隣国の王子とお見合い2
護衛の騎士たちを集め、俺は護衛のやり方を変えていく。
最初は、ふらりと現れた俺が仕切ることを不満に思う騎士も多かったようだが、「アルメリア様のお師匠様だそうだ」とグレガー騎士長が言うと、素直に従うようになった。
「一〇人一組、それを一〇組作ってください。それを、国王様の乗る馬車を中心に広く配置します」
俺が合流したときは、「なんとなく付近を守っている」という非常に曖昧な配置だったのだ。
王女の馬車もランドルフ王の馬車の近くにいるので、それは気にしなくていいだろう。
「伝令役を二人決め、その二人が馬に乗ってください」
「え……隊長は、どうするんでしょう……?」
「歩きますが」
「……いや、けど……普通そういうのは、隊長が馬に乗るもので……」
「楽して移動をしたいのであれば、あなたが伝令役をすればいい。各班、異常を察知したら伝令を中心にいる僕のところへ寄越してください」
これがどういうことかすら、あまりピンときていない騎士たちだった。
打ち合わせをした通りの配置で、国王と王女の一団は再び移動をはじめた。
「勇者の小娘のところへ行かなくてもよいのか?」
リュックの隙間からライラが顔を出した。
一頭馬を借りたので、今は馬上にいる。
その後ろでは、国王と王女の馬車が並んでいた。
「そもそも、あいつに護衛は要らないと俺は思っている。今あいつに挨拶しなくてもいいだろう」
ふうん、とライラ。
「しかし、ずいぶんとすっきりした陣形になった。シンプルで各々が役割をよく理解しているようだ。ここに来たときは、もっさりしておったからのう」
「『異常があれば俺に知らせる』。末端の人間に与える指示は、なるべく単純なものがいい」
「当初のそれぞれの距離感では、戦いになれば邪魔にならないまでも、味方が気になる距離でもあったからのう。楽しそうにおしゃべりしておった騎士もいたくらいだ」
「人間は群れる。群れると安心してしまう。今は、自分の周りには仲間がたったの九人。多少、緊張感は持つだろう」
はぁぁぁぁ、と背中でライラは長いため息をついた。
「そなた、魔王軍に入らぬか?」
俺は思わず笑ってしまった。
「どこにそれがあるんだ?」
「そなたのような男が部下にいれば、勝てた戦であったな、とつい思ってしまったのだ」
「実力は魔王以上だ。俺を魔王軍に迎え入れるときは、寝首をかかれないように注意することだな、魔王様」
「うにゃあ!」
ガリッ、と後頭部をひっかかれた。
癇に障ったらしい。
しばらくしたあと、ぼそっとライラが言った。
「ま、魔王軍は……じきに、できるぞ……? そなたと妾の間に……子を授かれば……」
言い終わると、ずぼっとリュックの中に入り込んだ。
恥ずかしかったらしい。
魔王軍は、かなり縮小されてしまったが、その代わり、ずいぶんと『温かい』軍団になりそうだ。
ソマリール海岸へ順調に進んでいる証拠に、風がかすかに潮のにおいを孕むようになった。
遠目には水平線が望め、その手前では貴族の別荘など、豪華な建物がいくつも見えた。
そんなときだった。
伝令の一騎が駆けてきた。
「九班! 敵襲! 盗賊と思われる一団です!」
一〇ある班で円陣を組み、一二時と六時方向以外に護衛を置いていた。
九班ということは、九時方向だ。
貴族や王族御用達のリゾート地が目と鼻の先にある。
盗賊からすれば、このあたりが待ち伏せするには絶好の場所といえるだろう。
「規模は」
「二〇人から四〇人くらいかと」
またさらに九時方向から伝令の一騎が駆けてきた。
「九班! 盗賊が増えました! その数、約一〇〇――」
「八班、一〇班に伝令。九班の援護と密集陣形を組むように。その他班にも伝令を。慌てずそのまま警戒を続けるように、と」
