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はじめてのお仕事

「貴様殿、今日はどこへ出かけるのだ?」


 朝、俺が着替えていると背後で黒猫ライラが訊いてきた。

 どうやら猫の体に慣れてきたらしく、話せるようになったようだ。


「仕事だ。……普通の、な」

「すごいドヤ顔だのう」


 昨日見たところ、職員は眼鏡をかけているほうが多かったので、帰る途中に買った伊達眼鏡をかける。

 よし、これでまた俺の『普通』度が上がった。


「しかしまあ、安月給でよく働く気になったものだ」


 ライラが、たしたし、と前足で紙を引っ張り出す。

 そこには、ギルド職員の待遇などが書かれていた。

 月給一五万リン。

 贅沢をしなければ――いや『普通の生活』であるなら、手元には残らないかもしれないが、暮らしていける。


「貴様殿なら、一人殺れば二、三か月は遊んで暮らせるだろうに」

「ライラ、それは『普通の仕事』じゃない」

「すごいドヤ顔だのう」

「大人しくしておくんだぞ」

「この姿じゃ、暴れようにも暴れることもできぬ。せめて元の姿にしてくれたら……」

「魔王だとわからなくても、魔族の女がこんなところにいるのは『普通』じゃない」

「知ったような顔で『普通』を語るようになったのう」


 じゃあな、と俺は後ろ手に扉を閉めて宿屋を出ていく。

 歩いて一〇分ほどの冒険者ギルドへやってくると、昨日俺を応援してくれた受付嬢と目が合った。


「あ、ロランさんですか? 支部長から聞いています。今日からよろしくお願いします」


 どうやら、彼女が俺に仕事を教えてくれる教育係のようだ。


「わたし、ミリア・マクギュフィンと言います。にしても、よく採用されましたね」

「え? 『普通』の面接だったと思うんですが」

「いえいえ、ご謙遜を。今までアイリス支部長が採用した人はいなかったんです」


 そうなのか。

 ミリアたちその他の職員は、支部長がアイリスじゃないときに採用された人たちらしい。


「支部長が即決で採用するなんて、どんな人なのか、すごく興味があります……」

「いえいえ、僕は『普通』の面接をしただけなので」


「わたし一番下っ端だったんですけど、ロランさんが入ってたので、ついに先輩になったんです。だから、困ったことがあったらいーっぱい頼ってくださいね? 後輩くん♪」

「わかりました、先輩」


 先輩呼びに気をよくしたミリアに、俺はそれほど大きくない事務室を案内された。


 やってきた冒険者をカウンターの内側で対応している受付がいたり、その後ろで何か書類とにらめっこしている職員がいたり、別室で持ち込まれた物品の確認をしたり、と様々だった。


