女子会
◆ミリア◆
「ううううむ……」
受付業務をしているロランの背中を、ミリアはじいっと見つめていた。
「増えてます……! 女性冒険者の数が……!」
思えば、昨日もロランを指名した冒険者(年頃の女)が三人ほどいた。
今日もだ。
まだ一人だが、これからその数は増えそうな気配がしている。
聞き耳を立てていたが、クエストを受けに来たというより、ロランに会いに来ているような雰囲気すらあった。
あれこれ世間話をして、いざクエストの話になると、何だかんだ理由をつけてクエストを受けることなく去っていくのだ。
ロランが対応している間に、他の職員が対応しようとすると、例外なく「待ちますから」と言うのである。
そして、近くにあるベンチに座って、自分の順番が来るのを待っている。
昨日なんて、内気そうな魔法使いの女の子が、そっと手紙を渡すのを目にした。
「これは、由々しき事態です……!」
とても、モヤっとする。
仕事が終わり、ミリアはアイリス支部長を誘い、薄暗くなった市場で酒瓶を二本買う。
そして、町外れの家にむかった。
「こんばんはー?」
怪訝な顔をしたライラが出迎えてくれた。
「なんだ、小娘とアイリスか。上がるとよい」
「お邪魔しまーす」
二人はリビングに通され、テーブルに酒瓶を置いた。
「ミリア、今日は何? わざわざここまで連れてきて」
「支部長ぉ、何じゃありませんよっ! 由々しき事態です、エマージェンシーです」
「騒がしい小娘だのう」
面倒くさそうに言って、ライラがむかいのソファに座った。
コップを用意してくれたので、それで三人は酒を呑みはじめる。
「妾さんは知らないでしょうが、最近のロランさんは、モテ期が来ているんです!」
アイリス支部長とライラがきょとんとすると、堪えきれず吹き出した。
「ぷふ……ふはははは! 何を言い出すかと思えば」
「笑いごとじゃありませんっ。妾さんだって、心配になるでしょー? ロランさん、色んな女の子が訪ねてくるんですから」
ライラは脚を組んで、赤く綺麗な長髪を指でさらりとやってみせる。
様になる仕草に、同性なのに思わず目を奪われてしまう。
「別に? 妾はそこまで心配性ではないからな。それに、妾に敵う器量の娘はそうはおらぬ」
「なっ……んんんんなんという自信……!?」
たしかにそうだけど、と悔しさ半分納得半分のミリアだった。
そう言われてみれば、ライラはつま先から髪の毛先まで、自信でコーティングされているようにすら見える。
「支部長ぉ、妾さんが自信たっぷりすぎて、全然共感してくれません~」
「あのねえ……だからといって、どうしようもできないでしょう?」
「そうですけどぉ」
やれやれ、とでも言いたげなアイリス支部長が、グラスに唇をつける。
「大人の余裕ってやつですか? わたし、知ってるんですから。支部長はロランさんがお気に入りだって」
げほげほ、とアイリス支部長がむせた。
「……この際、もう否定はしないわよ。でも、考えてもみなさい? 仕事が凄まじくデキる、愛想がいいイケメン、でもミステリアスな部分がある――」
はうはう、と興奮気味にミリアは自分の膝を叩いた。
「そ――それです、それです! 支部長、やっぱりわかってるぅー!」
「――あなたみたいに、そこにピンとくる子たちがいっぱいいても、不思議じゃないでしょ?」
「うぐ……た、たしかに」
むむむ、とミリアがグラスの葡萄酒を見つめていると、ぼそっとライラが言った。
「……優しいが抜けておる。あやつは、あれでよく気のつく性格であるからな……」
ミリアとアイリス支部長が、ふい、と視線をライラにむけると、ふい、と目をそらした。
「……なんというか、妾さん、ズルいくらい可愛いんですけど」
「自分のことに関しては、自信満々なのに、急にしおらしくなっちゃって」
「や、やかましい」
グビグビ、と葡萄酒を飲み干した。
ツマミがないから、と三人でキッチンに立った。
「あやつの……帰りが遅いのだが……」
「ライラちゃん、心配なの?」
「ち、違う。そなたらがこうしているのに、まだ何か仕事をしているのか、と思っただけだ」
