魔王として4
俺は二人のところへ戻る。
ライラとロジェが今後のことを話し合っていた。
「魔王様、孤島にジャンプすることができなくなりました。ワタシの魔力がもう足りず……。なので、ここからはどこかで馬を調達してそのあとを船か何かを……」
「いや、その必要はおそらくない」
「ですが……移動手段が」
困惑するロジェを見てライラが首を振った。
おそらく、考えていることは、俺もライラも同じだった。
「貴様殿、どうだ? 位階五等の移動魔法は覚えられそうか?」
「『シャドウ』ほど複雑でないのなら、問題はないと思う」
「……は? 貴様! 『ゲート』を甘く見るな! 『シャドウ』を覚えているからと、そう簡単にできるほど、魔族の独自魔法は易くはないぞ! 出現座標を間違えれば永遠に出られない亜空間の中に閉じ込められてしまって」
「となると、ロジェ・サンドソングが魔王城付近に開設している『ゲート』を出口として利用すれば」
「うむ、そうだ。やってみるがよい」
「話を聞けええええええ」
きーきー騒ぐロジェを無視して、俺はライラに教わった通りに『ゲート』を使う。
地面に、肩幅ほどの魔法陣ができる。
これは入口。
ロジェが設置したという孤島の入口を、今回は出口として利用する。
魔法陣を通じてロジェの魔力を探すとすぐに見つかった。
「ロジェ・サンドソングが設置した入口を発見した。パスを通す」
これでいいんだろうか。
と、思ったとき、地面から浮き上がっている魔法陣が光った。
「ふむ。ふむ。ふむ……。南に二〇〇キロほどのところへパスが通じたようだな」
ライラが魔法陣を見ながら言った。
「南に二〇〇キロなら、ちょうどここからヨルヴェンセン王国の王城よりやや離れた場所だ。これで成功……なのか?」
にっとライラが笑った。
「成功だ」
がくり、とロジェが膝をついた。
「もうやだ。何このニンゲン……。ワタシは『ゲート』を覚えたのは、最近だっていうのに……」
「この男の魔法センスは非常に高く、魔族以上で群を抜いておる。そうヘコむでない」
「魔王様……慰めのお言葉、嬉しゅうございます……」
ライラの気遣いに、じいん、ときているロジェ。
「では、ジャンプするとしよう」
ライラが俺と手を繋ぐ。
ロジェはライラと俺と手を繋ぐ。
三人で輪になったような状態だ。
そのまま俺が魔法陣に入れば発動するらしいので、試してみた。
一瞬の浮遊感がした直後、目に見える風景ががらりと変わった。
波打ち際の砂浜が見える。
「ジャンプは成功であるな」
「フン! 魔王様のお褒めのお言葉だ。ありがたく受け取るがいい、ニンゲン」
ロジェがうるさい腰巾着みたいになっている。
ともかく、残党が拠点にしている孤島の砂浜にある岩陰に到着した。
「ここからはコルネリウを筆頭とした強硬派の本拠地だ。派手な行動は慎むことだ」
ロジェが俺を見て言う。
むしろそれは得意だ。
「戦力は約二千という話だったな。全員殺せばいいのか?」
「あはははは、おまえたった一人でできるものか。できるものならやってみろ!」
「ロジェ、やめよ。こやつは本当にやるぞ。伊達や酔狂で提案したわけではない」
きょとん、とロジェは首をかしげた。
「しかし、魔王様……この男は魔法使いなのでしょう……?」
まともに暗殺術を見せなかったせいだろう。
わざわざ見せる意味もないから、披露はしないが。
「貴様殿よ、妾をコルネリウのところへ連れていってほしい」
「だがライラ」
みなまで言うな、とライラが俺の言葉を遮った。
「それでも、妾は、どんな部下であっても、もう誰も死なせたくはないのだ」
「魔王様……ワタシは、魔王様に何があってもついてゆきます……! ワタシもコルネリウ殿を説得します」
「……」
ロジェの案内で、島を歩く。
小高い場所に監視塔が設けられ、そこで敵の接近の有無を見ているようだが、まさか転移してくるとは思っていないだろう。
「おかしい……見張りが誰もいない。夜明け前だとしても交代で必ず誰かいるはずなのに」
ォォォォォォォオオオオ!
地鳴りにも似たような雄叫びが聞こえた。
「まさか……今日なのか――?」
「ロジェよ、どうした」
「魔王様、申し訳ありません。どうやら、ワタシには決起日を教えていなかったようで……」
「あの竜人の監視がついていたくらいだ。あまり信用されていなかったんだろう」
「く……その通りだ……だが、間に合った! 急ぎましょう、魔王様。島の中心地は平野になっていて、声はそこからかと。あの様子なら、旧魔王城付近に『ゲート』は設置を終えたあとのはずです」
足を速めながらロジェはそう言った。
「魔王様、軍医もおりますので、その者に具合を診てもらうとよいかもしれません」
「であるなら、事が済んだあとはそうしよう」
丘を上り、視界が開けた。
そこには、小さな平野を埋め尽くす魔族と魔物の一団がいた。
数は、ロジェが言っていたよりもすこし多い。
「魔王様の仇を討ち――再びあの魔王城を我らの手で奪取する! 魔界へ帰った腰抜けどもに、我らが武力を見せつけるときだ――――!」
前に立つ魔族が士気を高めるため、将兵を鼓舞している。
オオオオ、とまた雄叫びが上がった。
あの戦力が次々に転移すれば、あっさり魔王城は奪還されるかもしれない。
そうなれば、規模は小さいが、魔族と正面切った戦いがまたはじまる。
俺がいては、水を差す。
岩陰に隠れ、様子を見守ることにした。
「みなの者!」
ライラが声を張り上げると、しん、としたあと、どよめいた。
「ま、魔王様……?」
「魔王様は勇者に倒されたはずじゃ――!?」
ライラが手で制し、軍団を静める。
こういう仕草を見ていると、本当に魔王だったのだな、と改めて思う。
「魔王ライリーラ・ディアキテプが死んだというのは、虚偽の情報である。妾はこうして健在であるぞ、みなの者!」
ウォォォォォオオオオオオオオ!
