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外れスキル「影が薄い」を持つギルド職員が、実は伝説の暗殺者  作者: ケンノジ


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試験官講習会へ行く4


「ううう……痛い……頭が……痛い……」


 ベッドの中でライラが呻いていた。


 昨日、旅先での解放感のせいで呑みすぎたからだろう。


「貴様殿……妾は、もう……ダメかもしれん……」


 うるるる、と涙を溜めながらひしっとしがみついてくる。


 魔王のくせに、かなり打たれ弱いらしい。

 いや、打たれた経験がないから弱いのか?


「夢で……小指のような何かに追い回されたのだ……凶兆に違いない……」


 馬鹿にしたバチだ。


「今日はもうダメだろうな」


 くっついてくるライラを引きはがす。

 俺は宿屋の主人から水を入れたポットをもらい、グラスと一緒に部屋においておいた。


「俺は講習会がある。大人しくしてるんだぞ」


 そう言い残し、俺はギルド本部の講習会が行われる会議室へむかう。


 昨日と同じ席に座り、やってきた別支部の職員たちに挨拶をしていった。


「ロラン・アルガン! ラハティ支部の、ロラン・アルガン職員はいるか!」


 本部の職員が室内に入ってくると、俺を呼んだ。


「はい。僕ですが」

「ジギムス・コンスタティン伯爵がお呼びだ。すぐについてきてほしい」


 誰だ、それは。

 俺は席を立ち、呼びにきた職員についていった。


「僕を呼び出している方、というのは……?」

「ジギムス伯爵、知らない? 冒険者ギルドを創設したいくつかの貴族がいて、ジギムス伯爵は、そのうちのひとつ、コンスタンティン家の現当主だ」

「そうでしたか」

「昨日の、あの件のことかもしれないな……」


 ありえる。

 よく見れば、この職員、昨日酒場でサミュエル講師と一緒にいた職員だ。


 そのジギムス伯爵とやらの部屋がギルド本部にあるらしく、今そこにいるという。


「あまり、怒らせないように。ジギムス様は、気の長いお方ではない。『首狩り公』と呼ばれ、気に入らない者の首を自ら落とすって話だから」

「それは怖い」


 首を落とす、というのは、戦場でなければ一種の自己顕示でもある。

 確実に絶命させられるという利点があるため、腕の立つ人間がそこを狙う、というのは

よくあることだ。


 だが、平時にわざわざ難しい首を狙って落とすとなれば、それは、自分の力を誇示しているのと同じだ。


 よほど、腕に覚えがある貴族様らしい。


 部屋の前まで案内されて、職員は「じゃあ」と言って去っていった。


 俺も講習会を受けなくてはならないのだが……。


 さっさと済ませよう。

 ノックをすると、中から声がした。


「入りたまえ」

「失礼します」


 執務室らしき場所で、支部長室とよく似ている。


 奥にいる三〇歳をいくつか過ぎた男が、そのジギムス伯爵のようだ。


「ロラン・アルガンです。ラハティ支部から参りました。昨日からここで講習を受けています」

「昨日……講義をしたサミュエルが、ずいぶんと世話になったそうだな」

「いえ。僕は、よりよいやり方があると指摘しただけですので」

「困るんだよ」


 整えた顎髭を触りながら、ジギムス伯爵は言う。


「サミュエルは、私がその力を認めて、騎士団や小回りの利く専任の冒険者たちに魔法を教えさせているのだよ」


 貴族というのは、独特のルールや慣習が多い。

 俺のような日陰者からすると、一番理解できないのが、名誉やメンツのために行動することだ。


「君が余計なことを言ったせいで、私の騎士団や冒険者たちは、非効率的な魔法を勉強し、使っていると思われかねない」


 その通りだと思うが。


「私の要求はひとつだ。昨日の場で、サミュエルに謝罪したまえ。自分が間違っていたと。それだけだ」

「……ですが、実際、僕のやり方のほうが非常に効率がよく――」

「そのような話はしてないのだよ」


 苛立ったようにジギムス伯爵は、俺の言葉を遮った。


「善悪、好悪、そのようなことはどうだっていい。……これは、サミュエル、ひいては彼を雇っているコンスタンティン家の名誉にかかわる問題なのだ」


