試験官講習会へ行く1
支部長室で、アイリス支部長が机の上に紙を一枚置いた。
「毎年、冒険者試験の試験官はみんな行っていたのだけど、今年からは、ロラン一人でいいわよね」
「これは?」
「王都で毎年ある、試験官講習会のご案内よ。試験官の仕事をしている職員たちが各地から集まって、本部の方針を再確認したり、講義を受けたりするの」
よりよい冒険者を得るため、試験官の質を向上させるのが目的のようだ。
去年は、モーリーをはじめとした試験官担当者が数人いたが、今年は俺が専任しているので、俺が行かなくてはならないらしい。
「そんなに難しいことをするわけではないから、王都を楽しんでくるといいわ」
そう言われ、俺は準備をして王都へとむかった。
暇そうだったので、ライラもついてきた。
「ふうん。ニンゲンは細かいのう」
リュックの中にいる黒猫ライラが、講習会の案内を読んだらしい。
「末端の人間に方針を徹底させるのは非常に理に適っている」
合格基準の確認だけでも、十分に意義があると思う。
ふわああ、とあくびをするライラ。
「まあ、なんでもよい。さっさと終わらせて、王都で美味いものを食おうぞ」
魔王討伐の報告をするため、一度来たことがあるが、滞在時間はごくわずかだった。
「遊びで来たわけじゃないが、まあいいだろう」
講習会は二日にわたる。
案内に書いてある日程だと、街を回る余裕くらいはありそうだった。
「宿泊所は……ふうむ。安宿、というわけではなさそうだな」
「ギルド本部が用意してくれているそうだ」
「楽しみであるな……!」
むふー、とライラは鼻息を荒くしていた。
思えば、旅行のようなことをするのは、今回がはじめてかもしれない。
「ニンゲンの国の都市は、どうなっておるのか」
「特筆するようなことはないぞ」
「よいよい。妾は勝手に過ごす故、そなたは仕事に励むがよい」
馬を走らせ続けてしばらく。
王都の高い外壁が見えた。
さらに近づき、外堀にかかる跳ね橋を渡り、門兵に案内状を見せ、今回の要件を告げ中に入れてもらう。
「ずいぶん警戒をしているのだな?」
「ああ。なんでも、王女アルメリアが、魔族から狙われているらしい。すこし前に精神的な攻撃を受けたという」
「魔族……? 精神的な攻撃……? ふむ。そういうことであれば、警戒も致し方ないが……」
ちらちら、とライラは何度も俺を見てきた。
「どうかしたか?」
「いや、なんでもない」
今度はくすくす、と笑われた。
「?」
釈然としないまま、俺は馬屋に乗ってきた馬を預け、案内にある通りの宿へむかう。
今回のことを宿の主人に言うと、一室へ案内してくれた。
ライラは、街を散策するというので、本来の姿に戻してやった。
「この紙にある通りだと、貴様殿は、夕食までにはここへ帰ってこれるであろう」
「そのようだな」
「妾が店を見つけてくる。その店で楽しもうぞ」
髪をさらりとやってカッコをつけると、ライラは部屋を出ていった。
俺は荷物を置いて、今度は冒険者ギルド本部へむかう。
荘厳な木造建築が見えてくる。
建物自体は何度か見たことはあるが、中に入るのははじめてだった。
案内があったので、それに従って廊下を歩くと、大きな会議室へやってきた。
中にはすでに一〇〇人を超そうかというギルド職員でいっぱいだった。
これが、今回講習を受けにきた職員たちのようだ。
適当な席に着くと、今日の講習会の内容と講師の名前が書いてある。
講義は、魔法と冒険知識のふたつが予定されていた。
「これ見てみろよ。講師のサミュエルって人、ギールマン魔法大師の弟子だってよ」
「ギールマンって、あれだろ。人魔大戦のとき、連合軍の魔法部隊を統括してたっていう、あの?」
あの戦いは、人魔大戦と巷では呼ばれているようだ。
懐かしい名前が出てきて、思わず当時を思い出した。
そのサミュエル講師らしき人物がやってきた。
三〇代後半くらいの、頭頂部がハゲた男だった。
「お集まりのみなさん、ご苦労様。魔法講習を務めさせてもらうサミュエルだ。冒険者ギルドの職員に私が教鞭を振るうなど滅多にないので心して聞くように。また、何かあれば、挙手して発言するように」
