隣国の王子とお見合い1
「失礼します」
支部長室に入り、扉を閉める。
「何か僕にご用ですか?」
「ちょっと今回は、重要なのよ」
深刻そうにアイリス支部長はため息をつく。
出勤後の朝礼のあと、俺は「あとでロランは支部長室に来て」とアイリス支部長に呼び出された。
仕事絡みで何か頼み事があったり、起きた事件の事情を改めて訊いたり、ということが多かったが、今日はどうも違うみたいだ。
「アルメリア様が、今回、ルーベンス神王国の第一王子とお見合いをすることになったみたいなの」
「お見合い……」
「……あなたを呼び出したのは、国王様より護衛をしてほしい、というお願いがあったからなの」
「僕がですか? アルメリアの……アルメリア王女殿下の?」
護衛……必要か……?
「あなたは、王女と親交があるでしょ? だからだと思うのだけど――」
「あの、支部長」
「わかっている、わかっているわ。王女殿下といえど、魔王を倒した勇者様だし……」
……アイリス支部長は、どこまで俺のことを知っているのだろう。
俺が暗殺者として活躍……もとい暗躍していた、というのをギルドマスターから知ったようだったが。
このセリフから察するに、俺が勇者パーティの一員だったことや、俺が魔王を倒した、というところまでは知らないようだ。
「国王様からあなた宛てのお手紙も預かったわ」
机の引き出しから赤い封蝋がしてある便箋を取りだす。
俺はそれを受け取り、ポケットにしまった。
だいたい内容はわかった。
どうせ、アルメリアが我がままを言った、とか、おまえがいれば心強い、とか、そういう文句が並んでいるんだろう。
『普通』の職員は、王女の護衛なんてしないし、国王から依頼されたりもしないと思うが……。
「これは、私もあなたに引き受けてもらわないと困る案件なのよ。申し訳ないのだけど、できれば……」
アイリス支部長が、珍しく言葉尻を濁している。
上司の指示や頼みであるなら、引き受けたほうがいいだろう。
「わかりました」と、承諾した俺は、アイリス支部長に詳細を訊く。
さっそく準備をして、予定している合流地点へむかうことになった。
「まったく、貴様殿はいいように使われるな」
支度をしていると、ライラもついて行くと言い出したので、今は黒猫状態でリュックから顔を出している。
荷物の九割は黒猫といっていいほど、俺の荷物はほとんどなかった。
「『普通』の職員は、上司の頼み事は断らない」
「そういうものかのう」
国王と王女の一団は、すぐに見つかった。
護衛は、近衛騎士が約一〇〇名。
戦いに行くわけではないから、これくらいでいいのだろう。
周囲を固める騎士に自己紹介をするのが面倒だったので、スキルを使い、一気に一団の中心に入り込んだ。
「……あそこか」
ひと際豪奢な馬車を見つけ、乗り込んだ。
「ん~~~~、ちゅ、ちゅ、ちゅー。ソラリスゥゥゥ」
「やあん、国王様ったらぁ。えっち♡ くすぐったいです♡」
車内にいるランドルフ王は、普段はべらせている美女の一人とアツアツだった。
「まったく、見合い程度でわざわざ俺を呼ぶとは」
「んごわぁああああああああああああああ!?」
「きゃぁああ!?」
「お楽しみのところ悪いな。女、出ていけ」
半裸の女を見下ろし、顎で外を差す。
「は、はいぃぃぃ……」
馬車が停まり、上着を羽織った女はいそいそと出ていった。
「お、おま、おまええええ、い、いきなり入ってくるとはっ」
「呼んだのはランドルフ王のほうだろう」
ランドルフ王は、やや乱れていた服をささっと直した。
「手紙は読んだか? ……その様子だとまだらしいな」
「ランドルフ王、あまり王家の人間と関わるのは、俺の本意ではない」
「わかっている。それを謝罪した上で、『来てくれると助かる』と手紙にしたためたのだ」
そういうことか。
その口ぶりでは、今回の仕事を強制するつもりはなかったようだ。
思えば、アイリス支部長も、頭ごなしに指示を伝えた様子もなかった。
「その上で、どうする? 強制するつもりもないし、ギルドに圧力をかけるつもりも、かけたつもりも私にはないのだ。これからむかう中立地帯は、武装解除がマナーというか、ルールというか、しきたりでもある。そなたがいれば、非常に心強いのだ」
俺は手ぶらでいいからな。
万が一のことを考えて、俺がいてくれたほうが安心、というところか。
アイリス支部長も、受けてくれたほうがありがたかったんだろう。
「ここまで来たついでだ」
「助かる」
にかっとランドルフ王は人の良い笑顔を見せた。
「俺の任務は護衛だ。細かい入り組んだ話になるのなら、詳細の説明は必要ない。護衛しやすくなる情報があるなら教えてくれ」
「相変わらずお堅いというか真面目というか……残念だが、そういう情報はない」
ルーベンス神王国は、このフェリンド王国の隣にある中国家だ。
連合国内の序列では、フェリンド王国に続く二番目の発言力を持っていた。
というのも、ルーベンス神王国出身のエルヴィが、勇者パーティの一員だったという理由もある。
フェリンド王国の序列が高かったのは、アルメリアがいたからなのだが、まあそれは今関係ない。
国力は、お互い似たようなものだ。
「ルーベンス神王国側の、今回の使者に立ったのが、エルヴィ・エルク・ヘイデンス……エルヴィ騎士だったのだ」
