魔王として5
ロジェが指揮を執り、残党を魔界へ送りはじめていた。
「しかし、よく妾の考えを見抜いたな?」
イタズラを成功させた子供のように、ライラはしししと笑う。
「魔力がなく魔法の使えないおまえが、『即死スキル』なんて大嘘をいきなりついたからな。目も合ったし、俺のことだな、と」
「ふふん。そなたは、妾の『即死スキル』である。しかし見事であった。一瞬でコルネリウを、衆人環視の前で暗殺して見せたのだから」
丘の下で、次々に魔界へ戻っていく元部下を見ながら、ライラは満足そうにそう言った。
「ロジェが、軍医がここにいると言っていたな。このままでは帰ってしまうぞ。捜さなくていいのか?」
「あやつが言うには、付近に兵舎があって、今もそこに駐在しているようなのだ。だからあとで診てもらうことにする」
具合が悪い……と大雑把にライラは言ったが、今はそんなふうには見えない。
「あまり無理をするなよ。怪我の具合はある程度わかるが、病となれば別だ。しかも魔族の、となればなおのこと」
「わかっておる、わかっておる。……くふふ。そなたは、妾のことが余程心配らしいな?」
嬉しそうにライラは俺に腕を絡めてくる。
「では、その兵舎に行こう」
「そ、それは妾一人で行く。そなたはついてくるな!」
なぜか怒られた。
ついてくるでないぞ、と念を押された俺は、やることもないので残党の転移していく様をぼんやりと眺めていた。
「おい、ニンゲン。魔王様はどちらだ?」
ロジェがこちらにやってきた。
「おまえたちの魔王様は、兵舎にいる軍医のところだ。ついてくるな、と念を押された。だから、付き添うことはオススメしない」
「フフフ。貴様のようなニンゲンと、魔王様に忠誠を誓い苦楽をともにしてきた、第一魔法連隊長のワタシでは、信頼値が違うのだ。一緒にするな」
ドヤ顔で、あのときはこうだった。このときはああで――とロジェはライラとの思い出話をはじめた。
「その話、長いか?」
「貴様とワタシでは、積み重ねた時間が違うのだ。一緒にお風呂も入った仲だしな」
ロジェはちらっと俺を伺うと、ドヤ顔で、あのときはこうだった。このときはああで――とライラとの思い出話をはじめた。
それくらいなら俺も……毎日とは言わないが、週四日ペースで一緒に入っている。
一緒に入っている、というよりは、ライラがあとからやってくるだけなんだが。
『い、一緒のほうが、効率がよい……湯がぬるくなってしまうからな、うんうん……』
とかなんとか言いながら、こそっと入ってくる。
「しかし、さすがは魔王様。魔力や魔法が使えない、というのは、そういう理由だったからか。『即死スキル』とは、また世にも恐ろしいスキルを開発されたものだ」
感慨深げにロジェはうなずく。
「たった一言で死に至らしめるスキルとはな。貴様も魔王様の機嫌を損ねないことだ。まあ、いずれ『死ね』と言われて死ぬのであろうが」
「その『即死スキル』にむかって何を言う」
「うん?」
いや、何でもない、と俺は首を振った。
「ライラにどうしてそこまで忠誠を誓うんだ? 厳密にいえば、おまえはエルフ族だろう。魔族ではない」
「ニンゲン、おまえは魔王がどうやって選ばれるか知っているか」
「世襲制ではない、ということだけ知っている」
「その通りだ。だが、魔王様は、前魔王様のお子であらせられる。幼い頃より、圧倒的な才覚を周囲に見せつけ続け、魔王になることに対して有無を言わせなかったのだ」
世襲制ではないのに、魔王の子が魔王になる――。
それ以前どうだったのかは知らないが、その座を狙っていた者からすれば、面白くはないだろう。
「魔族や魔界のことをあれほど考えてくださる方は、魔王様をおいて他にはいない。部下想いでもある。あの方のためなら、と考える者は多い」
俺はライラがロジェに連れ去られてから、考えていたことがあった。
「ロジェ・サンドソング。……誰の指令で動いている?」
穏健派という立ち位置と個人的な想いだと思っていたが、それにしては話が大きすぎる。
使命や命令、任務で動く――それに近いにおいを俺は感じていた。
「おまえ……鋭いな」
ふふっとロジェは笑った。
「おまえがただの穏健派であるなら、魔界に帰り、強硬派が華々しく死んでいくのを情報として知っていればいいだけのこと。人間側にも被害は出ただろうが、それをおまえたちが憂慮するとは思えない」
