試験官講習会へ行く3
「ふんんんんんんんん」
顔を真っ赤にしながら、アルメリアが突き刺した腕を壁から抜こうとしている。
職員たちは今起きた出来事を唖然として見守るしかなかった。
「何してるんだ」
「見てわからない? 腕が抜けなくて踏ん張ってるの」
「そうじゃない。ここは、ギルド職員の、それも冒険者試験の試験官講習会の会場だ。王女様はずいぶん暇らしいな」
ライラが……いない。
あいつ、どこに行った。
「うるさいわよ」
ずもっと腕をどうにかアルメリアは引っこ抜いた。
「ライリーラってロランの知り合いなんでしょ? だから、どこにいるか訊いたら連れてきてくれたの」
前会ったときは黒猫師匠の状態だったな、そういえば。
はあ、と俺はため息をついた。
あとひとつ、冒険者知識についての講習会が残っているんだが、こいつがここにいたのでは、みんなやりにくくて仕方ないだろう。
とりあえず、俺に何か用件があって会いにきたらしい。
一旦俺は会議室の外にアルメリアを連れ出した。
「何の用だ? 俺を捜していたらしいが」
「夕食……どうせ一人なんでしょ? わたしが、仕方ないから一緒に食べてあげる。ウチ、来る……?」
もじ、ちら。もじもじ、ちらちら。
アルメリアが落ち着きなく言った。
相変わらず偉そうというか、高慢ちきというか。
一生これは治りそうにないな。
「まさかとは思うが、それを言いにきたのか」
「ち――違うわよ! ただ、たまたま通りがかったら、ロランが殴られてたから」
「……」
どこにいるか、ライラに訊いたここまで来たとさっき言わなかったか。
「な、何よその疑いの目。……わ、わたしロランを助けたのに」
ぷう、とアルメリアが膨れた。
「怒りで我を忘れるな、と教えただろう。まあいい。俺を想ってくれての行動であれば、一応礼は言わせてもらう」
「何よ、素直じゃないんだから」
それはおまえのほうだろ。
とにかく、勇者様であり王女様であるアルメリアにはお引き取りいただいた。
「何時に終わるの?」
「いつでもいいだろ」
こいつ、迎えに来る気か。
「俺は、王都へは遊びで来ているわけじゃない。仕事だ。邪魔になる。城へ帰れ」
「そ……そんなに冷たくあしらうことないじゃない! もういいわよっ、バカっ。じゃあね!」
へそを曲げたアルメリアは、足音をズンズンと鳴らし、去っていった。
時間になり、次の講師がやってきたので、俺は会議室に戻った。
◆ライラ◆
ロランと別れた直後、ライラは王都を散策していた。
「ニンゲンの都は華やかでよい。賑やかだし、色んな食い物が置いてある」
人ごみの市場をあれこれ覗いて回っていくライラ。
風貌こそ魔族のそれであるが、獣人にエルフ、ドワーフ、様々な種族がいたため、ライラの魔族の象徴である赤髪赤目はそれほど目を惹くものではなかった。
くんくん、と肉を焼いた香ばしいにおいに誘われて、ふらふらと歩いていく。
肉の串焼きをやっている店へ辿りついた。
「主よ。ふたつくれ! ふたつ!」
はいよ! と腕まくりをした店主が肉の塊を厚切りし、それをタレで焼き、三つを串に通してくれた。
そのとき不自然に、ささささ、と動くフードを被った何かが見えた。
魔力や魔法能力こそなくなったが、それ以外の動体視力や反射神経は当時のままだ。
人ごみを縫うように素早く移動している。
ときどき止まり、また移動を再開する。
「なんだ、あれは」
「――お嬢ちゃんお待ち!」
「うむ」
懐の財布を出そうと、ポフポフと触る。
「……? んん? 財布……財布……」
「お嬢ちゃん、どうした? まさか……」
「財布が……ない……! お、落としたのか……!?」
「スられちまったのかー?」
「な、なぜだ……!? なぜ妾の財布がないのだ……!」
ロランに買ってもらった、猫の財布が、ない……。
「お、おのれ盗人めが……! ロランからの贈り物でもある財布を奪うとは……! ゆ、許さぬ……! 気に入っておったのに……! 許さぬ……!」
「お嬢ちゃん……同情はするが、代金はタダってわけにはいかねえぞ?」
「うぐぐ……。ろ、ロランに何と言えば――」
さささささ、と動いていたフードが、ぴたりと止まった。
さささささささ。
こちらへやってくる。
「今、ロランって言った……?」
「あ、そなたは」
フードの中を覗くと、可憐な少女がいた。
先日、リゾート地で出会った、勇者の少女だ。
「わたし、ロランの……恋び……いや、知り合いなの。やっぱり王都に来てるのね! どこにいるの?」
「そ、そんなことより、妾からの一生の頼みである……」
「何?」
「こ、ここの代金を支払ってくれぬか……?」
そのフードの少女は、すこし考えたあとうなずいた。
「いいわよ。代わりに、ロランのところへ連れていってちょうだい。仕事で来てるって聞いたんだけど、どこにいるのかさっぱりで」
「うむ。任せておけ!」
