即戦力ルーキーと出会う3
「わたくし、早く自立をしたいから、なるべく報酬の高いクエストをしたいのだけれどぉ」
朝の食卓でディーはそう言った。
吸血鬼だから朝は弱いのかと思ったが、そうでもないらしい。
軍生活が長かったのもあり、朝に起きて夜に寝るのも慣れたという。
「ニンゲンでいうところの、昼夜逆転生活をしているのに近いのだ」
と、ライラが補足してくれた。
「それでも、日差しはあまり得意ではないけれど『ファイアガード』を使うと、すごく楽になるのぉ。でもなるべくなら、陽に当たりたくはないわ」
『ファイアガード』は火炎系の魔法を和らげる防御魔法の一種だ。
熱や日差しもある程度カットしてくれるらしい。
「話を戻すが、新人はFランクからスタートだ。それ相応のクエストと報酬になる」
「そうなのねぇ……」
「昨日説明しただろ」
「魔王軍でも指折りの美貌と実力を兼ね備えるディーが、Fランク冒険者とはな」
くふふ、とライラは愉快そうに肩を揺らした。
二人を置いて、俺は家を出ていく。
「今日も、頑張るのだぞ!」
ライラが腰に両手をやって、どどーん、と胸を張って見送ってくれる。
後ろでは、お淑やかにディーが手を振っていた。
「ん。行ってくる」
そう言って、俺はギルドへと出勤する。
朝礼前、男性職員たちから、ディーのことで質問責めにされたが、適当にかわしておいた。
アイリス支部長からの簡単な連絡事項を聞いて、業務開始。
席に着くと、アイリス支部長が便箋を持って来てくれた。
「これ。お手紙。……たしかに渡したわよ」
そう言って、事務室から去っていった。
「このクエストたち、どうしましょう」
俺は便箋をしまい、ミリアが持ってきた数枚の紙をのぞく。
クエスト票をまとめたものだった。
それも、クエストにしてから時間が経っている残り物ばかりだ。
討伐や採取、護衛、警備、おつかいなどの目的がはっきりした相談は、引き受けてくれる冒険者も多いのだが、そうでないと、誰も受けてくれないことが多い。
報酬額が割に合うかどうかも焦点になる。
職員としては、一応紹介はするが、そもそも冒険者の希望に沿って案内をするので、自然と不人気なクエストというのは出来てしまう。
持ち込まれた相談をクエストにするということは、解決できる・できそうな案件とギルドが認識したということでもある。
解決できないとなると、依頼主の不満に繋がってしまう。
ミリアにその紙束を見せてもらった。
「今まではどうしてたんですか?」
「一定期間を過ぎれば、受領者なしということで、相談者に説明をして、場合によっては報酬額を調整したり、ランクを上げたり下げたりしますが……それもできないとなると、破棄することになります。困っているのはたしかなので、解決してあげたいんですが」
ぱらぱら、と目を通していくと、いくつかのクエストには、共通点があった。
「夜光蝶の採取……希望報酬額二万リン。倉庫街の夜警三日間……希望報酬額三万リン。遊女のサクラ……一夜、女性限定、面接有り、これが三万リン、ですか……」
どれも、夜に働くクエストだった。
「夜光蝶のクエストで問題なのは、まず捕まえられるかどうかもわからないという点や、夜、森や山で探索することになるのに、報酬額が低いという点ですね……」
たしかに安い。
「倉庫街のこれは、三日拘束される上に夜の警備で危険なのに、安いというところです……」
「冒険者は、割に合わないと誰も受けませんからね」
三つ目の遊女のサクラに関しては、どうして冒険者ギルドに相談し、どうしてそれを職員はクエストにしたのか、という謎の特殊クエストだった。
ギルド内がざわつくので目をやると、ディーがやってきたところだった。
「こんにちはぁ~」
にこりと微笑んで優雅に手を振ると、ドキュウン、と射抜かれた男たちが全員膝をついた。
「綺麗なのに、どこか色気がある……」
「やたらとエロい……」
「膝枕、されたい……」
俺以外の男は全員ノックアウトだった。
「ん? ちょうどいい」
どうして割安と感じるのか。
危険が多い上に、普段寝ている夜に仕事をするからだ。
「ロラン様。クエストを受けに来たわぁ」
俺を見つけてディーが手を振ると、あわわわわ、とミリアが戦慄していた。
「え、えっちい体つきをした美人さんが、ロランさんの知り合いに……!? また、ロラン組(女子)に、バリエーションが……!?」
俺は専用のカウンターに着くと、むかいにディーが座る。
「確認するが、ディー、夜に活動するのはどうだ?」
「それが本来の活動時間よぅ? 今はニンゲンでいう、夜更かし状態だから」
「ちょうどいい。おまえにぴったりのクエストがある」
俺はさっきまで見ていた残り物のクエストをディーに紹介する。
「これくらいなら、わたくしでもできるかしらぁ。けどロラン様?」
「どうした」
「夜光蝶が、Dランク、夜警もDランク、遊女のサクラはCランクに設定されているのだけれどぉ……」
ディーは今日が冒険初日のド新人。
だが、実力は俺がよく知っている。
「たしかに、ランク通りクエストを受けさせるのがマニュアルだ。だが、職員が実力を認めているのであれば、受けさせてやることもできる。おまえは魔王軍でも指折りの夜の専門家だしな」
