隣国の王子とお見合い3
「敵はどこ!」
剣を抜き、殺気立ったアルメリアが馬車から降りてきていた。
敵襲を聞きつけたようだ。
耳にすればこうなるだろう、と思って、俺はランドルフ王にしか報告しなかった。
「あ、アルメリア様っ、なりませんっ」
そば仕えの侍女の制止も聞かず、やる気満々といったオーラを振りまきながら、鼻息を荒くしていた。
「落ち着け、アルメリア。もう敵はいない」
「…………? ロランっ! ど、どうしてここにっ!?」
ててててて、とこっちへと走ってくるアルメリア。
「わたしのお見合いを、もしかして止めに――――!?」
くくく、とライラは笑う。
「目がキラキラと輝いておる。恋する乙女の眼差しはさぞ眩しいであろう」
黙ってろ、と言って、黒猫をリュックに押し込む。
「わ、わたし……別に、本気でお見合いしようなんて思ってないから、う、浮気とか、そういうのとは違うからっ」
浮気? 何の話だ。
「…………」
『リアルナイトメア』を解除したあと、ライラもロジェも、自分が犬になった記憶はたしかにあった。
ということは、アルメリアもそうだろう。
そうだとは知らないアルメリアからすると、俺が夜な夜な部屋に忍び込み、ファーストキスを奪って去った――と思われても不思議ではない。
「ランドルフ王から直々に護衛をしてくれ、と頼まれただけだ」
「ふうん? わたし、知ってるんだから! ロランは、素直じゃないってこと」
ニマニマしながら、アルメリアが俺の顔をのぞきこんでくる。
「本当のことだ」
アルメリアを追い払おうとすると、伝令が一騎駆け寄ってきた。
「一〇班、報告! ルーベンス神王国軍のものと思われる一団がこちらへ接近中です。その中に、金で縁取られた王族用の軍旗がひとつ見えます」
「…………。わかった。アルメリア、挨拶でもして――」
挨拶を勧めようとしたら、ぴゅーーーん、と見たことのない速度でアルメリアは馬車へ帰っていった。
通すように言って、俺はランドルフ王に報告をした。
「ふむ。海岸はすぐそこ。むかう途中でこちらの騒ぎを聞きつけて増援にいらしてくれたのであろう」
一部隊だけを引き連れた男が、こちらへ馬を駆ってくる。
見たことがあった。
ルーベンス神王国のファビアン第一王子。
アルメリアの見合い相手だ。
戦時中は、ルーベンス神王国軍の一軍を率いていた。
……といっても、最前線で指揮を振るったわけではないが。
ブロンドの爽やかな美男だ。巷では人気の王子様だと聞いたことがある。
歳は、二〇に届かないくらいだ。
その後ろには、秘書のような女が控えていた。
「ランドルフ王様、大事がないようでよかったです」
ファビアン王子は、馬車の前で下馬し膝をつく。
「ファビアン王子殿下、堅苦しい挨拶はなしとしよう。わざわざの増援、感謝する」
「いえ! たまたま通りがかったところ、妙な騒ぎ声がこちらから聞こえたので」
「この護衛を任せておるこの男の手腕によるものである。非常に頼りになってなぁ!」
ははは、と笑うランドルフ王に水をむけられたので、俺は簡単に自己紹介をしておいた。
「ロラン・アルガンです。この度、国王様より部隊の護衛を一任されました。普段はギルド職員をしております」
「へえ。賊のリーダーは捕らえたかい?」
「いえ、殺しました」
「…………そうか、お手柄だったね」
白い歯を見せ、人好きのする笑みを俺にむけた。
アルメリアにも挨拶したい、とファビアン王子は言うが、体調不良ということで俺が断っておいた。
「殿下、そろそろ参りませんと、陛下をお待たせしてしまいます」
秘書のような女が後ろからこそっとファビアン王子に言った。
「わかったよ。――――では、ランドルフ王様、またのちほどお会いいたしましょう」
ひらりと乗馬し、ファビアン王子が去っていく。
秘書の女が小さく一礼し、あとを追った。
馬車の中で、ランドルフ王は言う。
「美男であるし、政治的な手腕は未知数とはいえ、人気は無視できぬ」
「アルメリアとくっつけば、魔王討伐以来の大きな話題となるな」
「うむ。その通りだ」
移動を再開し、約三〇分後、ソマリール海岸に到着した。
波の音が静かに聞こえ、白い砂浜がすぐそこにあった。
「ほ~~~~! ほほぉぉぉぉぉ!」
リュックから顔を出したライラはその風景に感心しきりだった。
「青い空、青い海、白い砂浜……! ここは天国のような場所であるなっ! 魔物の気配もまったくせぬ。なんという場所か……」
出せ、出せ、とうるさいので、リュックから出してやり、ついでに人型に戻してやった。
「妾は、ここでしばらく遊んでおる!」