「口ではああだこうだ言っても、気持ちは正直なんですね~」
なでなで、とライラの頭をミリアが撫でると、ぺしっと払われた。
「不敬であるぞ。妾を誰と心得る」
「誰でもいいですよー」
ふにっとミリアが後ろから抱きついた。
「顔は完璧で……わたしよりもおっぱいが……おっぱいが、大きい……!」
「妾は、完っ璧っ! な存在である! ひれ伏せ、処女めが」
「わたしは、節操がない妾さんとは違うんですぅー」
そんなときだった。
玄関で物音がする。
「帰ったぞ」
ぴくん、と三人が反応した。
「妾が出迎えをする――邪魔をするな小娘」
「いつもやってるでしょ、だから今日はわたしが行きます――」
「この――!」
「なんですか――!」
小競り合いをしている間に、アイリス支部長がするりと二人の脇を通り、玄関にむかった。
「お帰りなさい。遅かったのね」
「……あれ。どうしたんですか、今日は」
「女同士、積もる話もあるのよ」
「そうでしたか」
静かにロランが言うと、キッチンのほうまで顔を出した。
「ミリアさんも。お疲れ様です」
「お疲れ様です! わたし、何か作りましょうか?」
「ありがとうございます。でも、大丈夫ですよ」
ニコリ、と笑われると、ドキンとしてしまう。
「貴様殿」
「なんだ」
「小娘がトキめいておるぞ」
「ちょ――ちょっと、いきなり何言うんですか」
間違いではないから余計困ってしまう。
作ったツマミを持っていき、今度はロランを交えて、酒を呑みながらあれこれ話をした。
アイリス支部長はいつも通りだったが、ライラにやたらとニマニマされた。
いつだったか、ミリアはライラとの会話を思い出した。
『やきもち、焼かないんですか? 嫌じゃないんですか? わたしやアイリス支部長がロランさんと仲良くするの』
『焼かないわけでもないが、知っての通り、あやつはよい男だ。他のメスが群がるのは仕方のないことである。そなたたちから引き離したとしても、また別のメスが引き寄せられてくるであろう』
だから、それは構わないのだとライラは言った。
それを聞いたとき、自分の小ささを思い知らされた。
「わたし、そろそろお暇しますね。お邪魔しました」
「遅いですし、送ります。ライラ、呑みすぎるなよ」
「わかっておる。貴様殿はしっかりと送り届けてやるのだぞ」
ライラに手を振られ、ミリアも返しておいた。
「わたし、そんなに遠くないですし、そこまでで大丈夫ですから」
「いえ。治安がいいとはいえ、女の子が夜に一人歩きは危険です」
さあさあ、とロランはついてきてくれた。
二人きりは、ずいぶん久しぶりのような気がする。
一度、我が家に夕食を招待して以来ではないだろうか。
何を話していいのかわからず、ずっとミリアは黙っていた。
ロランも元々口数は多くないので、自然と会話はなかった。
月明りがあるので、帰り道はまったく暗くなかった。
すこしくらい暗ければ、手でもそっと繋ごうかと思ったが、誰かに見られているかも、と思うと勇気が出なかった。
家が見えてきた。
見えてきてしまった。
自分の胸の内を明かそうと思ったが、言葉にはできなかった。
家の前まで送ってもらうと、「おやすみなさい」と、小さく会釈をして、ロランは背をむけた。
『このヘタレが』と、脳内にいるライラがミリアを叱咤した。
「あ、あの――ろ、ロランさんっ」
「……はい?」
呼び止めたはいいが、何をどう言っていいのか、わからない。
唇が渇く。
生唾を呑み込む。
膝が震えた。
やたらと大きい自分の鼓動が、耳の奥で鳴っている。
ふと、古文書の難解な一節と、その現代語訳を思い出した。
「月が綺麗ですね」
空を見上げたロランが、うなずいた。
「そうですね」
「お、おやすみなさい! また明日! ギルドで!」
一礼すると、ロランは去っていった。
ミリアは家に入り、扉を背にしてへたりこんだ。
「はぁぁ……」
非常に婉曲な言い回しではあるが、言うには言った。『あなたが大好きです』。
全然伝わってはいなかったが。
はっきり想いを伝えるには、まだまだ勇気も自信も足りないミリアだった。




