クエストランク設定のお仕事3
ふう、と一息つくと、ライラが馬のそばで、腕を抱いてその様子をじっと見ていた。
「逝ったか」
どことなく哀愁を孕んだ声色に、もしかすると、魔王軍の部下だったのではないかと思った。
「さんざん手間をかけさせおって……」
「知っている魔物だったか?」
「うむ……まあ、そんなところだ」
魔王討伐以降、俺は魔王軍がどういうふうに退却し、魔界に帰ったのかを知らない。
以前の反乱軍が同志を募ったように、こちらの大陸にライラの元部下がまだいるのかもしれない。
退却しそびれたり、こちらの暮らしに馴染んでしまったり、今回のように誰かの『普通』を奪ったり。
「妾は決めたぞ」
「何をだ」
「こちらへ残っている元部下を、魔界へ帰す。魔力のないこの体では、信じてくれるかどうかはわからぬが……とくに魔物は。だが、もし、彼奴らの戦争が終わっておらず、それでもまだ戦い、誰かの日常を奪っているのであれば、引導を渡してやるのが、魔王としての務めだと思う」
相変わらず、部下想いで責任感が強いらしい。
「そういうことであれば、俺も手伝うとしよう。おまえの日常を守るという使命には、俺も感じるところがある」
にこり、とライラは微笑んだ。
「ありがとう。助かる」
プレシオルスは死んだが、ジャイアントヒヒの餌が戻ってくるわけではない。
また果樹園を襲うことになっては、プレシオルスを倒した意味が薄くなってしまう。
プレシオルスの皮を剥いで、俺はホーガンの家へと戻った。
森の状況と、ジャイアントヒヒの行動を順を追って説明した。
「なるほどぉ……それでジャイアントヒヒは、森の餌がなくなったのでここまでオオナツを食べに来ていたのか」
「ええ。だからといって、森に餌が増えたわけではないので、防犯用に、あれを」
俺は外にあるプレシオルスの皮を指差した。
「あれは一体……?」
「例の魔物の皮です。プレシオルスは大きな魔物ですので、正面切って敵対しようという魔物や魔獣はいません。なので、あれを柵の周囲におけば、魔物や動物除けになります」
生臭さがオオナツに移るのでは、と心配したホーガンだったが、プレシオルスは水でも暮らせる生物で、雑食とはいえ、肉食というわけではない。
皮を剥いだときも、それほど臭みはなかった。
外に連れ出して、確認してもらった。
「ああ、これなら大丈夫そうです」
「森にまた果実や木の実がなれば、ジャイアントヒヒはもう来なくなるでしょう。それまでは、念のため近くに置いておいてください。それでもまだ被害があるなら、お手数ですが、ご依頼ください」
「ありがとう、ありがとう。何から何まで、職員さんのお陰です!」
またぎゅっと握手したホーガンは、握った手をぶんぶんと振った。
「いえ。まだわかりませんので、お礼は尚早かと」
「そんなことないです。再聴取や現場調査なんて、聞いたところによると、三〇分やそこらで職員は帰ってしまうっていう話だし……」
たしかに、マニュアル通りなら、それくらいで済む仕事だ。
今ごろギルドでは、アイリス支部長やミリアが、何かあったのでは、とそわそわしているころだろう。
では、と俺は馬に跨り去っていく。
後ろで俺の腰に手を回すライラが言った。
「プレシオルスは、魔界でもあまり数は多くはない」
「ん? だからどうした」
まあよい、とライラは後ろでくすくすと笑っていた。
ライラを家で降ろし、俺は馬を返しギルドへ戻った。
真っ先に俺を見つけたミリアが手を振って迎えてくれた。
「ロランさん、おかえりなさい! ずいぶんと遅かったですが、何かトラブルでもありましたか?」
「ええ、少々」
ミリアに振られた仕事でもあるので、彼女に一部始終を報告した。
「ぷれ、ぷれ、プレプ、プレシオルス……? ですか? 倒しちゃったんですか……?」
「はい。ジャイアントヒヒが果樹園を襲っているのは、そいつが原因でもあったので」
「ロランさんっ、冒険者垂涎のS級素材の塊ですよっ! おまけに強いし!」
「まだ死体が森にあるので、欲しい方はどうぞ、と冒険者さんたちにご案内をしないと……」
ぺしぺし、と机を叩きながらミリアが騒ぐ。
「もーちょっと驚いてください! なんですか、そのうすーいリアクションっ! わたしのリアクションが場違いに大きいみたいじゃないですかっ!」
いや、場違いに大きいのはたしかだと思うが。
「プレシオルスが……あの森で死んでる……?」
「おい……!」
「ああ……!」
「あの骨と爪があれば、装備をもっとスゲーもんにできる!」
ミリアの大声を聞いていた冒険者たちが、全員一斉にギルドを飛び出していった。
S級素材に目がくらんだ冒険者たちの行動力は凄まじく、さっきまでクエストを斡旋しようとしていた職員は、みんな目を点にしていた。
さっきまで賑やかだったのに、がらんとしてしまった。
そのおかげで、支部長室にいるアイリス支部長の声がよく聞こえた。
「聞こえたわよー? ロラン! 私に報告なさい!」
