試験官講習会へ行く5
会議室に戻ったときには、もう講習ははじまっていた。
今回はスキルとその系統や効果についてだった。
昨日の冒険についての講習もそうだったが、内容は初心者むけで、知っている者からすれば退屈な内容でもあった。
この講習が、二日あった講習会最後の講義だったので、終わったあと、何人かで食事に誘われたが、断っておいた。
「おい、ライラ。帰るぞ」
宿に戻ってみると、ライラはまだ二日酔いでゲッソリしていた。
「い、いやだ……王都を……まだ妾は堪能したとは言えぬ……」
青い顔でそんなことを言い出した。
「適当に『ゲート』を設置した。またいつでも来れるぞ」
「……そういうことであれば……」
がく、と意識を失った。
移動するとき便利なので、黒猫の姿にして、リュックに入れて宿を引き払った。
預けている馬を取りに行こうと宿を出ると、声をかけられた。
「ロラン・アルガンさんでお間違いないですか?」
その男はギルド職員の制服を着ていた。
急いできたらしく、息を切らしている。
「はい。僕ですが」
「ギルドマスターが……、タウロ・パロ様が……お呼びです」
また懐かしい名前だ。
だが、俺はもう仕事は終わった。
王都にいる用もない。
「俺を呼びつけるとは偉くなったな」
「はい?」
「いえ、何でもありません。マスターに『宿に行ったらもういなかった』とでも言っておいてください」
「そ、そんなぁ……。マスターは、ここ数日出払っていまして、それで先ほど帰ってこられたんです。それで、講習会が終わったと知って、慌てて私を――」
「『自分の足で来い』と、付け加えておいてください」
「そ、そ、そんなこと言えませんよ! ――ともかく、一度ご挨拶を、と……」
『ゲート』を設置したので、移動にかかる時間はほぼゼロだ。
おまけに、講習会は今日までなので、明日までは何をしても自由。
早く帰って家でのんびりしたかったのだが、一〇分くらいならいいだろう。
「……はぁ。わかりました。行きましょう」
「あからさまに嫌そう……」
使いっ走りの職員とともに、俺は再びギルド本部へと戻る。
ギルドマスターとは冒険者ギルドで一番偉い人間のことを言う。
もうすこし固い肩書をあげるなら、冒険協会の会長ということになる。
現ギルドマスターのタウロ・パロとは、過去に色々と縁があった。
そういえば、アイリス支部長に、俺が元暗殺者だとバラしたのもあいつだったな。
名を変える手間を惜しんでしまった俺も悪いが、だからといって、人の過去を勝手にバラすというのはどうだ?
まったく、余計なことを。
「あの、マスターの前ではあまりそういう態度は、取らないほうが……。同じギルド職員として、あなたのことがすこし心配です……」
「大丈夫です。大人しくしていますから」
態度を改める気はないが、一応そう言っておいた。
ギルド本部にやってくると、階段を上に上にとのぼっていく。
最上階にやってくると、あそこですよ、と廊下の奥にある扉を職員は指差した。
俺はノックもせずにその扉を開けて中に入る。
「あ、ちょっと、勝手に入ったら――」
慌てる職員に構わず俺は、後ろ手に扉を閉めた。
大仰な机の奥には、すこし老けた見知った顔がある。
角ばった顔と顎髭。それとは不釣り合いな、まん丸な瞳。
「おおお! うっはっはっは! 人魔戦争以来だ! 本物のロランだ!」
「俺の偽物でもいたのか?」
つかつか、と進み、革張りのソファにどすんと腰かける。
「うっはっはっは。そういう物言いは、相変わらずだな」
「相変わらず声がデカいな」
俺がふっと笑うと、こちらへやってきたタウロと握手を交わす。
「本当に、おまえ、ギルド職員なんてしてるんだな?」
「おまえのお陰で、アイリス支部長には元暗殺者だとバレたがな」
「うっはっは。つるっと口を滑らせてしまってな。すまん」
タウロは、一応、弟弟子にあたる。
だが、こいつはひと月で師匠のところから逃げ出した。
俺よりも一〇歳も年上なのに。
俺が純粋培養の暗殺者として暗躍する中、タウロは冒険者として頭角を現し、人魔戦争中、冒険者ギルド所属の者として異例ではあるが、王国から一軍を預かり率いた経緯を持つ。
冒険者としての経験と戦功を認められ、大戦後はギルドマスターの職に就いた。
「用件はなんだ? 顔を見たかった、なんて言えばすぐに帰るぞ」
「まあまあ、そう急くなよ。大事な話がある」
目をじっと見ると、思いのほか真剣だった。
