パイセン
「しっかたねぇなあ」
ニヤニヤ、と嬉しそうにモーリーが言って、肩で風を切って歩く。
「オレの背中見て、育つよぉーに。オッケー、ルーキー?」
「はい。勉強させていただきます」
ぺこり、と俺は小さく頭を下げた。
クエストランク設定の仕事を、今回はモーリーについて行くように、とアイリス支部長に言われたのが、ほんの一時間前のことだった。
「この前、色々あったから、今日はモーリーについて行って? 彼はベテランだから、学べることも多いはずよ」
「はい。わかりました」
「ったく、しょうがねぇなあー」
この瞬間から、先輩風をビュウビュウと吹かしてきていた。
が、待ったがかかった。
「はい、はい! はい! 支部長ぉ! わたし! わたしも今日は同じ仕事をしているので、モーリーさんではなく、わたしがロランさんとご一緒に――」
「ミリア、あなたはダメよ」
「どおしてですかぁ!」
「だってあなた……下心がスケスケなんだもの」
「ふぎっ!? べ、別に……そんなつもりありませんし……わたしは、ただ、ロランさんの教育係を仰せつかっているので。それだけなので。他意はありませんので」
「ますます怪しいわね。ともかく、今日はモーリーについていってもらうことにしたから」
「…………支部長……わたしがロランさんと仲良くしているのが嫌なだけなのでは……?」
「ちょっと。聞こえてるわよ。公私混同はしてないから。それなら、今度はあなたにお願いするわ。けど、今日はモーリーね」
「ちいっす。じゃ、ルーキーに? いっちょホンモンの仕事ってやつ? 見せてきますわぁ!」
顔をがっつりキメたモーリーは、アイリス支部長やミリアにその表情を振りまいた。
「クエストランク設定なんてカンタンカンタン。話を聞いて、受付票と違いがあるかを確認。そんで、実際どんなもんかこの目で見る。で、このマニュアルに沿って依頼主と報酬を相談しながらランク決め。オーケイ?」
「はい」
「そこはオーケイで返せよなぁー!」
かなり上機嫌らしいモーリーは、俺の肩をばんばんと叩いた。
依頼主はこの町にいるので、俺とモーリーは徒歩で依頼主のところへむかった。
依頼主は、この町の道具屋だ。
何度か足を運んだことがあるが、剣や槍も扱っているが、品ぞろえでいうと、包丁やスコップやクワなど生活用品のほうが多い。
その道具屋の店主からの依頼で、砥石が割れてしまったそうなので、それを新調したいという依頼だった。
「いや、それ自分でやれよ。冒険者に依頼しなくてもよくね? ――ってやつ、結構多いからなぁ。だからまあ、今回のはFランクくらいに設定して、さくっと話を進めちまおうぜー」
はい、そうですね、と俺は適当に相槌を打った。
すぐに道具屋が見え、中に入った。
「ちいっす。おっちゃん、こんちは」
モーリーが言うと、カウンターのむかいに座っていた髭を蓄えた店主が「おお」と声を上げた。
「モーリー君か。君が今回担当してくれる職員なんだな」
「ええ、ま、そんなとこ」
俺も店主に小さく挨拶をした。
「こいつ、オレの仕事を見学するためについてきた、新・人。こいつのこともよろしく頼むよ」
「はじめまして。ロラン・アルガンと申します」
「ああ、町で何度か見たことがあるよ。赤髪の、ほら、すっごく美人な娘と一緒にいたでしょ」
「ええ、まあ」
誰か思い当たったらしいモーリーが眉をひそめた。
「……あの子っておまえの何? 事と次第によっちゃぁ? 生きて帰れねえかもな……。カノジョ?」
彼女……?
