隣国の王子とお見合い5
◆ロラン◆
アルメリアがビンタをすると、ファビアン王子が吹っ飛んだ。
テーブルの上にあった料理をめちゃくちゃにして、床に転げ落ちた。
「キス? はあ? 結婚? はあ? ……するわけないでしょ。キモっ」
「え――え……え、なんで……!? 何がどうなって……!?」
想定外の事態に、ファビアン王子が目を白黒させている。
目が合うと、その様子がおかしくて思わず口元だけで笑ってしまった。
俺が『ディスペル』でアルメリアの異常状態を浄化したのは、昼食会の三〇分ほど前――。
とある筋から得た情報通りだった。
アルメリアは、異常状態『魅了』に近い状態で、帰って来たときは目はどこか虚ろで、うわ言のように王子の名前を口にしていた。
『ディスペル』で浄化したはいいが、強い薬だったのか、完全に効果が抜けるのにやや時間がかかってしまった。
だが、どうにか間に合った。
「ファビアン、一体何がどうなっている!?」
ルーベンス王が、声を荒げた。
「父上、この女が――僕の頬をぶったのです!」
「ファビアン王子……どういうことか、ご説明願えるだろうか」
ランドルフ王は、座ったまま無表情で、料理をそこらじゅうにくっつけるファビアン王子を見つめる。
「どういうこと!? それはこちらのセリフです! あなたのご息女が、いきなり僕の頬を――!」
はぁ? とアルメリアは眉間に皺を寄せた。
かなり怒っている。殺気すら感じた。
「いきなりキスしようとするからでしょ? バカじゃないの。変態なの? 痴漢なの?」
「アルメリア。落ち着いてくれ。殿下も。状況がよくわかりません」
エルヴィが場を落ち着かせようと声を上げた。
「わたしは、気づいたらこの王子が目の前にいて、無理やりキスしようとしてきたのよ」
「何が無理やりだ! 君は自分が言ったことを忘れたのか!」
むむむ、と困り顔をするエルヴィが、俺に視線を寄越す。
アルメリアは、媚薬らしきものを使われた直後から、さっきまでの記憶がないという。
ファビアン王子は、チッと大きな舌打ちをした。
お互い言った、言わないの水掛け論になりはじめたので、俺が一旦会話を切った。
「アルメリア王女が、酩酊に近い状態で先ほどのデートからお戻りになられました。そこを多少強めの『酔い覚まし』をさせていただいたのです」
やはりおまえが! とでも言いたげに、ファビアン王子は俺を鋭く睨む。
「王女は結婚の約束をした記憶はないようです。だから、『酩酊状態』と今オブラートに包み申し上げております」
「『酩酊状態』? 散歩をして、すこし疲れたからパインジュースを一杯だけ飲んだ。それで酩酊だと? ふざけるのも大概にしてほしい」
「では、もっと直接的に申しましょう。ファビアン王子、あなたは王女の判断能力を奪う何かを行った。その機を狙い、強引に結婚を承諾させるように誘導した。違いますか?」
派遣した黒子で一部始終を見ているので、この通りなのだが……。
まだファビアン王子がいいわけを続けるので、俺は仕方なくむかいの席に座る彼女に言った。
「お話、もう一度お伺いできますか? ファビアン王子は、何か準備をしていたんですよね?」
昨晩、枕を交わしたファビアン王子の秘書、レイノーラはうなずいた。
「はい。殿下は……」
「――おい、おまえッ! 何を言う気だ! おいいいいいいいいいいいいいいいいッ!」
必死の形相でレイノーラに言うが、制止することはできなかった。
「わたくしは、命じられたのです。媚薬をジュースに混ぜるように、と。金は十分な額を渡し、それを浜辺のカフェの店員に伝えろ、と」
虫を見るような目で、アルメリアはファビアンを見下ろす。
「最低」
エルヴィも深いため息をついた。
「殿下、さすがに私も許容いたしかねます。意中の相手を、薬を使ってどうにかしようなどと……ルーベンス男児の風上にも置けません」
「だ……黙れ、黙れ黙れ黙れ黙れ――ッ!」
喚き散らしたファビアン王子は、レイノーラを指差した。
「おまえ――――ッ! どうなるかわかっているな!? わかってるんだろうな!? ああッ? ルーベンス神王国の小貴族の娘が! 国に帰ったらよく覚えておけよッ!!」
「『おまえ』としか、わたくしの事をお呼びでならないお方に、もう用はございません」
レイノーラは、下級貴族の出。
その器量のよさをファビアン王子に気に入られ、今の秘書のような地位を得たが、かなり不満は多かった。
「殿下、わたくしの名前、わかりますか?」
「…………それは…………」
レイノーラと目が合う。
その目線のやりとりをファビアン王子が目ざとく見ていた。
「き、貴様ら……! 貴様らぁぁぁッ! この僕をハメようとして――!」
呆れたようにアルメリアとエルヴィが言う。
「何言ってんの。ハメようとしたのはあんたでしょ」
「殿下、そもそもの原因は誰にあるか、今一度お考えください」
「く……ッ!」
昨日、すべてをみんなの前で明かすことは、さすがにレイノーラも渋った。
それを昨晩のうちにランドルフ王に報告し、話を通した。
「主の不正を立派に主張したレイノーラ殿とそのご家族は、フェリンド王国が預かる。望むのであれば、同じ爵位で迎えよう」
今まで黙っていたランドルフ王に視線が集まった。
「ありがとうございます、ランドルフ王様。すぐに、家族にこのことを伝え、相談させていただきます」
俺は答え合わせをするつもりで、昨晩レイノーラに訊いた。
「襲ってきた盗賊は、あらかじめ用意されていた者たちでしょう?」
体が垢まみれでもおかしくないが、倒した盗賊はみんな体が綺麗だった。
どこかの部隊をその日限り、盗賊に仕立てたんだろう。
本気で攻撃しようという気配もなかったし、俺が殺したリーダーは、目の前の俺じゃない何かに気を取られていた。
たぶんあれは、駆けつけるファビアン王子率いる部隊を待っていたんじゃないだろうか。
襲ってきた盗賊を颯爽と現れた王子が撃退。
アルメリアの好感度を上げる安いシナリオだ。
『何でもお見通しなのですね、ロランさんは』
そう言って、レイノーラはベッドの中で上品に笑った。