と、大きく出た割には、語ることは魔法の基礎知識の部分だった。
周囲を見てみると真面目にメモを取っている者がほとんどだった。
「君、ぼんやりしてるけど、メモ取らなくていいの?」
隣の女性職員が声をかけてきた。
「聞いて見て覚えるタチなので」
「え。すごいね……」
それにこの程度わざわざ勉強するほどでもないが……。
魔法経験のない職員は多く、みんな熱心に話を聞いて、メモを取っている。
「実際にこの魔法陣を描いて、実演してみせよう」
火炎魔法のひとつ、『フレイム』の魔法陣を前の黒板に書くサミュエル。
ライラに魔法を教わる際、魔法陣を描くのが基本だと教わった。
魔族側と人間側で魔法陣が多少異なるが、講義を聞いている限り、理屈は同じだった。
「『フレイム』」
サミュエルが描いた魔法陣に手を添えて魔力を流すと、手の平に収まるほどの炎がボアッと現れ、すぐに消えた。
「「「「おおおおぉ……」」」」
みんな感心していた。
ふと気づいたことがあったので、俺は挙手をした。
「ハイ、そこのキミ。何だね」
「その魔法陣では、魔力の変換効率が悪く、出力が上がらないのではないでしょうか」
「ハンッ。素人めが。過去から現在に至るまで、これが最も正しいとされてきた魔法陣だ。それを変換効率が悪い? 出力が上がらない? 適当なことを言うのはよしたまえ」
そういうところなのだろう。
人間と魔族の魔法に対する差が現れるのは。
ライラの話では、魔族は、常に新しい魔法やそのやり方を模索し続けている。
が、人間はどうだ。
旧態依然とした考えを持つ、このサミュエル講師のような男が教鞭を振るっている。
探求心がないのでは、新しい魔法やシステムは生まれない。
正しいとされてきたから――。
それを守ることは悪ではない。
だが、よりよくする努力を怠る理由にはならない。
俺は前に行き、『フレイム』の魔法陣を描き直す。
「おい、勝手に何をしている」
「これでどうでしょう」
見ていた職員たちが言う。
「……あいつが描いたほう、ずいぶんシンプルだな?」
「あれなら、覚えやすいかも」
ククク、とサミュエルは笑っている。
構わず俺は魔法陣の解説をした。
「魔法陣というのは、システムです。線が一本入るだけで、魔法を発動させるまでに時間がかかってしまいます。要は、発動までに回り道をした魔法と、最短の一直線で発動する魔法。どちらがいいか、ということです」
職員たちは、静かに俺の話を聞いている。
「ご高説どうも。たしかに、『フレイム』を元にした魔法陣ではある。……が、発動しなければ、何の意味もない」
やり方や魔法陣を覚えるのではなく、理屈を理解しろ、とライラに言われた。
目に見える表層を覚えるな、根源を理解しろ、と。
そうすれば、ほんのすこしのアイディアで、オリジナルの魔法が作れると言った。
あの魔王は、意外と教えるのが上手いらしい。
「発動しますよ。魔王と同じやり方なんでね」
「は?」
逆にいえば、これらは人間が今まで知らなかった魔法理論ということだ。
俺は描いた魔法陣に手を添えてほんの少し魔力を流す。
ボフォ……。
一瞬、小さな炎が現れた。
「アハハハ! これが、魔法? これでは豚を焼くこともでき――」
次の瞬間。
ドガァァァァァアン!
魔法陣から巨大な炎が噴き出した。
「うぎゃああ!?」
サミュエルが腰を抜かした。
炎は一瞬で消えたが、職員たちの度肝を抜いた。
「な――何だ今の!」
「あれが『フレイム』だと……?」
「元冒険者のオレが保証する……あれは、『フレイム』レベルの火力じゃねえ」
「けど、魔法陣はちょっと変わってたけど『フレイム』のそれだったぞ……」
腰を抜かしたサミュエルを見下ろした。
まだ目を白黒させている。
「な、なんなんだ、おまえは……!」
「おまえこそ誰だ」
「何を言って……」
「ギールマンは、俺もよく知っている男だ。あいつは、弟子なんて取らない」
「……ッ」
「ギールマンの弟子と名乗れば、職には困らないだろうな、魔法使い」
ぐぐぐう、と変な唸り声を出して、サミュエルは俺から目をそらした。