ニコニコと目元は和やかに微笑んでいるが、一瞬口元が妖艶に笑った。
まあ、依頼主はFランクの冒険者は嫌がるだろうから、俺もついていって依頼主に説明する必要がありそうだ。
「今日で二つこなし、夜警を三日勤めれば、八万リンが手に入るぞ」
「やるわぁ! わたくし、頑張る!」
「よし、受領の手続きをする」
滞留クエストが一気に三つもなくなる上に、ディーも本来の活動時間に行動できる。
さらに依頼主は割安の報酬で済むし、手数料もギルドに入る。
いいこと尽くめだ。
ディーは心配する必要がないくらい強い。
その心配がないだけでも大助かりだ。
俺はミリアにカウンターを任せて、ディーについていってやることにした。
採取は後回しにして、まずは遊女のサクラと倉庫街の夜警、両クエストの依頼主のところへ行こう。
「この町に、妓館はあったかしらぁ?」
「隣町にある。移動するぞ」
馬に乗り、ディーを後ろに乗せて走らせる。
「ロラン様は、わたくしの力を認めてくれていたのねぇ……昨日、実技試験でなんにもできなかったのにぃ」
「一夜で一個大隊を壊滅させられたときの衝撃は大きかったからな。それも単独で、だ。敵となれば恐ろしく厄介な相手だが――」
「ウフフフ、それは、こっちのセリフよぅ」
むぎゅっとディーが抱き着いてくる。
胸の感触を背中で楽しんでいる間に、隣町にやってきた。
小さな宿場町で、妓館が三軒ある。
その一軒の裏口をノックした。
何度か見かけたことのある中年の女が顔を出した。
「あら、ギルドのロラン君」
「こんにちは。今日は、以前いただいたクエストの冒険者を連れてきました」
「あ。ああああ、その娘がそうかい?」
目を奪われんばかりに、ディーに釘付けにされた。
「ええ。クエストはCランクで、彼女はまだFでして……それに、面接有りと書いてあったんですが」
「いいんだよ、ランクなんて。それに、そのツラなら問題ないよ! ロラン君が連れて来た子に間違いはないんだから。あんた、今夜、よろしく頼むね」
「はい、よろしくお願いします」
にっこりと微笑んだディーが小さくお辞儀をした。
「ロラン君にはねえ、いつもあれこれ、些細な相談聞いてもらっていっつも世話になってるんだ」
ウハハハ、と景気よく女は笑った。
挨拶を終えて、俺とディーはまた馬にまたがる。
「ずいぶんと、信頼されているのねぇ」
「そうか? みんな、ああだ。気のいい連中なんだろう」
「それはロラン様の実績や安心感からきてるのよぅ」
後ろでディーはウフフと笑った。
次は倉庫街の夜警だったが、こちらも俺の推薦ということで、即オーケーをもらった。
「だってロラン君、勇者様の家庭教師をしてたこともあるんだろ? そんなことしてた人が認める実力なんだ。間違いねえよ。Fランクでも全然気にしねえからさ」
責任者の男はそう言ってくれた。
「わたくし、ロラン様のメンツを潰さないよう、ヘマしないようにしなきゃ……!」
「気にするな。慣れないこともあるだろうが、真面目にやってくれればそれでいい」
夜光蝶はいつでもいいので、俺はディーを一旦家まで送っていった。
そのとき家の中から声がした。
「ライリーラ様ぁ! これ、見て下さいっ! 魔界で見つけて捕ってきたんです!」
「ほほう、珍しいな」
「この蝶は、夜に光るそうで、この人間界ではあまり見かけないらしいです」
「う、うむ? これを、妾にくれるのか?」
「は。ライリーラ様のために、このロジェ・サンドソングが捕ってまいりました。夜になれば、幻想的に淡く光るのです。それを楽しんでいただければ……!」
「ほ、ほう……あ、あまり虫には興味がないのだが……」
家の中に入ると、虫かごを押しつけるように渡すロジェと、複雑そうな顔で受け取るライラがいた。
間違いない、夜光蝶だ。
「む! 貴様、ライリーラ様を置いて仕事とは! 一人寂しく帰りを待つライリーラ様のお気持ちを考えたことは――」
説教しようとするロジェを無視して、俺はライラに訊いた。
「それはもらったのか?」
「うむ……だが、少々困っておる……」
「俺がもらっていいか」
「うむ! よいぞ!」
俺はライラから夜光蝶を受け取った。
これでディーのクエストはひとつ終わった。
「そんなぁ……」
両手両膝をついて、ロジェは嗚咽していた。
その背中を、ディーが優しくさすっていた。
俺は夜光蝶を持ってギルドに戻り、報告を済ませた。
報酬のいくらかはロジェにやろうと思う。
「ロランさん、夜光蝶なんてどこで見つけてきたんですか?」
「魔界にいたらしいです」
「はあ……マカイ、ですか……。そんな虫捕りスポットがあるんですね」
ほえええ、とミリアは感心しっぱなしだった。
その翌日、ディーは遊女のサクラのクエストを達成し、そのさらに数日後、夜警のクエストを達成した。
「あれ? 滞留クエスト、一気に減ったな?」
「ロラン君が、減らしてくれたんだって」
「マジかよ……放置してるとクレームになるもんな……ありがてぇ……さすがラハティ支部のエース」
他の職員たちにも感謝される結果となった。