どういう定義なのかはわからないが、彼女は、違うような気がする。
「いえ、違います」
「なぁーんだよ、それ先に言えよぉ」
べしべし、と背中を叩かれ肩を組まれた。
「おまえ、影薄いし、モテなさそうだもんな?」
「おっしゃる通りで」
俺がそう言うと、気をよくしたらしいモーリーはガハハと大笑いした。
「つーわけで、おっちゃん、さっさとやっちまおうか」
「そうだな」
こうして、店内ではあるがモーリーの再聴取がはじまった。
「砥石を新しくしたいってことでオッケー? 砥石、見せてもらっていい?」
「ああ。これなんだが」
店主は、ごとり、とカウンターの上に使い込まれた砥石を置いた。
それは、大小四つに割れており、たしかに新調したくなるのもわかる。
「まあ、おつかいクエストだな、こりゃ。Fランクで報酬は、三〇〇〇リンってところだ。どこかの町で、冒険者に買ってこさせよう。砥石の費用は別途おっちゃんが払うってことで」
「ううむ。やはり、そうなるか。店は空けられないし、家内がいるが、砥石のことなんてさっぱりだからなぁ……」
俺はもう一度店内を見回した。
記憶通り、生活用品の金物が多い。
「すみません、ちょっといいですか」
「んだよ、ルーキー」
「ああ。何かな」
「砥石は、他にないんですか?」
はぁ? とモーリーが片眉をあげた。
「おまえなぁ、他にありゃ、クエストにはしねえだろ。何言い出すかと思えば」
「砥石とひと口に言いますが、基本は三種類必要です。生活用品だけなら、一種類だけでもいいかもしれませんが、剣を研ぐ仕事もされているんじゃないですか?」
「ああ、そうだよ」
「研ぎ方ひとつで、武器の重量が変わったり、バランスが変わったり、武器として使いにくくなってしまうものです」
フン、とモーリーが鼻で笑った。
「んな大げさな」
「――と、素人は思いがちですが、武器というのは、己のすべてを懸け、生死をともにする相棒でもあります。長く大切にしたい、と思うのは、当然のことです」
「たしかにその通りだが……」
研ぎ師と呼ばれる職人がいるくらいだ。
その道は長い。
だが、町の道具屋にそのレベルを求めるのは酷だろう。
「僕の知っている砥石専門店があります。そこなら、扱いやすい砥石を売っていますので、そこで買ってきてもらうのは、どうでしょう?」
それほど値段は高くはなかったはずだ。
俺は、モーリーが書いた報酬三〇〇〇リンをペンで消す。
「報酬は、八〇〇〇リンでどうでしょうか? 砥石の値段込みです。決まっている砥石を買ってきてもらいます。値切ることもできるので、そこは冒険者の弁舌次第ということで」
特定の品を買ってきてもらう。
それは値段がおおよそ決まっている。
だから、冒険者は値切れば値切るほど報酬が高くなる、ということになる。
「うん、いいね、それ! 冒険者も砥石に関しては素人だろう。こちらで指定しなければ、どんなものを買ってくるかわかったもんじゃない」
モーリーの設定では、総額でいくら支払うことになるのかわからないのだ。
適当な粗悪品を買ってくるかもしれないし、逆に割高な物を買ってくるかもしれない。
「これなら、Fランク冒険者でも対応可能ですのでランクはFで」
「いや、これどうなんだろうなぁ。よくないんじゃないかー?」
モーリーが後ろでブツブツと言っている。
「八〇〇〇って結構高くないか? もっと割安にでも……」
どうやら、自分のプランより、俺のプランが採用されかけているのが、納得いかないらしい。
が、どこを批判していいかもわからないみたいだ。
「今回、僕はただ見学しているだけなので」
モーリーが、言葉の意味を汲み取った。
「……そういうことなら、まあな! よぉし、それでいけ!」
自分の手柄になるとわかると、さっきの元気を取り戻した。
「けど、町の道具屋に、それほどのクオリティ求めるとは、オラァ思わねえんだけどなぁ」
「かもしれない。だが、やっぱり、嬉しいもんなんだよ。研いだ物がよく切れるってお客さんが言ってくれるのは」
「切れ味落ちたら、新しいの買えばよくね? おまえもそう思うだろ?」
武器に助けられた経験がないんだろう。
俺も特別な武器は持たないが、それはあくまでもスタイルを確立させてからの話だ。
前の仕事をはじめた当初は、特定の古いナイフをずっと使っていた。
覚えている限り、そのナイフに三回命を救われた。
「人それぞれ、武器には思い入れというものがありますから」
持っている時間が長ければ長いほど、愛着も湧くものだ。
「ありがとう、ロラン君。今度も機会があれば、君に頼むよ!」
こうして、クエストランク設定の仕事を完了させ、俺とモーリーは道具屋をあとにする。
「なんか、おまえ、色々と詳しいよな? 前は、仕事何してたんだ?」
「暗殺者です」
「暗殺者って、おまえ――ははは! 暗殺者、ははは、こえーっ!」
俺の冗談が、モーリーは大いに気に入ったらしい。