表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
外れスキル「影が薄い」を持つギルド職員が、実は伝説の暗殺者  作者: ケンノジ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

51/230

試験官講習会へ行く2


 俺は自分の席に戻り、サミュエルに言った。


「腰を折って申し訳ありません。続きをどうぞ」


 ざわつく会議室で、おーっほん、と大きな咳ばらいをして、サミュエルは講義を再開した。


「ねえ、さっきの、もう一回教えてもらっていい?」


 隣の女性職員がこっそりと訊いてきた。


 サミュエルの講義よりは、俺に対しての関心が高いらしく、近所で似たような要望をもらった。


 講義中にもかかわらず、俺の周囲に二〇人ほどが集まったので、魔法陣と魔力変換効率の理屈についてもう一度説明をした。


「オレ、君のあれ見て、スカっとしたんだ」

「わかる。なんかギルド職員ナメてたもん」

「だよね。あたしも、あの講師が自分の立場を鼻にかけてるの、わかったよ」


 イタズラを成功させた仲間たちのように、したり顔でみんなはシシシと笑った。


 誰も聞いていない講義を続けることになったサミュエルだったが、さっきまでの態度とはうって変わり、小声で自信なさげな様子だった。


「元冒険者? 魔法使いだったとか?」

「いや、ただの魔法使いなら改良したりなんてしないだろ。それより新しい魔法を覚えると思うね」

「ってことは、王都の研究機関出身とか?」


 俺は柔和な笑みを浮かべながら手を振る。


「いえいえ、そんな大した仕事はしてませんよ。あと、まだ講義中なので、聞いておいたほうが……」


 とは言ったが、サミュエルは早々に会議室を出ていってしまった。


 俺の前だとやりづらかったのかもしれない。


 まだ予定した時間を大幅に残しているが。


 講義が終わってしまったので、俺の周囲に集まった職員たちが自己紹介をはじめていた。


 俺も一応させられた。

 なぜ明日になれば別れる相手に、自己紹介をするのか。

 内心首をかしげざるを得ない。


「さっき聞こえたけど、あのサミュエルってやつ、貴族のお抱え魔法使いらしい」

 短髪の男性職員――ロイが言う。


「どうりで態度がデカイわけだ」

 活発そうな女性職員のニナが、不快そうな顔をした、


「自分は貴族じゃないのにね。お抱えってだいたいそうだよね」

 と言ったのは、席が隣の女性職員、シーラだ。


「あの、お抱えってなんですか?」

「知らないの? 貴族が個人的に雇っている、私兵に近いのかな? 自分の子供の家庭教師をさせたり、用心棒をさせたり、冒険者憧れの引退コースのひとつだよ」


 ニナが教えてくれた。

 メイリを奴隷として買ったバルデル卿も、もしかしたらそのお抱えとやらはいたのかもしれない。


「つーことは……もしかすると、ヤバいんじゃないか?」

「何がヤバいんでしょう?」


 不思議に思ってロイに訊くと、眉をひそめた。


「貴族にちょっと意見を申し立てした職員がいたんだ。オレの同期なんだけど。そいつ、その貴族の不興を買っちまったみたいで、退職するように圧力かけられたんだ」


 俺は……大丈夫だな。

 バルデル卿とのあれは取引だったし。

 直属の騎士はぶっ飛ばしてしまったが。


「アルガン君、ヤバいんじゃ……?」とニナが言う。


「そうでしょうか。僕は間違ったことはしていないと思いますが。意見があれば挙手を、と言ったのもあの講師ですし」


「「「いやいやいや」」」


 三人が首と手を振った。

 変なことを言ってしまったらしい。


「そうだけどさ、正しいことを気分次第で捻じ曲げるのが貴族なんだよぉ?」


 とシーラは不安げに言う。


 そんなとき、大柄な男が一人入ってきた。

 ロングソードを腰に差し、筋骨隆々な武芸の徒とでもいうべき男だった。


「この中に、講義を妨害し、サミュエル氏を愚弄したというギルド職員がいるそうだな!」


 会議室に響く大声に、みんながしんとした。


 甲冑を脱いでいる騎士か何かだろう。


「絶対あれ貴族の護衛か何かのヤツだって……」

「講義をちゃんと聞かないからキレてんの?」


 鞘ごとロングソードを抜き、どごん、と体の前に立て手を置いた。


「はい。おそらく僕のことだと思います」


 俺が席を立つと、ロイに制服を引っ張られた。


「おいいいいいいいいいいい。誰もアルガン君のこと売ったりしねえのに。普通、そこは黙ってるだろ」


『普通』はこの状況で黙っているものなのか。

 迂闊だった。

 だが、もう名乗り出てしまった。


「みなさんの迷惑になってしまうので」


「貴様ァ! こっちに来い!」


 かなりの迫力だったので、そばにいた職員は縮み上がっていた。


 俺は言われた通り、前に出る。

 背丈は二メートルはありそうな、見上げるほどの大男だった。

 頬や口元に傷跡がいくつもあった。


 戦場経験もあり、日常的にかなりの鍛錬をしている……。

 傭兵や冒険者の可能性もあるが、先ほどの情報からして、やはりこの大男は、サミュエル講師と同じ貴族に仕える騎士と思っていいだろう。


「所属を言え、所属を!」

「まず、他人ではなく自分から名乗るのが礼儀では?」

「貴様に名乗るような名はない!」