「ふうん、エルヴィが……。たしか、ルーベンスの侯爵家の娘だったな、あいつは」
「うむ。エルヴィ騎士とアルメリアの仲でもあるし……無下に断り、彼女のメンツを潰すわけにもいかぬ」
しっかり者のお堅い姉と、お転婆な我がままな妹――エルヴィとアルメリアは、そんな姉妹のような関係にも見える。
外交は魔王軍との戦争より何倍も複雑で難しい。
俺はそれに関して門外漢なので、口は挟まないことにしよう。
「……私は、考えた。もし、アルメリアが先方の第一王子、ファビアン・トイブ・ルーベンスを気に入るとまで言わずとも、まんざらでもないのなら――」
お互い、大国とは言えない。
二人の婚姻は、国同士の同盟に近い結びつきとなる。
「ランドルフ王、大人になったな」
「ふふふ……そうであろう」
「だが、車内で女とイチャつくのはやめておけ。外まで声が聞こえていたぞ」
「聴かせてやっているのだ。ただ歩くだけでは部下も退屈であろう」
うははは、とランドルフ王は大笑いする。
まったく、と俺は呆れて思わず笑ってしまう。
「なんという、色ボケした王か」と、同じ王として魔王様も呆れていた。
目指す場所は、お互いの国の中間地点にして中立地、ソマリール海岸。
よく貴族がバカンスに訪れるという、金持ち専用のリゾート地のようなところだ。
強行軍で行くわけでもないので、途中、町に立ち寄って休憩をすることになった。
アルメリアに挨拶をしようと思ったが、それはあとだ。
仕事の確認をしたい。
「ランドルフ王、今回の護衛は、この近衛騎士たちだけか?」
「ああ。そうだ。近衛騎士長と引き合わせよう」
ランドルフ王が、騎士の一人を呼び、その騎士が歩いてこちらにやってくる。
すこし長い髪を後ろでくくった、線の細い男だった。
俺よりすこし年上くらいで、まだ若い。
ライラが、リュックの中でクスクス笑っている。
たぶん、俺の言いたいことと同じなのだろう。
「近衛騎士団、第三騎士長のグレガー・シェックだ。今回の護衛の指揮を任せておる。こっちは……ええっと……」
ランドルフ王が、俺の紹介で困っているので、自己紹介をした。
「ギルド職員のロラン・アルガンです。この度は、護衛に加わらせていただきます」
――――プッ。
グレガーが我慢できない、と言いたげに吹き出した。
「陛下がわざわざ紹介するから、どんなやつかと思えば、ギルド職員って……はっはっはっは!」
近衛騎士というのは、王族の警護が主な仕事だ。
王族の覚えがめでたくなるせいか、有名貴族の子弟であることが多い。
このグレガー騎士長もその典型だろう。
「僕は、先ほど加わったのですが……」
「――はっはっは……、何、なんだよ?」
「僕を見かけましたか?」
「は?」
俺がどういうつもりで言っているのか、まるでわかってなさそうだった。
「おい……ロラン、あまりイジめてやるな……」
こそっとランドルフ王が耳打ちをする。
護衛が俺の仕事だ。あまり杜撰だと、守れる者も守れなくなる。
ひとつランドルフ王に質問をした。
「僕がここに来ると知っているのは?」
「……合流するまでだと……知っていたのは、呼びつけた私だけだ」
俺は王の馬車まで本気で移動したわけではない。
スキルは使ったが、一般的な速度での移動だった。
俺の『影が薄い』は、気配を消したり姿を消すスキルではない。
常人がしっかり意識して、警戒していれば、きちんと姿は目に見える。
「僕は国王様の馬車に乗り込んだんですが…………護衛は、一体何をしていたんですか?」
「……ッ」
「気の緩みは、規律の緩み。逆もまた然り。護衛の騎士たちは、楽しそうにおしゃべりをしておった。不審者が近づいているにも関わらずにな」
リュックから顔を出したライラが言う。
ややこしいので、俺が言ったことにしておいた。
「目指す先は、王侯貴族御用達のリゾート地。……楽しい旅行のようで、何よりです」
「おまえ……ッッッッ!」
グレガー騎士長が剣の柄に手をかける。
だが抜かせはしない。
一瞬にして接近し、俺は柄頭を手の平で押さえた。
「抜けな――、い、いつの間にっ!?」
「僕がもし暗殺者なら、国王様は死んでいました。そのとき責任は、グレガー騎士長、あなたが取るのでは? いや、あなただけでは済まない。もしもの場合は、三親等以内の親族全員、死罪でもおかしくはないです」
「…………」
青ざめた顔で、俺を胡乱に見つめるグレガー騎士長。
「あれが、要人を護衛する騎士の仕事ですか――?」
「貴様殿よ、戦場も知らぬガキをイジめてやるな」
とライラは言うが、声が非常に楽しそうだ。
「戦勝国の内側は腐っておるのか? ロクに腕もない家柄だけが取り柄のおぼっちゃんが、こうして幅を利かせておる」
ライラがうるさいので、リュックに強引に詰め込む。
「うにゃ!? な、何をするっ――」
「……騎士長よ、この男に指揮を一任してみぬか?」
「しっ、しかし……それは、近衛騎士長の一人である私の役目で……」
「この男に、万が一はない」
「どうしてそこまで」
「ロランは、アルメリアの師匠のような存在である」
「あ、アルメリア様の――!?」
二、三歩あとずさりしたグレガー騎士長は、恭しく頭を下げた。
「……非礼を、お詫びいたします。ロラン殿、護衛の指揮は、国王様がおっしゃるように、貴方にお任せしてもよろしいでしょうか」
「そういうことでしたら、お任せください」