ライラが胸を張ると、少女は何やら店主にすこしだけ顔を見せた。
「お、おおおおおおおおおおおお、おうじょ――」
「しーっ! しーっ! 今こっそり抜けてきたんだから。あとで王城へ来てちょうだい」
「め、めめめめ、滅相もございません。……貴女様のお知り合いでしたら、代金はいただけません……!」
「ありがと」
はぁぁぁ、とライラはそのやりとりを見ていた。
「そなた、すごいのだな!」
「ふふん。まあね♪」
◆ロラン◆
「――というわけである」
「そういうことか」
講習会が終わり、俺たちはギルド本部からほど近い飲み屋に来ていた。
ライラは財布を失くし困っているところを、アルメリアに助けてもらったみたいだ。
そして、外からちょうど会議室にいる俺が見えたので、様子を窺っていたらしい。
なんともおかしな出会い方をする宿敵同士だ。
「たしかに強い小娘だが……首輪のない妾となら、まあ、負けぬであろうな」
「俺の予想も同じだ。あまり接触はしないでほしいところだが……」
「敬愛というよりは、恋慕を感じた。貴様殿は、相当想われているらしい」
「皮肉はよせ」
「見たままの感想である。それに、妾に負けず劣らずの可憐な娘だ」
「アルメリアは、まだ幼さがある。ライラのほうが完成形に近いと思う」
俺をからかおうとしたライラに、カウンターを食らわせる。
ぽふん、と顔を赤くして、酒が入ったジョッキに口をつけて表情を隠そうとした。
「うぅ……そなたから、そのような言葉が聞けるとは、思わなんだ……」
ぐびぐび、とジョッキを空にして、酒を追加注文をする。
運んできてくれたそれも、すぐに空にした。
「不意打ちは、やめよ……動揺が静まらぬ……」
またすぐに飲み干した。
「そなたも、呑むがいい」
「呑んでる。おまえと同じペースだ」
目がとろーんとしている。そろそろ限界だろう。
「フン。そなたを潰すのも、一興……」
「潰れかけのやつが何を言う」
呑め、呑め、と魔王がうるさいので、さらに呑んだ。
「あの、ギルド職員、ギールマンの何なのだ! 弟子と名乗って何が悪い! この私が、一体、誰に迷惑をかけたというのかっ」
大声の愚痴が聞こえ、そっちを見るとサミュエル講師がジョッキ片手に管を巻いていた。
相手は、見かけないギルド職員だった。
きっと、講師を頼んだ講習会関係の人間だろう。
「魔法のっ、手ほどきを、受け……うぷ…………。受けたら、それはもう、弟子であろう!」
「そ、そうですね……あはは……。一回だけなのに……よく言える……」
最後に心の声がぼそっと聞こえたが。
反論せずに聞き流すあのやり方が一番正しいのかもしれない。
「妾はなっ! そなたの、圧倒的なちゅよさに、惚れ……惚れ……惚れ……。ううう。……惚れてはないが、惚れてはないのだ。ギリギリ。だがな、妾はな! 魔王として魔界を統べる、義務があってだな」
こちらの酔っ払いも、いよいよ何を言っているのか怪しくなってきた。
「いつになったら、子ができるのか……」
隣にやってきた魔王は、切なそうな顔で言う。
俺に寄りかかったり、反対側に体が揺れたり、ライラはぐらぐらしている。
ここまでだな。
俺は勘定を済ませ、ライラに肩を貸す。
「ど、どこへ行こうというのだっ。妾は……うぷ…………………………」
「呑みすぎだ」
さっきまで赤かった顔は、今やもう白といっても過言ではない。
帰り際に、サミュエル講師に気づかれた。
「あ! 貴様ぁ! 私の講義をめちゃくちゃにしたクソ野郎が……! どこに行こうというんだ。ああ?」
ギルド職員が目ですみません、と謝っていた。
「私と、勝負を、したまえ。勝負っ」
「フハハハ、妾が、受けて立つ」
「やめとけ、阿呆」
酔っ払い同士が。
「う……なんという美しい女なのだ……」
「うぷっ……や、やっぱり無理……」
気を抜いた隙に、ライラがふらりとサミュエル講師のほうへ倒れかかる。
「こ、こぉぉぉぉぉい! む、む、むしろ、私の胸に、飛び込んで、こぉぉぉぉぉい!」
抱きしめる気満々だった。
そこまで届かなかったライラが、どうにかしてサミュエル講師を掴んだ。
それはよかったが、掴んだのはズボンだった。
すぽん。
ライラが下まできっちりとズボンをずり降ろした。
「「「「…………」」」」
「サミュエル講師、どうして何もはいてないんですか。パンツは」
「………………いや、これは、その……時と場合によってだな」
どういう時と場合だ。なぜはいてないんだ。
ぷぷっとライラが吹き出した。
ひいひいと笑いながら、床をぺしぺし叩く。
「アハハハハッ! ちっちゃ。アハハハハ。これならばロランのほうが、ずいぶんと大」
スパーン、とその頭を叩いて、酒場から引きずり出した。
「なぜ叩いたのだ……?」
「下品だからだ」
「下品は、悪なのか……?」
涙を瞳にいっぱい溜めながら、なぜなのかとずっとライラは言っていた。
うるさかったので、気絶させ宿まで運んだ。




