クエストランク設定のお仕事1
この前感じた、『温かい』に似た気持ちを、俺は仕事の合間、ミリアに尋ねてみた。
「友人の話なのですが」
「? はい」
友人として置き換え、俺とライラの関係とそのときの状況を教えた。
「そのお友達は、恋人? のような方に、子供がデキたら嬉しいと言われた、ということですか」
「はい。そのときに、不思議と『温かい』に似たような気持ちになったそうです。そのあと、抱きしめたくなる衝動に駆られた、といいますか……」
「ふむふむ。ということは、アレですよ!」
ぴん、とミリアは人差し指を立てる。
「きっとそれは、『嬉しい』か~ら~の、『愛しい』! このコンボで決まりです!」
決まりらしい。
お幸せそうでいいですねぇ~、とミリアもうっとりしていた。
『嬉しい』と『愛しい』……そうか。
あの気持ちがそうなのか。
俺はこのギルドに持ち込まれた依頼の紙束を見ていた。
この紙束は、クエスト票になる前の依頼主からの相談事の受付票である。
「あれもこれも、それもってわけにはやっぱりいかなくて」
手元の受付票を確認していると、俺と同じように受付票を見ているミリアは言う。
「中には、すごく個人的なことだったり、クエストにするまでもない相談があったりしますので」
それを今こうして決めているのだ。
クエストにすると決めたあとは、アイリス支部長に確認してもらう。
そこで承認されると、依頼主へもう一度事情を訊いたり、現場に赴き、現状調査をする。
最後に、報酬の設定に入る。
報酬というのは、クエストを受ける冒険者にとって益になる物であればいいので、金でなくても構わない。
そして、それに応じたクエストランクを設定。
それができれば、アイリス支部長に最終確認をしてもらう。
承認されるとそこではじめて、冒険者が引き受けているいつものクエストになるのだ。
「あっ、これなんていいかもですね」
ミリアが見せてくれたのは、大雑把にいうと『果樹園を荒らす者がいて困る』という内容のものだった。
「こういう、荒事になりそうなのは、ロランさんむきのクエストかもです」
「たしかに」
「わたしは、生活系クエストを見るほうが得意なので、これ、お願いしてもいいですか?」
「わかりました。これを支部長に確認してもらいます」
支部長室に行って、受付票を見てもらうと、あっさり承認を得た。
「オオナツという柑橘系の果物を栽培している果樹園ね。オッケー、再聴取と現場調査、行ってらっしゃい」
ぼん、とハンコを押された受付票を返してもらう。
それから、俺は手ぶらで冒険者ギルドをあとにする。
貸し馬屋には、ギルド専用の馬が二頭いるので、その一頭に乗って町を出た。
今日は黒猫のライラがギルドに遊びにきていたので、俺についてきた。
「オオナツ? オオナツとは、あれか、黄色でちょっと甘酸っぱいやつかっ」
その黒猫は、肩にくっついて目を輝かせている。
「ああ。よく市場で見かけるだろう?」
「それを荒らすとは、なんという不届き者か!」
魔王様もご立腹のようだ。
「犯人は人間の可能性もある。まずは依頼主に話を訊こう」
「妾が成敗してくれる……!」
成敗するのは冒険者だ。
依頼主の住所は、それほど遠くはない。
町から馬で三〇分ほどのところに、大きな果樹園が見えてきた。
人間が乗り越えるのは難しそうな高い柵があり、その中にいくつもの樹があった。
「ほぉ、あそこにオオナツが生っておるのか」
鼻をひくつかせ、ぺろぺろ、と口のまわりをライラが舐める。
果樹園のそばに小屋があった。
依頼主はあそこか自宅のどちらかにいるという。
下馬して馬を柵に繋いでおいた。
「オオナツを勝手に盗むなど……! 許さぬ……!」
シャッ、シャッ、とライラが爪を振り回し臨戦態勢を整えている。
小屋のほうへ行ってみたが、人けはなかった。
「家はこの近くか。貴様殿、早くゆくぞ!」
やる気満々のライラに促され、俺は自宅へと急ぐ。
「オオナツを育て、売るのが依頼主の仕事だ。プロの仕事の邪魔をする者は、俺も許しがたい」
仕事の邪魔をするということは、彼らの『普通』を奪うことに繋がる。
途中、猿型の魔獣、ジャイアントヒヒの数頭に遭遇したが、肉塊に変えた。
一瞬だったので何頭いたのかも覚えていない。
「まったく、誰がそのようなことを……。どうせ、自分でオオナツを密かにもいで、よそで売っているに違いない」
