即戦力ルーキーと出会う5
ディーらしき背中を追って、俺は貴族が所有しているという別荘までやってきた。
小さな集落なら入ってしまいそうなほど、敷地面積は広い。
見張りはいたが、侵入するのに苦労はなかった。
ディーが、ここを住処にしていること自体は問題ないのだが、それならそうと報告してくれてもよさそうなのだが。
「……まだ住んでいると決まったわけでもない、か……」
足音をを忍ばせ、豪邸に入り込む。
メイドかコックかはわからないが、ここで働いているだろう人間の気配がする。
ディーの後ろ姿を見失わないように、俺はあとを追った。
階段をのぼり、四階建ての最上階へやってくる。
最奥の一室へ入るのが見え、俺は息を潜め耳を澄ませた。
「ただいま戻りましたぁ」
「今日は、クエストはないのか? そうか、なら今日はゆっくり楽しむといい」
「……」
貴族らしき男とディーの会話は、昨日今日にできた関係ではないことを感じさせた。
いつからなのかはわからないが、クエストの関係で知り合った貴族がディーに惚れ、色々と協力している、とするならまだ納得はいく。
そして、そうであれば、不幸中の幸いとすら思う。
バルデル卿が教えてくれた冒険者たちの失踪は先月からだ。
ニール冒険者とロジャー冒険者も、冒険者たちが行方不明になっていると知ったのもそのあたり。
冒険者のほとんどは、住所不定の根無し草だ。
行方不明になっても、大半の人間は気にしない。
そういうものだからだ。
それに、盗賊やゴロツキと違って必ず現れる場所がある。
冒険者ギルドだ。
もしディーと貴族が失踪に関与しているのなら、これほど都合のいい存在はいない。
だが、まだ決まったわけではない。
俺はもうすこし様子を見ることにした。
部屋から足音がしたので、俺は物陰に隠れた。
外套を脱いだディーとまだ若い貴族が部屋から出てくる。
あいつは……ヴィクトル・ダールトンか。
人魔大戦中、従軍している彼の顔を見たことがある。
たしか、王国北部の一部地域を治める男爵家の三男だったはずだ。
二人は、和やかに会話をしながら絨毯の上を歩き、階段を下りていく。
地下までやってくると、ダールトンがかかっている錠前を開けた。
俺は内心ため息をつく。
地下があり、そこにわざわざ鍵をかけている。
ロクでもないことをしている証拠だ。
ディーも慣れた様子で、ダールトンについていった。
切り出された状態のままの、ひんやりとした石造りの通路を進む。
敷地内の地図を思い浮かべると、ディーが入ったのは別荘内で一番大きな、ダールトンのいる建物。
今進んでいる方角は、離れた場所にある小屋のほうだ。
空気に血のにおいが混ざりはじめた。
二人が入ろうとする部屋の扉が開くと、一層そのにおいは濃くなった。
二人以外の人の気配がする。
「ううう~ッ! んんー! ~~~~んん!」
「さあさあ、どうぞ。すこしだけですよ?」
「はい」
「……ッ、~~~~っ! ――――――ッ!!!」
ぞるぞる、ぞぞぞぞぞぞ、と耳障りな水音がする。
奥にも部屋があることに気づき、俺はかかっていた鍵を破壊して中に入る。
「…………」
むあっとした腐臭が鼻をつく。
小さな黒点のようなハエが、数匹飛び回っていた。
色々な道具が壁に立てかけられ、酸化した血でどす黒く汚れている。
床もそうだった。
「二、三人じゃ済まないな?」
この部屋の淀んだ空気と、飛び散った血痕。あとは勘だ。
愉快な場所ではないことはたしかだった。
見学して部屋を見回っていると、荷車を見つけた。
かけられた布をめくると、そこには遺体があった。
例外なく損壊している。
のせられているのは、五、六人にも見えるし、一〇人くらいにも見える。
俺が見ても人数がわからないくらいの、損壊具合だった。
「………………」
ふうん、なるほどな。
そばに古い扉がある。
開けてみると、階段があり上に続いているようだった。
上は小屋のはずだ。
だとすれば、「ストック」を置いているかもしれない。
そっちならまだ助けられ
「あらあら、ロラン様。こんな場所で会うなんて、わたくし驚きだわぁ」
振り返ると、入口にディーが立っていた。
頬に手をあてて首を傾ける、いつもの仕草。
薄い唇を笑みの形にしているが、目はまったく笑っていない。
「俺も驚いた。こんなところで何をしている」
「わたくし、ロラン様を殺さなくちゃいけないのぅ」
「そうか。それは残念だな」
言った瞬間、ディーが動いた。
その場で床を蹴り上げ、回転するように飛ぶと、天井をもう一度蹴った。
常人なら、その身体能力と予測不可能な動きに、動体視力と状況判断が追いつかなかっただろう。
「その程度か」
ガバッと口を開けて迫るディーの首を鷲掴みにする。
「がっ……!? 見切られ、て――――!?」
首を掴んだまま、俺は汚れた床にディーを目いっぱい叩きつけた。
「ガハッ――――!?」
ディーは、冒険者になるとき、俺と手合わせをした。
その結果、自分が完全に俺より弱いと認識した。
その格上の俺相手に、無策に突っ込んでくるとは、どうしても思えない。
二、三度痙攣するディーの両腕を両足で踏み、しゃがみこんだ俺は目をよく見る。
ギルドではフードを目深に被っていたからわかりづらかったが……やはりな。
「『ディスペル』」
ディーから、バリン、とガラスの割れるような音がした。