「では、同じセリフをお返しします」


 室内が、不穏なざわつき方をした。


「な、何でわざわざ神経を逆なでするようなことを言うんだ……?」

「あの職員、死ぬ気か……!?」


 ビキビキ、と大男が青筋を浮かべた。


「騎士なら、義と礼を重んじるものかと思いますが」

「――義と礼を尽くす相手は選ぶ。それだけだ」


 安い騎士道もあったものだ。


 ヌンッ、という気合いとともに、皮が分厚い拳を放ってくる。

 遅いな……。

 しかし、このままでは堂々巡りだ。

 おそらく、この男は、サミュエル講師の名誉回復が目的なのだろう。


 攻撃をかわしてしまっては、この男の留飲は治まらない。

 目的としている名誉回復もままならない。

 その上、この騒ぎも継続してしまう。

 ここまであれこれ考えられるほど、拳速は遅い。


 よし、当たろう。

 一番合理的で効率がいいのは、それだ。


「ヌァァァアア!」


 声だけは立派に張り上げて、俺の顔面へ拳を撃つ。


 拳が頬に触れたまさにその瞬間、俺は軽くその場で飛ぶ。

 衝撃を逃がすにはこれが一番だ。

 おまけに、派手に吹き飛べる。

 大男からすれば、気分がいいことこの上ない。


「ヌァァァ!」


 首をねじり、拳の威力を殺す。

 これで、俺へのダメージはゼロに近くなる。


 手を床につき、バク転して受け身をとってもいいが、それでは不満だろう。


 だから俺は、受け身をきちんと取って、派手に転んでみせた。


 全然痛くない。


「アルガン君、大丈夫!?」


 みんなが心配そうにこっちをのぞきこんでくる。


 大男の様子を見ていると、一瞬首をかしげるような仕草をした。

 手応えがないわりに派手に吹っ飛んだせいだろう。


「フハハハハ。大人しく名乗っていれば、少々の注意ですんだものを! 愚か者め!」


 腰に手をやり、大勝利の大男は満足げだった。

 一応、痛そうな演技をしておこう。


「……痛い……」

「アルガン君、ほっぺ逆。殴られたほう、そっちじゃない」

「……痛い……」

「言い直した……」


 ッ!

 この気配は――――!


 外からよく知っている強い魔力を感じた。


 バリン!

 窓ガラスが一斉に割れ、悲鳴があがった。


「な、何――?」

「ガラスが勝手に割れたぞ!?」


 濃密な気配。

 かなり怒っている。

 まずい。


 ぬっと、窓の下からアルメリアが姿を現した。


「ロランを……殴った……!」


 ひょこっとライラが頭を出す。

 隣にいるアルメリアを引っ張っていた。


「見てわかるであろうっ! わざとだ、わざとであるぞ! そんな怒るようなことでは――」


 ……何であの二人が一緒に……しかもここに……。

 まあ、今はそれどころではない。


「……絶対に許さない。ロランを、殴ってぶっ飛ばした……ッ!」

「やめよ。堪え性のない小娘め!」


 服を引っ張るライラだったが、「ふぎゃあ!?」と、振り切られた。


 アルメリアが中に入ってきた。


「アルメリア殿下……!」

「勇者様だ――」


 あの大男はというと、片膝をつき、顔を伏せている。


「アルメリア殿下! お初にお目にかかります、わたくしは――」

「おい! ご挨拶している場合じゃない。逃げろ!」


「はあ? 何をぬかすかと思えば――」


 ダダダダダ、と室内を小股で走るアルメリア。

 通常の歩幅では小回りが利かないからな。室内だとあれが一番いい。


 教えたことを、きちんとまだ実践している。

 ……いかん。感心している場合じゃなかった。


 アルメリアは膝をつく大男の胸倉をつかんで、壁に背中を叩きつけた。

 その顔面の横。


 ドガアン!


 凄まじい形相でアルメリアが壁に拳を突き刺した。


「……って……に。今すぐ……!」

「ひ、ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!?」


 大男はじょわじょわぁあ、と漏らしてしまった。


「謝って。ロランに。今すぐ。……わたし、次はわざと外すとか無理だからッ」


「す……すみませ……、申し訳ございませんでしたぁあああああああああああああ!」


 自分で作った水たまりに、大男は頭をつけて謝った。

 俺は大男を守るようにして、二人の間に割って入った。


「このままじゃ死ぬぞ。ここは俺に任せて、おまえは行け!」

「た、助か、たしゅかります……」


 脂汗も涙も鼻水も、あれこれ出しまくっている大男は、腰が抜けたらしく、這うようにして出ていった。


 ロングソード……忘れていったが……まあいいか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

新作 好評連載中! ↓↓ こちらも応援いただけると嬉しいです!

https://ncode.syosetu.com/n2551ik/
― 新着の感想 ―
[良い点] 貴族の「お抱え魔術士」かぁ・・ [気になる点] 親か親戚が、没落貴族だったり有力魔道士の徒弟だったりするんだろうなぁ [一言] 貴族のステータスに憧れていた身近な人間がいたんだろうかねぇ
[良い点] クエストランク決め、護衛、試験等様々な仕事に情熱と誠実さを持って取り組むのがいいと思います。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