「これが『普通の仕事』……」


 人を殺さなくても金を稼げる……。

 なんという不思議な世界だろう。


 冒険者というのがはっきりわかっていない俺に、ミリアは丁寧に説明してくれた。

 冒険登録をした者を冒険者と呼び、依頼主の要望――クエストをこなしたり、珍しい素材やダンジョンで見つけたお宝を売買して金を稼ぐそうだ。


「要は、プロでも何でもないアマチュアの何でも屋ということですか?」


 慌ててミリアは人差し指を立てて、しーとやる。


「ロランさん、そんなこと言っちゃだめですよっ」


 そんな何でも屋こと冒険者たちと、依頼主の間を取り持つのが冒険者ギルド。

 クエストの難易度を決めたり、それを各冒険者に斡旋するそうだ。


「ほら、今ちょうどクエストが終わって、素材が持ち込まれました。あれはきっと、『解毒草採取』のクエストですね」


 布袋を持つ冒険者の男が、受付嬢に渡している。

 あれで品物に間違いがないなら、報酬がもらえるらしい。


「お願いします」と受付嬢が、振り返り別の男に渡す。

 男のあとをついて行くと、別室で中を検めはじめた。


 素材の検分をしているようで、そばで見学していると、気づいた検分役の男が顔を上げた。


「ミリアちゃぁ~ん、誰ぇ、そいつ?」

「こちら、今日から職員になったロランさんです。ロランさん、こちらモーリーさんです」

「はじめまして」

「ふうん……冒険者経験は?」

「いえ、ありません」

「経験もねえくせに、よくここで働こうと思ったな? ねえ、ミリアちゃん」


 話を振られたミリアが固い笑顔を返す。


「ええっと、別にそんなことは……わたしもそうですし……」

「元Cランク冒険者のオレの足を引っ張んなよ、新人」

「はあ……」


 俺は曖昧に返事をする。

 よくわかってない、と察したミリアがこそっと教えてくれた。


「Cランク冒険者は、全体で一〇%ほどしかいない腕利き冒険者で凄いんです」

「なるほど」


 ほんのすこし上手なアマチュアの何でも屋ということか。


 ミリアが『解毒草採取』のクエスト票を持ってきた。

 S~Fまで、難易度に応じてランクが設定されているという。


――――――

『解毒草採取』

毒効果に作用する薬草『エモギソウの葉』を三〇採取。

報酬:五〇〇〇リン

――――――


 その持ち込まれた薬草の確認をモーリーがしているわけか。


「よし、三〇ぴったりだ」


 立ち上がって、布袋の口を閉めた。


「ミリアさん、エモギソウとは違う葉っぱが混じってましたけど、いいんですか?」

「え? 違う葉っぱ?? 見ていましたけど、そんなものは……」


「オイ、さっきからこそこそとなんだよ」


 苛立ったようにモーリーが声を荒げ、俺を睨んだ。


「クエスト対象にない葉っぱが混じっていた。それだけです」

「はァ? オレの仕事にケチつけようってのか」


「いえ、ケチをつけるとかどうとかではなく、事実なので」


「オラぁな、冒険者のころからこのクエストやってきたんだよ。職員になってからも何回も確認してる仕事だ。冒険者経験もねえド新人が口出すんじゃねえよ」


 あわあわしているミリアがこそっと耳打ちした。


「ロランさん、よく知らないならあまり口を出さないほうが……」


「いいだろ。もう一回確認してやるよ。オレは冒険者時代から何度もこの葉っぱを採取してきたし、今じゃ『プラントマスター』の資格を持ってるんだ」


 なんだそれは、と思うと同時に、ミリアがまた教えてくれた。


「『プラントマスター』は、冒険協会という冒険者ギルドをまとめる組織が作った、職員のための資格です」


 要は、植物に詳しいという資格らしい。


「……オイ、謝るなら今のうちだぞ」

「どうぞ、確認してください」


 チッ、と舌打ちをしたモーリーが、布袋をひっくり返し、テーブルに葉っぱをまいた。


「どこをどう見てもエモギソウだろうが」

「葉の裏をちゃんと見てなかったですよね」

「……っ」


 反応からして、よく似た葉があることを知らなかったわけじゃないらしい。

 それか……知っててやっていたかのどちらかだ。


 俺は数枚手に取って、裏側を二人に見せる。


「黒い小さい斑点がある葉と、そうでない葉があります。表面だけ見ればそっくりそのままですが、斑点のあるほうはセリリという雑草です。解毒効果なんてありません」


「そうなんですか~? はじめて知りました。えっと、じゃあ……一、二……半分! エモギソウが半分しかありません!」


 改めてミリアが調べると、モーリーはマズそうな顔をして目を伏せた。


「プロの自覚と自負があるなら、適当な仕事は感心しません」


 俺の常識では、何かを適当にしたり雑に処理、対応すれば、それは死に繋がる。


「ぐッ……くぅぅぅ……新人のくせに!」

「新人かどうかは、今関係ありますか?」


 モーリーが俺に掴みかかろうと勢いよく手を伸ばす。


 敵意を持って俺に触れようなどと……笑止。

 魔王すら髪の毛一本触れることができなかったというのに。


 すっとかわすと、バランスを崩しその場で倒れた。


「あの、教えてほしいんですけど、Cランク冒険者って一応強いんですよね?」

「~~~~~ッ」


 顔を赤くしたモーリーは、立ち上がると部屋から出ていった。

 ほっとミリアがため息をつく。


「ロランさんのおかげでミスを未然に防げました。よくご存じでしたね! お手柄です!」


 俺は首を振った。


「モーリーさんは、僕に感謝したほうがいいかもしれません。危なかったです。非常に」

「あ、危なかった?? 非常に??」


「はい。ミリアさん、仕事を失敗するということは、死を意味します」

「しませんよっ!?」


「え」

「『え』って、何本気で驚いてるんですか」


 ミリアは「ロランさん、面白いですね」とくすくすと笑った。

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