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報復


 俺の席を用意するとミリアが言い出し、帰ってきたモーリーが顎で示した。


「新人の席はそこでいいだろ。みんなの邪魔すんじゃねえぞ」


 そこは窓際の席で、書類やら何やらがどっさりと乗せられていた席だった。


 ミリアに先ほど「モーリーさんも先輩ですし、これから一緒に働く仲間です。仲良くしてくださいね」と言われた。


「わたしも机のお掃除手伝います!」

「ミリアちゃん、やんなくていいよ、こいつのためにそんなの。どうせ支部長にクビにされるに決まってんだから」


 その言からして、アイリス支部長はなかなか厳しい上司のようだ。


「え、けど」

「いいの、いいの。あ、オレの仕事手伝ってよ」

「ええと……」


 俺がうなずくと、ミリアは小さく会釈してモーリーの仕事を手伝いはじめた。


「整理整頓……『普通』っぽくていい」

「何が『普通』なものか」


 声がして足下を見ると、ライラがいた。

 どこから入ってきたんだ。


「何しにきたんだ」

「決まっておろう。貴様殿を笑いにだ」

「いい性格してる」

「妾は魔王だからのう」


 机の下でライラは黒い尻尾をゆっくり揺らしている。


「伝説の暗殺者が、月給一五万リンで働くとは、これほどおかしいこともない」


 猫の姿だから、時間を持て余したというところか。

 書類を整理整頓しながら、小声でライラと話す。


「暗殺は今してない。前職と今の職を比べるつもりはない」

「ほほう、血も涙もないキリングマシーンが、真っ当なことを言う」

「フン。何せ、『普通』……だからな」

「ドヤ顔がいちいち鼻につくのだが」


 改めて働いている職員を見ると、ミリア、モーリーの他は一〇名ほどの小さなギルドだ。

 机は各人専用のものがあるようで、四つごとにまとまっている。


 受付窓口は三つ。今は二つが埋まっていた。

 誰でも受けられるクエスト票が貼られている掲示板の前で、冒険者たちの談笑が聞こえる。


「勇者様が魔王を倒したって話、知ってるか?」

「ああ、聞いたぜ。これで大きな戦乱はしばらく起きないだろう」

「だが、魔物討伐のクエストが減っちゃ、こっちは商売あがったりなんだがなあ」

「違いねえ」


 最前線からも遠く、戦禍を被ることのなかったこの町は、襲撃に遭いそうな町に比べて危機意識は低かった。

 今ごろ、アルメリアたち勇者パーティは王都で凱旋パレードに祝勝パーティと大忙しなんだろう。


「勇者が倒した、ということで、本当によいのか?」

「ああ。名誉も功績も興味がない。名を残すなんて、それこそ暗殺者失格だろう」


「ふむ、それが一流の流儀というやつか」

「味もそっけもなく、好機も危機すらもなく、ただ息をするように標的を殺す。それだけだ」


 もったいない、とライラがつぶやいて、丸くなった。


 粗方机の上を片付け、スペースを確保したとき、ミリアがそれに気づいた。


「片付けるの早いですね、ロランさん」

「いえ、『普通』……ですから」

「え、なんでドヤ顔……? ま、いいです。お昼休憩なので、一緒にご飯を食べましょう」


 こちらを一瞥したモーリーが席を立ち、裏口から外へ出ていった。


「お弁当持ってきてないんですかー? だったら、わたしのを半分あげます♪」


「いえ、悪いですから、外で食べてきます」


 にゃおにゃお、と机の下でライラがうなずいている。

 人前ではしゃべらないようにしているようだ。


 いつも食事をしている店があるので、ギルドを出てそこへ行こうとすると、冒険者らしき男二人と女一人に道を塞がれた。


「おい、兄ちゃん。どこ行こうってんだ?」

「昼食を食べる……ところ、です」


「ちょっと顔貸せや」

「おまえ、オレたちの仕事にケチつけたらしいなぁあ?」


 なるほど。

 さっきエモギソウを持ってきた男とその仲間ということか。


 モーリーとこいつらは、何かしら繋がりがありそうだ。

 冒険者は、誰が裏で検査をしているかまで知らないだろうし。


「テメェのせいでクエスト失敗しちまったじゃねえか」


 そうならどこかで様子を見てそうなものだが……、いた。

 後ろの物陰に隠れながら、モーリーがこっちを窺っている。


 あの男からすれば、俺がやられればそれでよし。

 撃退すれば口裏を合わせてあることないこと吹聴して回るだろう。


 穏便に済ませなければ。


「どこ見てんだ、ァアン?」

「僕は、お昼ご飯を食べるので、仕事が終わってからでお願いします」


 じゃ、と俺が通り過ぎようとしたとき、肩を掴まれた。


「『じゃ』じゃねえだろ! ナメてんのか、オラァ!」


 拳が飛んできた。

 戦闘ではなく、あくまでケンカで鍛えただけの、大振りの一撃。


 要は、暴力だと認識されなければいい。


 一度だけ殴られよう。

 だがそれでは、この冒険者たちは、職員を下に見て今後も無茶な要求を通そうとするだろう。


 それはよくない。


 動物と同じだ。痛い目を見れば、多少イヤな思い出として残る。


 男の拳が頬に直撃しそうなところを、すこしズラし頭で受ける。


 メギッ!


 頭蓋骨伝いに変な音が聞こえた。

 手の甲の骨は案外弱い。あの音、折れたな。


「あ! あッ、うううう……ッ、くう……」


 手を押さえて涙目になる冒険者。

 あの様子じゃ、手の甲から骨が突き出たかもしれん。


 医者ぁぁぁ~と涙声で走って行ってしまった。


 あそこまでするつもりはなかった。

 素人相手に可哀想なことをしてしまった。


 もう一人の男が中段蹴り放つ。


 食らってやってもいいが、昼休憩の時間は限られている。

 さっさとご飯を食べて、俺は『普通の仕事』がしたい。


 とはいえ、暴力もダメだ。

 モーリーが見張っている。


 ……『貧血』でも起こしてもらうことにしよう。


 スキルを発動させて移動する。

 モーリーは、まだ俺のいた場所をじっと見つめていた。

 背後に立ち、軽く首筋を叩くと、ガクッとその場で倒れた。


「あれ……あいつ、どこに――」


 きょろきょろする男にも『貧血』を起こしてもらう。

 ぱたり、とその場で倒れた。


「あ、あんた何者……!? た、ただの職員じゃないでしょ!?」


 勝ち気な女冒険者が指差していった。

 瞬きする度に俺が違う場所にいれば、警戒をしたくもなるだろう。


「いえ、至って『普通』の新人職員です」

「う、嘘よっ。ただの職員にあんな動きができるはずが――」


 町の往来で騒がれるのも困る。

 混乱している彼女を路地へ連れていく。

 その速度についてこれず、「え、何ここ」と女冒険者はあたりを見回していた。


「さっきのは、僕と貴女だけの秘密ってことで……」


 壁に彼女を押しつけて、じいっと瞳を見つめる。

 ぽ、と頬を染めた。

 俺の拘束から逃げるつもりがないのか、まったく身動きしない。


「は、はい……今後も、よろしくね……」


 女冒険者はうっとりした顔で言った。



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