったのか。
地下を出た俺は、敷地内にある小屋へとむかった。
その間、何が起きていたのか、俺はディーに説明をした。
「……そんなぁ……わたくし、そんなことを……」
がっくりとディーは落ち込んでいた。
覚えているところからだと、ディーは一か月前のクエスト名を挙げた。
小屋にやってくると、かけられた錠前を破壊し、中に入る。
そこには、老若男女、合わせて一〇人ほどが捕まっていた。
「ロラン様の話からすると、この人たちを、わたくしの餌に……?」
「いや……実際は、そうでもないらしい」
「え? それはどういう……」
「本人の口から聞こう」
近づく気配があったのには気づいていた。
振り返ると、護衛の騎士らしき男を一〇人ほど連れたダールトンがいた。
「君ぃ、そんなところで、一体何をしているんだ?」
「拉致された行方不明者を解放しているところですが」
笑顔の仮面を被っているかのようなダールトンは、眉ひとつ動かさない。
「名乗れよ。どこのどいつか知らないけど、勝手に人の別荘に入ってもらっちゃ困るんだ」
こいつは、魔法の素養が高く、魔法使いの部隊を指揮していた。
あまり活躍する機会はなかったが、小賢しい魔法が使えるらしい。
「ギルド職員のロラン・アルガンです。キャンディ冒険者には、よくクエストを斡旋していまして。どこか様子がおかしいので、ここまで尾行させてもらいました。僕のことは領主バルデル伯爵の調査員だとでも思ってください」
俺は後ろの拉致された人たちを指差した。
「この人たちの件で、領主様の前で色々お話を訊かせてください」
パチン、とダールトンは手を合わせた。
「ああ、その件ね。キャンディさんに言われて集めたんだ。一体何をするのかわからないけど、どうにも彼女には逆らえなくてねぇ」
「えっ……」
訝し気に、ディーは眉間に皴を作った。
記憶がないのだから、その反応も仕方ないだろう。
「ご冗談を」
俺は一笑に付した。
「地下室も見てるんですよ、こっちは。全部、全部、あなたの趣味をカモフラージュするためでしょう?」
「……」
「サド趣味も大概にしないと、家名に傷がつきますよ」
笑顔の仮面に、ようやくヒビが入った。
「拷問器具を揃えて拷問するように、と魔眼で強いられたんですか? 一体、冒険者や村の人たちから一体何を訊き出そうとしたんですか」
拷問の目的なんかない。
その行為が目的なのだから。
ディーが本気を出したら、死体がどうなるのかくらい俺は知っている。
実際目の当たりにしているしな。
こいつは、事が露見したときのために、ディーをスケープゴートにする気でいたんだ。
何せ、相手は絶世の美貌を持つ吸血鬼。
異性は魔眼を使われたら逆らうことはできない。
おまけに、吸血鬼は人の血を好む。
貴族を利用した吸血鬼と、彼女に魅入られ操られた不憫な貴族の出来上がりだ。
だから、ダールトンは、ディーが吸血鬼だと知った上で催眠魔法をかけた。
俺も現場を見るまでは、騙されていた。
ディーが、貴族と共謀し人をさらい吸血している――。
もしくは、ディーが魔眼を使い、貴族を意のままに操り人間を餌にしている――。
このどちらかだと思ったが、現場を見て予想は外れた。
「たしかに、吸血鬼の魔眼は、強力な『魅了』効果を発揮します。とくに異性にはね」
「何を言っているんだ。僕はね、この女が血がほしいと言うから逆らうことができずに――」
「吸血衝動は、人間が考える以上に凄まじい欲求です。……催眠魔法が解けるかもしれないほどのね」
ダールトンが大きな舌打ちをした。
カマをかけたら当たった。
血を吸わせていたのは、吸血衝動による催眠魔法の解除を防ぐ目的があったみたいだ。
「あのぅ、一体どういうことなのかしらぁ?」
「簡単に言えば、ディー、おまえはこいつに利用されたんだ。吸血鬼であるということをな。それを隠れ蓑に、趣味で拷問して人を殺してたみたいだ」
「あらあら、まあまあ、それは腹に据えかねるわねぇ。利用した挙句、わたくしに見ず知らずの男の血を飲ませた、ということでしょう?」
しん、と体が芯から冷えるような怒気を感じた。
「護衛の騎士様たち、逃げるなら今のうちですよ?」
吸血鬼を目の当たりにしているというのに、騎士たちは薄ら笑いを浮かべている。
俺の言っていることを信じられないのか、それとも、ディーが吸血鬼だなんて思ってないんだろうか。
……俺は忠告したからな?
「わたくし、節操なく血は呑まないのよぅ。だってぇ、ニンゲンって下等種族でしょぉ? ロラン様以外は。だから、呑むとしても、わたくしが認めた方や、気になる方、気に入っている方だけなのよぅ」
ディーが、手の平を地面にむける。
「吸血衝動は、たしかにスゴイわぁ。でも、それ以上に呑んだあと、とぉってもエッチな気分になるのぅ。どうせなら、一緒にそういう気分になれるニンゲンがいいじゃない? 相手を選ぶのが、わたくしたち、吸血鬼の流儀よぅ」
ダールトンが、ついに取り繕うのを諦めた。
「何が下等種族だぁ! 人魔戦争に負けた敗残兵の分際でッ! たかが吸血鬼一匹がイキがるな!」
地面から血色をした長槍がゾルゾルゾル、と不快な音を出しながら出現した。
フォン、フォン、とディーが軽く振ると、騎士たちが顔色を変えた。
だが、もう遅い。
「たしかにニンゲンの血は大好物よぅ。けど、誇り高いわたくしたち吸血鬼の血肉になるニンゲンの血よ? ……わかるかしら、食事と餌は違うの――」
ディーが動いた。
そう思った瞬間には、長槍の穂先は、騎士の一人を甲冑ごと貫いていた。
騎士は悲鳴すらあげることができないでいた。
「吸血鬼を、そこらへんの獣のように扱うの――やめてくださるかしら」
長槍に、血管のような筋がいくつも浮かんだ。
ウゾウゾ、とそれらが蠢くと、刺された騎士は干からびていった。
「吸血槍。バカにしていた吸血鬼の槍よ。味わいなさい。そして、味わわせてもらうわ」
まばたきいくつかで、四人の騎士はディーの槍によって干からびた。
戦力に差があり過ぎた。
「ギャァアアアアアアア――!?」
「うるさいわねぇ……」
フォンと槍を振ると、突き刺さった騎士が転がる。
顔を見ると、枯れ木のようになっていた。
「クソ! 今大人しくさせてやるッ!」
聞き慣れない魔法の詠唱をダールトンがはじめた。
「また催眠魔法ですか?」
「――――ッ!?」
俺はまったくのノーマークだったらしい。
ナメられたものだ。
魔法を撃とうとするダールトンの顔面に、思いきり拳を叩きつけた。
「ぎゃッ!?」
カエルが潰れたときのような悲鳴をあげ、ダールトンは吹っ飛んだ。
小屋にぶつかったダールトンは、顔を血だらけにしていた。
前歯数本と鼻の骨が折れたな、あれは。
次回、お仕置きです。