「その可能性はあるだろうな」
ジャイアントヒヒが立ち塞がったので、瞬殺した。
「妾はな、オオナツのパイが好きなのだ」
「市場でよく売っているな」
市場にいくといつも買ってほしい、とライラはせがむ。
「だが、この果樹園のオオナツが町に届かぬとなると……オオナツのパイは食べられなくなる……」
しゅん、とした。耳もへにょん、と頭の上に垂れた。
「オオナツ自体の価格も上がる。パイをはじめとした料理やお菓子にオオナツを使う者も困るだろうな」
まったく、まったくだ、とライラは酷く憤慨した様子だった。
食べ物の恨みは怖いというのは本当らしい。
また遭遇したジャイアントヒヒを一瞬で肉塊に変えた。
ぽつん、と佇む古い一軒家を見つけ、俺はその扉をノックする。
「ごめんください。冒険者ギルド、ラハティ支部の職員でロラン・アルガンと申します」
しばらくして物音とともに扉が開いた。
「ああ、ギルドの方ですか」
気のよさそうな中年男が現れた。
依頼主のホーガンだ。
「改めて事情聴取と、現場調査で参りました」
「そうですか。どうぞどうぞ、こちらへ」
案内されたのは、キッチンに繋がっているダイニングのテーブルだった。
ホーガンは、妻と二人暮らし。
二人とも、果樹園で日々仕事をして、その収入を生活の糧にしていると言った。
「犯人がますます許せませんね」
この夫婦の穏やかな『普通』を奪っている。
「見つけたとしても、やはり……物騒な相手だと、我々はどうすることもできず……」
「いえ、そういうのは、冒険者たちの仕事でもあります。万が一怪我でもすれば、仕事ができなくなってしまいます」
「そうですねぇ」
深いため息をつくホーガン。
「猫ちゃんは、こういう柑橘類はダメなのよね?」
夫人が切ってくれたオオナツを持ってきた。
「いえ、こいつは、好んでよく食べます」
「にゃ♪」
「あらあら。それはよかった」
ライラがいい子にして座っていると、夫人が小さく切ったオオナツをのせた皿を置く。
ガツガツ、とライラが食べはじめた。
見た目は猫だが、体の性質は魔族のままなんだろう。
「犯人に心当たりはありますか? たとえば、近くに盗賊が来たことがある、など、何でもいいので」
「盗賊の話は聞いたことがないですねぇ。狙われやすいのはたしかですが、柵が高い。鍵が壊されたこともないですし、壊そうとした痕もありませんでした」
「そうですか」
「ただ、果樹園に入り込んだ犯人の足あとを何度か見たことがあります」
思い出すように、ホーガンは視線を宙にやる。
「これくらい、だったかなぁ。とにかく、大柄な人間の足あとだったんです。それがたくさんついていて」
これくらい、と手で大きさを表してくれる。
「三〇センチくらいありそうですね。他には、何かありますか?」
柵を軽々と乗り越えて行けるほどの大男だったんだろうか。
「ヨダレのようなものが、地面や樹についていることがありました」
「ヨダレ、ですか」
人間のそれだとして、すぐに乾いてなくなりそうなものだが。
足の大きさからして大人だろう。
いい大人がヨダレ……?
「…………」
「あの、職員さん。報酬はどれくらいで……」
「え? ああ、ええと、報酬と手数料は、ランクに応じて変わってくるのですが……」
俺は懐から持参していた紙を取りだす。
ランクFならいくら、ランクEならいくら、と書かれている。
ランクを上げれば上げるほど、腕のいい冒険者がクエストを受けてくれるということになる。
その分、お高くなってしまう、という寸法だ。
そういう説明をホーガンにしながら、ランク決めの話をしていく。
「魔物か人間を撃退するクエストになるので、妥当なのはDランクかと思います。対策も依頼に組み込むのであれば、ランクはもうひとつ上のCか、と」
「Cランク……手数料と報酬が……」
ううむ、とホーガンは眉間に皺を作っている。
もしかすると……報酬も手数料も不要かもしれない。
「まさかとは思うが……貴様殿よ」
「うん?」
ちらっとライラが外を見る。
その先には、両手で数えられないくらいのジャイアントヒヒの死体が転がっていた。
ジャイアントヒヒは、大人より小柄だが、手足が長く大きい。
人間以上の腕力がある。
柵を掴めば、軽々とよじ登ってみせるだろう。
「…………」
相談が解決したかもしれない。