はい、と伝令の騎士はそれぞれ散った。
「キナ臭くなったのう。しかし、盗賊風情が……なかなか気合いが入った数だ」
「これ以上敵がいないか周辺を警戒する」
俺は、ランドルフ王に状況を報告しておいた。
何かあれば、アルメリアがなんとかするだろうが、近づかせないに越したことはない。
馬腹を思いきり踵で叩き、馬を疾走させる。
九時方向には林があり、盗賊はそこに身を潜めて待ち伏せていたようだ。
他の方角は見晴らしがよく、接近する敵がもしいればすぐに気づけるような地形だった。
確認を終えた俺は、三つの班が固まる戦闘地域へ急ぐ。
「腐っても騎士、か。密集体形は思ったより強固らしい」
ライラが戦況を解説してくれる。
三〇人ほどの騎士が固まった一団は、なかなか迫力があった。
数人が密集体形を迂回しようとするのを見つけた。
その盗賊たちに接近し、瞬時に首を複数飛ばした。
「…………」
「貴様殿よ、どうかしたか?」
「……いや、何でもない」
ちら、と首のない死体を見て、俺は援護へむかう。
密集している騎士たちに大声で言った。
「そのまま隊形を維持しろ! 近衛騎士の名は伊達ではないということを、賊どもに教えてやれ!」
「「「「おぉぉぉぉぉぉ!」」」」
「部隊を鼓舞するタイミングも絶妙だな」
と、ライラがぽつりと言う。
「リュックの中にいろ。危ないぞ」
それぞれ動きと様子を見ていると、誰がリーダーなのかすぐにわかる。
「……あいつか」
馬から飛び降り、隙だらけの敵から剣を一本拝借する。
「あ、あれ、オレの剣――」
リーダーらしき盗賊と相対する。
さすがにリーダーは強いようで、武芸の心得もあるようだった。
「……」
リーダーは、俺を相手に狼狽えることなく、槍を構えた。
そこまではいい。
ちら、とまったく関係ない方角を二度気にした。
「敵を前に、気になることでも?」
「……」
気合いと同時に渾身の突きを放った。
それを剣で跳ね上げる。
柄を使っての打撃攻撃をしてきた。
それを片手で受け止め、槍を引っ張った。
「う、うぉぉぉぉぉ!?」
ずしゃあ、とリーダーは呆気なく転んだ。
ようやくそこで槍を手放し剣を抜く。
その瞬間に、剣を掴んだ手首が宙に舞った。
もちろん、俺の斬撃を食らったせいだ。
「な――っ、え――?」
「さっきのは、体重が乗ったいい刺突だった。が……」
剣を投げ捨て、槍を拾った。
そのときには、リーダーは火炎魔法を使おうとしていた。
「刺突は、風より速く雷より鋭く、だ。まだまだその域とは言い難い」
槍を使うのは久しぶりだった。
全身の体重を穂先に乗せ、同時に突き出す。
持った槍を含め、俺自身が槍になったかのような感覚だ。
風より速く、雷より鋭く――。
音を置き去りに穂先が走る。
放った刺突は、衝撃波を伴いリーダーの顔面に突き刺さった。
様子を見ていた盗賊たちが、一斉に林のほうへと逃げはじめた。
「追わぬのか?」
「敵を殺すのは、今回の仕事ではないからな」
戦意のない敵は追わない。
剣を捨てて振り返ると、密集体形を解いた騎士たちがいた。
軽傷者は出たものの、被害はゼロだった。
「上出来です。みなさん、僕が思った以上に頼りになる騎士さんたちのようですね」
俺がにこやかに言うと、ざわついた。
「お、おい。オレたち、褒められたぞ……」
「勇者様のお師匠様に、褒められた……!」
「嬉しい……」
みんな、いい顔をしている。
「アメとムチの使い方も上手い。くくく、こやつら、そなたの言う通りに動いただけだというのに」
ライラが本当のことを言って台無しにしかけたが、この調子なら、気を抜くことなく警備護衛してくれるだろう。




