隣国の王子とお見合い6
ぬぐぐぐ、と歯ぎしりしながら、ファビアン王子はまだ俺を睨んでいた。
レイノーラに振られるのも身から出た錆だ。
「ランドルフ王。この度は、愚息が大変失礼を致した。この通り、ご容赦願いたい」
ルーベンス王が小さく頭を下げた。
「アルメリア殿を手に入れたくて、勝手に暴走をしてしまったようなのだ。若気の至り、ということで、ひとつ……」
にこやかにルーベンス王は言うが、ファビアン王子は目を剥いた。
「ち――父上! いったい何を……。も、元々は父上が――!」
「……ワシは、おまえに、何も指示は出していない。……違うか?」
「そんな――」
「他国の王女、しかも、かの勇者様に失礼を働くなど、言語同断。――――そなた以外にも、王子はいるのだぞ」
ぐっと迫力が増した重い声で言うと、ファビアン王子は黙り込んだ。
「しかし――」
ルーベンス王は言葉を途中で切って、場にいる全員を見回した。
「酩酊状態にする、薬を使ったなどと……証拠などどこにもないではないか」
「ルーベンス王、貴公は、今失礼を謝罪したのだと思いましたが?」
ランドルフ王が不審そうに言うと、困り顔でルーベンス王は笑ってみせる。
「それは……何か勘違いをし、無理やり口づけをしようとしたことに対して――。媚薬がどうの、などと……にわかには信じられませんな?」
こいつ……。
ファビアンの顔色を見れば一目瞭然。
おそらく、元々はルーベンス王の指示でやったことだったのだろう。
「いやあ、たしかに、たしかに。ファビアンが無理に口づけを迫ったことは、非常に遺憾であり、申し訳なく思う。……だが……薬を飲ませ、しかもそれを浄化した? 話がよく見えませんなぁ」
ルーベンス王にアルメリアが噛みついた。
「わたしは、二人で休憩に入ったカフェで、ジュースを飲んでからの記憶が曖昧で――」
「アルメリア王女」
「……な、なんですか」
「非礼は認めるが……だからといって、他国の王子に衆人環視の前で平手打ちを食らわせるのは、いただけませんなぁ」
大げさにルーベンス王は首を振ってみせた。
「フェリンド王国とルーベンス神王国の、国際問題にも発展する大事件」
「うっ……でもそれは――」
「戦争でもされるおつもりでしたか」
「そ、そんな、つもりは……」
アルメリア、気づけ。脅してるだけだ。
エルヴィがいるとしても、勇者のおまえがいるフェリンド王国に仕掛けたりなどしない。
アルメリア含め、場の空気がルーベンス王に呑まれていた。
なるほど、と俺はルーベンス王のやり口に関心していた。
となると、この件の落としどころは――。
「口づけを迫った非礼と、愚息に平手打ちを食らわせたこと。これで、お互い様。この件は水に流し手打ちとさせていただきたい」
そう言うだろうとは思った。
だが、どこがお互い様だ。
印象操作が本当に上手いらしい。
「陛下、それでは……」
エルヴィが腑に落ちない、とでも言いたげに思わず口を開いた。
バカがつくほど正直でその正義感は相変わらずだ。
「エルヴィ・エルク・ヘイデンス。侯爵家の令嬢にして、魔王を倒した勇者パーティの一員。違うか」
「いえ、相違ありません」
「何が言いたいかというとだね……君には、今後も期待しているということだ」
「……は」
「だいたい、君は、自国の王子の言い分と、場違いにもほどがあるギルド職員の言い分。どちらを信じる気だ?」
「それは……」
顔を伏せながら、目線を俺に寄越したエルヴィ。
わざわざ自国の王に睨まれる必要はない。
俺は小さく首を振った。
「記憶が曖昧だった? 酩酊状態だったから浄化した? 何の証拠もない以上、そこの二人が共謀しファビアンを陥れた、という可能性すらある」
「ルーベンス王」
黙って話を聞いていたランドルフ王が言った。
「私は、アルメリアとロランの言い分こそ真実だと信じております。それ以上、二人の名誉を汚すのであれば、容赦はできなくなります」
俺が首を振ったのに、エルヴィも声を上げた。
「陛下、私もです。アルメリアとロランが嘘をつき、殿下を陥れようとしたとは思えません。ロランは……今回の見合いで、ルーベンス側が何か仕掛ける、と非常に懐疑的でした。そうとは知らず、尻尾を見せてしまい、掴まれ、ここに引きずり出されたのだと思います」
ルーベンス王は、思った通り不快そうな表情でエルヴィを睨んでいる。
飼い犬に手を噛まれた気分だろう。
このままでは、エルヴィのヘイデンス家が、何か処罰ないし不遇を味わうことになる。
こうなった以上は、アルメリアの名誉とエルヴィを守る必要がある。
手打ちにしてそっと話を終わらせておけば、よかったものの。
「ルーベンス王様」
「なんだ、ギルド職員」