「大規模クエストと言えば、わかるか?」
「これでも職員だ。理解している。それが何だ」
大規模クエストというのは、クエスト参加人数に上限のない、大掛かりなクエストのことだ。
まあ、名前のままだな。
討伐系のクエストもあれば、探索系のものもあった。
依頼主は、個人より国をはじめとする組織からであることが多い。
事例としていくつか知っているが、俺が働きはじめてからは、まだ見かけたことはない。
「おまえが今勤めるラハティ支部の地域一帯で、大規模クエストが発生した場合、その最寄の冒険者たちが対処することになるのだが……」
「だろうな」
「今までは、現場の指揮を冒険者に任せることが多かった。だがまあ、やはり揉める。自分のパーティを優先したり、贔屓したりなどなど、ともかく揉めまくる」
「戦いどころではないな」
「その通り。そこで、だ。冒険者ギルドは、大規模クエスト発生時、戦術顧問というポストを用意して、職員に指揮を取らせることに決めた。これなら公平だろう?」
各所に確認済み、手続き済みの話だとタウロは言う。
「驚け。陛下も即座にご了承くださった」
「……まさかとは思うが」
「それをロランに頼みたい」
「断る」
「早っ! 断るの早っ」
「どうして俺が」
まあまあ、とタウロは手を上下させる。
「大事な話その二と繋がりがないわけではないんだ」
「その二?」
「今、魔界の様子を知っているか? あちらでは今、魔王復活の話でもちきりだという」
「……」
「勇者様が倒したやつがそうなったのか。それともまた別の個体がそうなったのかはわからない。何かあった場合、迅速に動けるのは、軍や騎士団、貴族の私兵ではない。冒険者ギルドだ」
「それで、万が一の『大規模クエスト』が発生した場合は、俺に指揮を執ってほしい、と」
「そういうことだ」
強硬派を静めるために、魔王生存を明かしたのは致し方ないことだった。
それが巡り巡ってこうなるとはな。
だが、万が一は起こりえないことを俺は知っている。
「頼めないだろうか。おまえのいるラハティ支部一帯は、平和だと思うが」
復活したらしい魔王様は、今は俺のリュックの中で二日酔いで苦しんでいる。
「いいだろう。何かあった場合は、俺が指揮を執ろう」
「助かる。これは、ロラン一人というわけではない。各地域にそれぞれいるうちの一人だ。追って沙汰を伝えよう」
もう話はないようで、俺は席を立つ。
出ようとしたときに、タウロが言った。
「なあ。ロラン。魔王復活のことで、何か、心当たりはないか?」
「ないな。魔王は勇者パーティが倒した。生き返ったと勘違いをしているか、新しい個体がそうなったのかのどちらかだろう」
「そうか」
『魔王』は死んだ。
いや、死んでいる、と言ったほうがいいだろうか。
タウロの部屋を出ていき、ギルド本部をあとにする。
馬屋に預けていた乗ってきた馬を連れて、あらかじめ設置した『ゲート』へとむかう。
外壁近くの人目につかない場所まで行き、馬ごとジャンプした。
家に到着すると、リュックの中から声がした。
「妾のことであろうか」
俺とタウロの話を聞いていたらしい。
「起きていたのか。別の魔王かもしれないな。数百年に一度出現するものでもないだろ」
「……であるな」
ライラをリュックから出して、人の姿へ戻す。
二日酔いはよくなったのか、顔色がマシになっていた。
「話を聞かせてもらっていたが、貴様殿は、出世をした、ということか?」
「出世とは違う気もするが」
「戦術顧問!」
ライラが目をキラキラさせている。
「戦術顧問!」
「わかった、わかったから」
響きが気に入ったらしい。
「となれば、祝わねば……! 貴様殿よ、酒を買ってくるがよい。肉もだ!」
「おまえはジュースだがな」
「うぐぐ……。な、ならば、祝わぬ……」
呑みたかっただけらしい。
タウロは、なぜ俺に心当たりを訊いてきた?
俺が魔王を倒したことを知っているのは、依頼主のランドルフ王だけのはず。
アルメリアたちは知らないし、彼女たちが何か言ったとしても根拠のない憶測にすぎない。
「どうかしたのか? 戦術顧問」
「いや、何でもない」
「今度の休みは、また王都へゆこう」
「財布、もうスられるなよ」
「ぐ……苦い思い出である……」
顔を歪めているライラを促し家に入る。
その日の夕食はほんのすこし豪勢だった。
今回で「試験官講習会へ行く」のエピソードはおしまいです。