そしてロジェは、わざわざワケありで消息を絶っているライラを捜し、事情を説明し連れてきた。
「狙いはなんだ?」
「そんな物騒なことではない。大王様……魔王様の父君は隠居こそされているが、今もご健在だ。大王様の命で、敗戦後、ワタシは人間界で残党の監視と『死んだ』魔王様を捜していたのだ」
ロジェは、『ゲート』を使うことができた。
強硬派として潜り込み、その大王様とやらに様子を伝えていたのだろう。
「魔王様ご生存は、誰にも言っていないと言ったが、あれは嘘だ。大王様にだけご報告している」
コルネリウたち強硬派が暴走し、いよいよ蜂起間近となったとき、ロジェは魔族らしき風貌の少女が、とある町にいることを耳にした。
「絶世の美少女というのだから、まず間違いないだろうと思った。『ライリーラに強硬派蜂起を伝えれば必ず止めようとする。そのようにせよ』と大王様に指示をいただいた」
大王も、強硬派の犬死は静観できなかったという。
「魔王様の部下想いは、父親譲りなのだ。だからやつらを止めるために、魔王様にここまでお越しいただいた」
魔王様が魔力ゼロ、魔法能力ゼロなのは想定外だったがな、とロジェは付け加えた。
「だがその代わりに、非常に頼りになる男を連れていた。……ワ、ワタシがそう思っているのではないからな!? 遺憾ではあるが魔王様がそう思われている! 勘違いするな!」
何も言っていないのに、ロジェは人差し指をぶんぶんと振ってくる。
わかった、わかった、と俺は両手を挙げて降参のポーズをとる。
残党の転移が完了し、丘の下にある平野はがらんとしてしまった。
ライラの戻りが遅いので、俺とロジェは兵舎へむかうと。
土属性の魔法で建てられた簡易的な建物を見つけた。ここがそうらしい。
「貴様はここで待つように!」
入口でびしっと俺に言うと、その脇から子供のような背丈をした、腰の曲がった老婆が出てきた。
「む? 軍医殿、魔王様のお加減はどうであった」
「ああ、ロジェか。ご苦労様。あの方が本物のライリーラ様とは私にゃどうにも思えないが……」
苦笑する老婆は、切り株に腰かけて煙管を取りだして吸いはじめた。
様子からして、重い病ではないらしい。
ライラは医務室にいるというので、ロジェの案内でさっそくむかう。
「おい、ライラ。具合はどうだ?」
「魔王様……お加減は……」
俺たちが顔をのぞかせると、ライラはベッドで仰向けに寝ていた。
ごろん、と背中をこちらへむける。
「うむ……その……悪くはない」
「魔王様、軍医殿はなんと……」
「うむ……」
ちらり、と俺に目線を寄越したライラが、目をそらし、さっと頬を染めた。
「魔王様が、恥じらっていらっしゃる……」
鼻血を流しながらロジェが悶絶している。
「このことを口にしたとして……そなたは、妾を嫌いにならないだろうか……?」
もにょもにょ、と相変わらずらしくない物言いをするライラ。
「ワタシは嫌いになどなりません!」
「そなたには訊いておらぬ」
「はい!」
二人にしてほしいというライラの希望で、ロジェは医務室を追い出された。
凄まじく不満げな顔をしていた。
「このようなこと、部下の前では話せぬ……」
「で、何があった。話してくれ」
耳まで赤くしているライラが、目をそらしながら、またボソボソと何かを言った。
「だからな、その……実は……のだ……」
ベッドに座って近づいて耳を傾けるが、判然としない。
「ライラ、この距離でも聞こえない。はっきりと言ってくれ。実は重い病か?」
「ち、違う……」
言いたくなさそうだったが、唸りながら、ライラは顔を赤くしながら俺をまっすぐ見た。
「だから、そのぉ……」
「うん」
「二日前に気合いを入れて料理をしただろう? 何度か試作をして味見をしたのだが……それが、色んな意味でマズかったらしい……」
「何してるんだ、おまえは。……間抜けなのか?」
「や、やかましい! だ、だから言いたくなかったのだっ」
恥ずかしさを紛らわすためか、ライラがバシバシ、と叩いてくる。
扉の隙間からロジェが聞き耳を立てていた。
「自分で作った料理で体調を崩す……なんというドジっ子か……魔王様可愛い。最強可愛い」