 あの話を、ギルド職員たちが帰ったあと、あれこれ言って回ると、たしかにコンスタンティン家のメンツは潰れるだろう。


 どうしたものかと考えていると、ジギムス伯爵は立ち上がり、立てかけてあったロングソードを鞘から抜いた。


「わかる……わかるのだよ……同族のにおい。君も、相当殺しただろう? 何人だ? 五人か? 一〇人か?」


「……いえ……」


 唐突だな。

 刃を見つめ、うっとりとジギムス伯爵は言う。


「私はな、一六人だ! すべて覚えている……」


 恍惚の表情で、何やら回想をしているらしい。

 俺は快楽で殺した人間など一人もいない。


 切っ先で頬をなぞられた。


「どの段階だ、君は」

「はい?」

「私はな、亡者の声が聞こえる。――助けてくれ。やめてくれ。何故こんなことを? とな」

「はあ」


 ……どれほどの快楽殺人者かと思えば、その程度か。


「それを肴に呑む酒は美味い……」


 それは、ただの……。


「一七人目になってみるか?」


 要求はそこに落ち着くわけか。


 圧力と直接的な脅しか。


 危ないので、切っ先を掴んでおく。


「――! 何を……! 動かない……!?」

「……お可愛い『ビギナー殺人者』のジギムス伯爵のために、ご解説いたしましょう。亡者の声が聞こえるとおっしゃっていましたね。それは、あなたの良心からくる、ただの幻聴です」


「良心、だと……? 私は、そのようなものはとうに捨てた!」

「快楽殺人者を装わなければ、自我を保てないんですよ、あなたは」


 そのレベルでは、まだまだ序の口だろう。


「何を言うか! 私は! 気に入らない者を斬り、首を狩って」


「亡者は語らない。あなたの脳裏に色濃くこびりついた台詞が、今も繰り返されているだけです。それを肴に酒を呑む? 面白いことを言いますね。その幻聴から逃れるために、酒を呑んでいるだけでしょう?」


 ちょっと殺した程度で、幻聴が聞こえる。酒に逃げる。

 これだからビギナーは。


 自分の意思と任務でやるのは違うんだろうが、俺も一〇年以上前に、似たような経験をした。


「カッとなって殺してしまった。その悪癖を繰り返してしまい、良心の呵責に耐えられなくなった。たったそれだけのことですよ」


 切っ先から伝わる力がなくなった。

 手を離すと、ジギムス伯爵は剣を落とした。


「忘れないでください。殺した人の顔と人生を。生前どうであれ、彼らは、貴方を未来永劫、恨み憎しみます。その感情から、どうか逃げないでください」


 殺した俺が忘れないこと。

 殺した俺が彼らから逃げないこと。


 それが、俺なりの流儀だ。


「あなたは『悪癖』というたったそれだけの理由で、何の覚悟もなく、人の命を簡単に奪い過ぎた」


 たたらを踏んで、ジギムス伯爵は俺から距離を取った。


「何人殺したんだ、君は……」

「伯爵は、今まで呼吸した回数を覚えていますか?」


「呼吸……? いや……覚えていないが――」


 ですよね、と俺は返す。

 察した伯爵は声を失くしていた。


「…………」


 俺を見る目が明らかに変わった。


「サミュエル講師には、公衆の面前で恥をかかせてしまったことを謝っておいてください」


 ジギムス伯爵は小さくうなずいた。


「……わ、わかった。サミュエルのことは、もうよい。君を、当家で召し抱えたい。いくら出せば」

「すみません。今の仕事が、好きなので」


 呼び出されたはずの要件のことを、もういい、と言うのだから、もう帰ってもいいだろう。

 出ていこうと、ドアノブに手をかける。


「君は……誰だ?」

「自己紹介、たしかしましたよね? ただのギルド職員ですよ」


 そう言って、俺は部屋をあとにした。

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― 新着の感想 ―
[良い点] あくのかりすまさんだぁ
[気になる点] 「殺した俺が忘れないこと」って言った直後に殺した人数を覚えてないって遠回しにいうところが気になりました
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