先ほどの数倍の歓声と雄叫びがこだました。
ロジェがカリスマ性のある魔王だと言っていたのは、あながち間違いではないようだ。
「もう、よいのだ。妾たちは、戦いに敗れた。みなの者、魔界へと帰ろうぞ。転移する先は、人間の国ではない。我らが祖国のほうである」
ざわざわざわ、と不穏にざわめきはじめた。
「どうなってるんだ……?」
「魔王様……?」
「冷酷非道の、魔王様が、敗北を認めただと……」
ざわめきを切り裂くように、先ほどまで演説をしていた魔族が声を上げた。
第七師団長、コルネリウ・ヴァズリ。
魔王軍きっての武闘派だ。
「者ども静まれい! ……魔王様は、あのようなことは言わぬ! 見てみろ! あの自称魔王様から、魔力を感じるか? いいや、ワシは感じぬ!」
コルネリウの顔を見ていたが、ライラの登場に驚いていた。
だが……もしかすると関係なかったのかもしれない。
ライラの敵討ちは、戦うための口実でしかなかった。
今ここにいるライラが、本物かどうかなど、コルネリウには関係なかったのだ。
「そうだ……魔王様は負けを認めたりしない!」
「魔王様に魔力がないわけがない!」
「そうだ、そうだ!」
異様な空気になる中、ロジェがライラは本物であると声を上げたが、誰も耳を貸さなかった。
「残念だったな、ロジェ・サンドソング」
「くそ……!」
「貴公がコソコソと何かを嗅ぎまわっているのは知っていた。このためであったか」
「……」
「我らこそが魔王軍! 魔王城を奪還し、その後は北上! いずれかつての領地を再び攻め落とす!」
ライラが青ざめた。
「魔王城から北上……?」
旧ヨルヴェンセン王国の王都がまた魔王軍支配下になるということは、隣国、旧バーデンハーク公国もただでは済まない。
……あそこには、あの子がいる。
「な、ならぬ! 侵攻などもうしてはならぬ!」
「魔王軍最強の誉れは、誰だ? どの部隊だ!?」
オウッ! オウッ! オウッ! オウッ!
士気は最高潮だった。
ライラの求心力はもうない。
あの竜人に対してもそうだった。
……武人は、戦ってこそ。
最終的にどんな結末を迎えるかわかっていても、戦わずにはいられないのかもしれない。
「ま、魔王様……」
「は、話を! 妾の話を聞いてくれ! そうまでしてどうして戦う!?」
誰も死なせたくないと言っていたライラだったが、覚悟を決めた顔つきで言った。
「妾に魔力がないのは、世界唯一の最強スキルを会得したからである!」
何だ、それは――?
俺と同じことを思ったのだろう。
場にいるみんなが耳を傾けた。
「何を言い出すかと思えば! 片腹痛い!」
「コルネリウ、魔界へ帰れ。これが最後通告である」
「笑わせるな! ワシらが再び魔王軍を再建し、ニンゲンの国すべてを手中に収める!」
「バカめ……おまえはいつもそうだ……だからこそ頼りにもなった……」
悲しそうに目を細めたライラだったが、岩陰にいた俺と目が合う。
なるほど……そういうことか。
「今から、妾はこの場を動かず貴様を殺す――――! 世界唯一の『即死スキル』でな!」
「やってみるがいい! 魔王様――いや、偽魔王よ!」
「さらばだ、コルネリウ。……死ね――」
言った瞬間、俺は岩陰をトップスピードで飛び出す。
同時に『影が薄い』スキルを発動。
ライラ、おまえの覚悟とハッタリは無駄にしない。
俺はおまえの『即死スキル』として、群衆の目がある中、あの魔族を暗殺してみせよう。
接近にまったく気づかないコルネリウは、まだ大口を開けて笑っている。
「なんだ、『即死スキル』とは!? はっはっはっは! ワシを笑い殺す気か!? はははは――は……ガハッ……!?」
こいつが腰に差していた剣を使わせてもらった。
逆手で引き抜くと同時に、胸に突き刺した。
一個大隊以上の戦力だ。回復魔法が使えるやつもいるだろう。
それを使われては困る。
腰に差している予備だろう剣を、さらに胸に突き刺す。
華美な装飾が施されている短剣を見つけた。
それは首に、素早く二度突き刺しておいた。
大きな血管を狙い切断した。
コルネリウが事切れる確実な感触があった。
……スキルの効果が切れる。
俺は群衆の死角になる丘のむこうへ飛んだ。
ごろごろ、と転がるのをやめたとき、むこう側で悲鳴とざわめきが聞こえてきた。
「何だ今のは!?」
「いつの間に、剣が胸に――!」
「こ、コルネリウ様がぁぁぁぁぁぁぁああ!?」
「や、やはりあれは、偽物などではなく本物の魔王様じゃ――」
「そ、そうに違いないっ! 『即死スキル』なんて恐ろしい魔法を、自分の魔力と引き換えに開発したんだ……!」
ライラが再び声を張り上げた。
「妾の言葉に従えッ!! さもなくば、この場にいる全員を『即死』させることになるぞ!」
『即死スキル』の実演で軍団を震え上がらせ、ライラは言うことを聞かせることに成功した。




