知り過ぎた男
俺はいつものように、やってきた冒険者にクエストを斡旋し、希望者には冒険者試験を行って、業務をこなしていた。
つつがない時間を過ごしていると、派手な鎧を身に包んだ男がやってきた。
「おい、あれ……Sランクの」
「なんでこんなところに?」
ガチャガチャと鎧を鳴らし歩いてくる。
手に持っているのは数本のロープ。
その先は、ボロを着た女の子たちの首に繋がっている。
獣人、エルフ、人間、ドワーフ……例外なく胡乱な目をしていた。
「……」
ギルド内が騒然とすると、男は俺のカウンターのところまでやってきた。
「君だろ? ロラン・アルガンというのは」
「はい、僕ですが。今日はどのようなクエストをお探しですか?」
「俺のことは知らないか」
「申し訳ありません。存じません」
冒険証を出して見せてくれた。
レニー・コンティ。Sランク。二一歳。
スキルは……『千里眼』か……。
「クエストを探しに来たわけじゃないんだよ」
「では、何をしに……」
「俺は、何でも知っている。君が誰で、今何をしてどう暮らしているのかも」
「……」
「おっと、殺さないでくれよ」
両手を挙げて、レニーはへらへらと笑った。
ギルド内の注目が集まっている。
何を知っているのかわからないが、場所を変えたほうがいいかもしれない。
「別に戦おうって思っているわけじゃないんだよ。俺はただ、君のパートナーがほしいだけだ」
「……パートナー」
「何べんも言わせないでほしい。俺は何でも知ってるんだ」
「何でも知っているのなら、プライベートな話をここでさせないでください」
「それは失礼。君の家で帰りを待たせてもらうけど、いいかい」
「断ったら?」
「断っても君の家で待つ。いいね」
踵を返し、レニーは奴隷らしき少女を連れて去っていった。
ほんのすこし張り詰めていた空気が弛緩する。
ミリアが話しかけてきた。
「ロランさん、レニーさんとお知り合いなんですか?」
「いえ、初対面です」
「そうでしたか……。怖いスキルですよねぇ、『千里眼』って。秘密は丸裸です……」
そもそも俺の存在を知らなければ『千里眼』は発動しないはずだ。
認識外の人間を視ることはできない。
覚えはないが、王都かどこか、それか以前に見知った相手だったんだろうか。
「パートナーって、きっと……」
「話がしたいそうなので、たぶん大丈夫ですよ」
「レニーさんのことで、あまりいい噂を聞かないので、わたし、ちょっと心配です……」
ちらりと、俺の家がある方角をミリアは見る。
今のライラは無力そのものだ。
心配は心配だが、わざわざ俺のところへ一度来て、要望を伝えたのだ。
いきなり手荒な真似はしないだろう。
そのつもりなら、最初から俺が留守の家でそうしているだろうし。
仕事を終えて、俺はまっすぐ家に帰った。
レニーがいるのがよくわかる。
奴隷の少女たちが木に繋がれていた。
本当に、きっちり奴隷扱いなんだな。
中に入ると、出迎えてくれるはずのライラはやってこなかった。
リビングに顔を出すと、不機嫌そうな顔でぶすっとしているライラとレニーがいた。
「貴様殿、なんなのだ、この男は」
「さあ。俺のパートナーがほしいそうだ」
「聞いた。たわけた男ぞ」
フン、とライラは不満げに息をついた。
「やあ、おかえり。さっそく、話の続きをしよう」
「話をする余地も、相談の余地もない。当然」
「ノーだと言うんだろ? だが、何度も言わせないでほしい。この赤髪の魔族が魔王で、君が彼女を倒した真の英雄だと、俺は知っている」
「「…………」」
「何の因果か、こうして今は仲睦まじく、それまでの地位や立場を捨て、二人暮らしを送っている、と……。腕利きのギルド職員がいる、と聞いて以前ギルド本部に顔を出した。そのときに君を見かけた。驚いたよ」
丁寧にレニーは説明をしてくれた。
「要は、秘密をバラされたくなければ、ライラを寄越せ、と?」
「その通り。俺はね、コレクションしたいんだ。魔族はまだいないからね。しかもそれがあの魔王だ。最っっっ高じゃないか」
「胸糞の悪いやつぞ」
「ライリーラ、君がそう言っていられるのも今のうちだぞ」
はいはい、とライラは聞き飽きたとでも言いたげに手を振った。
「その『千里眼』がどれくらいのスペックなのか、今様子を観察して調べていたんだが……」
「ふうん。何かわかったかい?」
未来が視えるというのは、すくなくともハッタリだ。
俺たちの事情がそこまでバレて、なおかつライラをほしいというのであれば、俺は確実にこいつを殺す。
スキルとしての『千里眼』と何でも見通せる千里眼とではすこし違うらしい。
「そのスキルは強力だが、効果範囲は広くない。『君を見かけて』と言ったことから、視界に捉える必要がある」
死角にいさいえすれば、こいつのスキルは使えないということになる。
「…………」
図星か。