あわわわ、とミリアが慌てはじめ、こそっと言った。
「ロランさん、あれは怒っている声です……。いいですか? 最初に心を込めて謝るんです……! 素直に非を認めると、お説教はずいぶん短くなります。いいわけすればするほど、長くなります。わたしが保証します!」
俺が知らないところで、ミリアはよく怒られているらしい。
説教を受けるレクチャーをミリアに受けた俺は、支部長室に入った。
機嫌悪そうなアイリス支部長は、ゆるく腕を組んで眉間に皴を作っていた。
「ずいぶんと遅かったみたいね? 再聴取と現場調査でしょ。見た限り、そこまで遠くでもなかったし。どうして?」
俺はミリア師範代の言っていた通り、心を込めてまず謝った。
「すみません。マニュアル通りとはいかず、少々手間取ってしまい……」
ピシッと頭を下げた。
「――えっ!? ええっと、いや、いいのよ……? そんな謝らせるつもりなんて、私なくて……」
「ですが、声がずいぶんお怒りのようでしたので」
アイリス支部長は、慌てて眉間の皴をグニグニとほぐした。
「おほん。まず、何があったのか、教えてくれる?」
ソファにかけるように言われ、アイリス支部長も向かいに座る。
逆に気を遣わせてしまったようで、お茶を淹れてきてくれた。
「お茶請けのお菓子がたしか……」
「あの、気を遣われるとやりにくいので、普段通りでお願いします」
「……そうね」
またひとつ咳ばらいをしたアイリス支部長が、むかいのソファでタイツに包まれた美脚を組む。
たしかに普段通りだが、下着が見えている。
口にすればまた話の腰が折れるので、俺は目をそらしながらミリアにしたのと同じ報告をした。
「ふうん。それで……。プレサスを――」
「プレシオルスです」
「そう、プレシ? オルス? を倒したからさっき冒険者がいなくなったのね」
「依頼の原因は、プレシオルスにあったので。すみません」
アイリス支部長は、困ったように頬を撫でた。
ミリア師範代の言っていた通り、効果てきめんのようだ。
「冒険者ギルドは慈善団体ではなく、依頼者からの手数料をもらい、運営をしている――なので、少々軽率な行動だったかもしれません」
反省した俺は、また小さく頭を下げた。
どうでもいいが、まだ下着が見えている。
「そうでもないわよ?」
「そう、でもない?」
「ええ。困っている人を助けようとしたあなたの行動は、人として尊敬するし、あっという間に解決しちゃう力も認めるわ。対策も万全だし。クエストとして依頼していれば、ここまでスムーズにはいかなかったと思う。その点は、さすがといったところね」
目を見て褒められないらしいアイリス支部長。
「冒険者ギルドと依頼主は、信頼関係が大事。あなたの依頼主を想った行動は、褒められることよ。依頼主からの依頼がなければ、冒険者ギルドの、ましてやその支部なんて要らないんだもの。冒険者ギルドは依頼主に信頼されてこその機関。いいギルドだと評判になれば、依頼だってたくさん集まるわ」
慈悲深い微笑みを称えながら、俺を褒めてくれるアイリス支部長。
だが、まだ下着は見えている。
「私も、オオナツ好きだから……早期解決は、非常によかったと思うわ。あくまでも、個人的によ? 個人的に」
ミリア師範代の指導のおかげか、小言を言われることはなかった。
「今度は誰か先輩に同行してもらおうかしら」
そうひと言言うと、もういいわよ、と退室を促された。
実際、数日後には、依頼の数はかなり増えることになる。
「……あの、支部長」
「まだ何か?」
「下着がずっと見えてます」
ぴゃっと変な声を上げて、アイリス支部長はスカートの端を押さえた。
「い、いつから――?」
「だから、ずっとです。むしろ見せているのか、と」
「見せてないわよ! そのつもりならもうちょっといいパンツを――って何言わせるの!」
「では、仕事に戻ります。失礼します」
「ちょ、ちょ――ちょっと待ちなさ」
パタリ、と扉を閉めて支部長室を出ていった。
それから数日間、アイリス支部長は、スカートではなくズボンをはくようになった。
またそれからさらに数日後。
ホーガンがカゴにいっぱいのオオナツを持ってきた。
「ずいぶんと職員さんによくしていただいたので、これ、お礼の品です。みなさんでどうぞ」
「ありがとうございます。いただきます」
ミリアたち職員にふたつを渡していった。
アイリス支部長には、好きだといっていたので、三つあげた。
「……な、何よ。これで機嫌が直るほど、私は安くないわよ。え、みんなより多いの? …………ふ、ふうん。あ、ありがとう……」
下着を見たことを根に持っていたが、機嫌が直った。
残りは持ち帰ることにして、好きだと言っていたライラに全部あげた。
「ふふふ、貴様殿もわかってきたようだな?」
と、ドヤ顔で嬉しそうに言った。
すぐにオオナツを食べはじめたライラだったが、酸っぱいものに当たったらしく、「ふえっ」と顔をくしゃっとさせた。