「『粛清の金曜日』」
みんながポカンとしている。
この場で、俺とルーベンス王しか知らない単語だ。
ルーベンス神王国は、現在、独裁政治でルーベンス王が国を治めている。
「ッ!? …………なぜ、そのことを……おまえ――おまえは、まさか――――ッ!」
ガタリ、と席を思わず立ったルーベンス王は、俺が誰なのか気づき、恐れおののき後ずさった。
まだ魔王との戦争がはじまる前。
発言力が強く、王に従わない大臣が三人いた。
そんなときルーベンス王は、確固たる基盤を作るため、俺にその三人の大臣を暗殺するように依頼をしてきた。
一人は自殺に見せかけ殺し、もう一人は盗賊に襲われたと見せかけ殺し、もう一人は『失踪』してもらった。
それが『粛清の金曜日』の概要だ。
「僕が、嘘をついたとおっしゃっていましたね」
ルーベンス王の面白いところは、口封じに俺を始末しようとしたところだ。
やってきた暗殺者を捕まえ、俺を死んだことにさせた。
何度も追っ手をむけられては面倒だからな。
その暗殺者は、自分を殺さないでくれた俺に感謝し、その話に乗った。
ルーベンス王は、今死人を相手にしている気分だろう。
隠し切れない動揺を見せたルーベンス王は、乾いた笑いをあげた。
「ふ、ふははは……。き、キミが嘘をついた可能性もある、と示唆しただけのこと……。ほ、本気にしないでいただきたい! このワシが、本気でそうだと思っているとでも? 可能性の話、可能性の話。ふははは……」
ころりと態度を一変させた。
「アルメリアもエルヴィも、僕の大切な仲間です。今後、彼女たちに何かあった場合は…………いや、聡明なルーベンス王様のことです。それは、あなたが一番ご存じですよね」
「っ」
ルーベンス王は顔を引きつらせ、頬をぴくぴくさせた。
「僕が嘘をついていない可能性があるのなら……媚薬を盛った可能性があるということになります。一国の王が、そのような姑息な手を使うなど、国の品位が問われるのでは?」
「さっきから言っている。それは愚息が勝手にしたことで」
座ったまま頬杖をつくランドルフ王は、じろりとルーベンス王を見る。
「ルーベンス王、ひとつ、貴公にお教えしよう」
「……なんだ」
「我が子の不始末は……親が責任を取るものだ」
ギギギギ、とルーベンス王は、強く歯を軋ませ顔を赤黒くさせた。
膝をつき、叩きつけるようにして、ばん、と手で床を鳴らし、ゆっくりと頭を下げた。
声が、怒りと悔しさで震えていた。
「…………ッ……こ、この度は……! 息子ファビアンが働いたご無礼と、ご息女のアルメリア王女に犯した下衆な行いについて――深くッ、お詫び申し上げます。どうか、ご容赦願いたい……!」
鋭い眼光で、ランドルフ王はルーベンス王の土下座と謝罪を見守ってる。
手で口元を隠したが、その下は完全に笑っていた。
「ルーベンス王のお気持ち、よくわかりました。これは、貸しとさせていただきます」
「…………」
「何かあった際は、ご助力ご支援、賜りたく思います」
また、ギギギギと奥歯を軋ませる音がすると、ルーベンス王は、床を掴むかのように爪を立て拳を握った。
「はい…………ッ。仰せの、ままに……ッ」
なるほど。
今精算させず、これを弱みとして握っておくわけか。
この件をランドルフ王がもし他国の首脳に言いふらせば、ルーベンス神王国の信用は地に落ちる。
悪いことを考える王もいたものだ。
ボソっとランドルフ王が独り言のように言う。
「…………迂闊でしたな」
「ふんぐぅ……!」
「場も白けた。私どもは退席させていただく」
言質を取って満足したのか、ランドルフ王が退席を促し、俺たちは部屋をあとにする。
別荘に戻ってくると、ランドルフ王が笑い声をあげた。
「さすがにこうなるとは私も思わなんだ。さすがはロラン。わざわざ呼び出したかいがあった」
ぺしぺし、とランドルフ王に背中を叩かれた。
「「大切な、仲間……」」
アルメリアとエルヴィが、嬉しいようなそうでもないような、複雑な顔をしている。
さっきからずっとだ。
「言いそびれてたけど、ロランが記憶を失くしたわたしを助けてくれたのよね? ……ありがとう」
「礼は、レイノーラさんに言ってくれ」
よかった、よかった、とみんなしてい言い合っているとき、アルメリアが首をかしげた。
「ねえ、ロラン? 『粛清の金曜日』って何?」
「あ、そうだぞ、ロラン。なんだ、それは。陛下が一瞬にして態度を変えた。あのルーベンス王がだ。あそこまで取り乱すのは、私ははじめて見た」
アルメリアとエルヴィの質問に、俺は肩をすくめた。
「さあ。なんだろうな」
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