「それと、視えるのは言動に限られる。思考や思想、頭の中までは覗けない。映像を見ている感覚に近いのか? どうやっておまえがSランクになったのか……その大げさ鎧を見ればわかる。こんなふうに他人の過去を視て、揚げ足を取り、弱みを握って出世したクチだろ。未来が視えるのなら、そんな防具なんて必要ないからな。危機は危機でないし、事前に予防も回避もできる」
へらへらしていたレニーの表情に苦いものが混じるようになった。
「おい、レニーとやら」
「な、なんだ」
「あまり、この男を怒らせないほうがよい」
「お、怒らせる……? どこが」
「妾にはわかる。それだけ言っておく」
「は、はあ?」
「自分の未来は視えぬらしいな」
俺がソファに座ると、眉をひそめながらレニーは警戒するようにこっちを見てくる。
ライラが隣にやってきた。
ふぁあ、とあくびをする。もうレニーに興味を失くしていた。
「魔王生存を、事実として突き止めた第三者は、おまえがはじめてだ。俺が魔王を倒した、という事実を知ったのも、人間ではランドルフ王の他にはおまえだけだ」
「フフ、そうだろうな。このことを公にされたくなければ、大人しく魔王を俺に渡せ。君以上に可愛がってあげるよ」
「人の過去を詮索するなど、あまりいい趣味とは言えないな」
俺はレニーのむかいにいたが、スキルを発動させ移動して背後に立つ。
消えたように映っただろう。
その証拠にまだレニーはソファを見ている。
はっと反応した瞬間、背後から俺はレニーの首を絞めた。
「はッ――――――――ぐッ」
やはり、自分の未来は視えないらしい。
「たしかに強力だが、おまえは『目』に頼り過ぎた」
俺の殺気には鈍感だった。
実戦経験は乏しいらしい。
それらの気配を元に、手練れは第六感を働かせるものだ。
「最期にひとつ教えてやろう。世の中には、知らないほうがいいこともある」
生き残るための嗅覚がこいつにはなかった。
それだけのことだ。
スキル頼りでランクを上げたせいで、実戦経験が足りず、養われるものも養えなかったんだろう。
「つまらぬ男だ。どうして魔王を倒し得たのか……それには考えが及ばなかったらしい」
全部わかっているのなら、俺とライラの秘密に近づくことがどれほど危険かわかったはずだ。
『リアルナイトメア』で勘違いさせておくこともできたが、どのタイミングで浄化されるかわからない以上――危険は排除する。
「もし俺がライラを渡したとして、こいつがしゃべらない保証はどこにもない。どんな手を使っても殺すに決まっている」
やがてレニーは事切れた。
「妾がほしいなどと、面白いことを言うバカな男であったな」
それには同意だ。
「今まで同じ手口で過去を覗き見て強請っていたんだろう」
「今回も、過去の成功になぞって同様の手口を使い無事死亡……というわけか」
俺はレニーだったものを担ぐ。
「しかし、よいのか? 仮にも有名な冒険者であろう?」
「明日の朝には身元不明の何かになった、物体Aのできあがりだ」
ふうん、とライラ。
「なぜ怒ったのだ? 珍しい。まさか……妾が取られてしまうと思ったからか?」
「さあな」
ライラはホクホク顔でうなずいた。
「貴様殿も、可愛いところがある。うむうむ」
外に出て、俺は近くの森へ『ゲート』でジャンプし、死体を放置した。
そうすれば、追剥が鎧や冒険証を奪い、魔物や魔獣が死肉を漁る。
一晩で誰なのか判別がつかなくなる。
家へ帰ると、繋がれていた奴隷の少女たちを解放する。
隷属紋があったので、全員に『ディスペル』をかけた。
「主人はもういない。どこへなりとも行くといい」
こんな日は早く寝るに越したことはない。
俺がすこし早めにベッドに入ると、ライラがやってきた。
相変わらず上半身は裸だ。
「妾を守るためであろう。世話をかける」
「俺にとっても不都合だっただけだ」
むぎゅっとライラに抱きしめられた。
「それでもよいのだ。…………妾も……そなたとは離れたくない……」
ちゅ、ちゅ、と額に二度キスをされた。
「ソゥヤ ヒュム シノン」
「どういう意味だ」
「魔族の古いおまじないである……意味は……恥ずかしいから言わぬ」
ごろん、とライラがこちらに白い背をむける。
「気になるだろ。教えてくれ」
「……うう……古い魔族の言葉だ……。『あなたの幸せが絶えませんように』」
暗くてもライラが赤面したのがわかった。
こちらを強引にむかせ、俺もすこし熱を持ったライラの額に二度キスをする。
「ソゥヤ ヒュム シノン……これでいいのか」
「う、うむ……」
衣擦れの音がする。
静かな寝室には、お互いの吐息さえ耳を澄まさなくても、よく聞こえた。
「……妾たちは、世界に嘘をついた共犯者であるな」
「そうだな」
暗がりに目が慣れたおかげで、ライラの赤い瞳が濡れているのが見える。
俺たちは、お互いをたしかめるように、触れるだけのキスを何度も繰り返した。