無邪気に目を輝かせるので、止めるのも可哀想だったから好きにさせておいた。
フェリンド王族用の別荘があるので、そこに案内された。
室内なら、護衛は俺一人いれば十分だった。
それに、この中立地域でのルールは、武装解除することらしい。
だから、護衛の騎士がいても、あまり役に立たないかもしれない。
リビングにアルメリアとランドルフ王、その従者たち関係者が揃う。
ランドルフ王がはべらせている美女の一人が、流れを説明してくれた。
「今夜は、ルーベンス国王様、ファビアン王子、それからランドルフ王様とアルメリア様、その四人きりで会食がございます――」
行く途中に馬車の中でイチャついていた女だ。
どうやら、普段は秘書のようなことをしているらしい。
あれこれスケジュールを教えていると、アルメリアが手を挙げた。
「わたし、お腹痛いから、いい……」
「アルメリア様っ、ここまで来てそのような我がままは」
侍女が宥めるが耳を貸す気配がない。
「アルメリアよ、そう言ってくれるな。食事をして会話をするだけであろう?」
「んんん……」
口をへの字に曲げて、断固として聞かない構えだった。
「おい、アルメリア」
「な、何よ……?」
おそるおそる、こっちを見るアルメリア。
「王女なら、もうすこしは大人になってくれ」
「うううううう」
サイレンのように唸っていたが、やがて嫌とは言わなくなった。
初日の今夜は会食と歓談。
翌日は、二人きりの時間が設けられているそうだ。
アルメリアはおめかしするらしく、部屋へ下がった。
そんなとき、エルヴィが別荘に顔を出した。
「陛下、ご無沙汰しております」
「やめよ、エルヴィ騎士。ここではそのような堅苦しい挨拶は無しだ。貴殿も今回来ていたのだな」
「は。アルメリアのことが心配でもありましたし、我がヘイデンス家の人間として、両家を繋ぐ大役を授かったこともあります。それで……アルメリアはどちらに――――あ……、ロラン!」
隠れるつもりはなかったが、目が合ってしまったので、よう、と俺は手を挙げて応じた。
「ど、どこにいたのだ――――? 私たちは、あれから捜し回ったというのに……おまえというやつは……! 死んだのではないか……だが、おまえが簡単に死ぬはずがない、と、みんな……」
エルヴィは、瞳に浮いた涙を指ですくった。
情に篤く世話焼きで堅苦しいところは、相変わらずのようだ。
「積もる話はあとでしよう。それよりもエルヴィ、教えてほしいことがある」
その女を見つけた。
今は私服に着替え、一人で夕暮れの砂浜を散歩している。
「いい景色ですよね」
今ごろ、王様二人とその息子と娘は、テーブルを囲んでいるのだろう。
その娘が常軌を逸して強いため、護衛として貼りつく意味もなかった。
「――あ。あなたは、フェリンドの護衛隊長さん」
「もう一度お目にかかりたいな、と思って歩いていたら、見つけてしまって」
「ふふふ、なんですか、見つけてしまったって」
そう言って上品に笑った。
下級貴族の次女だという話だ。
育ちもいい。体つきもいい。
所作に品もある。
ファビアン王子の秘書……実際はお気に入りの美女数名のうち一人だとエルヴィは教えてくれた。
名前は、レイノーラというらしい。
「お隣、ご迷惑ですか」
「いえいえ、そんなことありません」
誰でも話せる天気の話、景色の話、仕事の話をお互いしていき、楽しく会話をした。
陽が沈み、俺が食事に誘うと、すこし戸惑いながら嬉しそうにうなずいた。
「わたくし、こんなふうに男性から誘っていただいたのは、はじめてです……」
レストランに行き、フェリンド王室の者だというと、代金は不要だと言われた。
高価な食事を食べながら、高価な酒を呑む。
店を出たときは、夜も深まろうかという時間だった。
「ロランさんとのお食事、とーっても楽しかったです」
酒が回っているのか、口調もさっきより砕けていた。
「レイノーラさん、静かに休める場所があります。そこで飲み直しましょう」
手を繋ぎ歩き出すと、一瞬だけ真顔になったが、すぐに照れたように下をむいた。
「え。ええと………………はい……」
このあとどうなるか、勘づいたようだ。
それでも何も言わないから、まあいいか、というところだろう。
『そんなつもり』がないのであれば、意識的にすこし離れ繋いだ手をほどく。
だがレイノーラは、それでも離れる様子がなく、無言のまま手を繋ぎなおした。
嫌がる様子はもちろんない。
「……」
整備された道は、魔法道具のランタンがうっすらと照らしている。
別荘へ俺たちは無言でむかい、俺用にあてがわれた部屋へ彼女を連れ込んだ。




