魔王として3
移動しながら、俺とライラは、ロジェから詳細な状況を聞いていた。
「魔王様の訃報を聞き、穏健派は、早々に転移魔法『ゲート』を使い祖国へと帰還した。だが、強硬派の不穏な動きと、魔王様の密かな生存を知っていたワタシは、強硬派を装い、こちらの大陸に残っていたのだ」
『ゲート』というのは、位階五等の移動魔法だとライラは教えてくれた。
「一度に軍団単位を転移させるのは、魔王様しかできぬが、二〇、三〇ほどの数を転移させるのなら、できる者も多い」
今は、旧ヨルヴェンセン王国領近海の孤島で同志を募っているという。
今の元魔王城は、治安維持部隊と名を変えた連合軍の一部が、周辺の警戒とやってきた魔物、魔族の撃退活動を行っている。
「ワタシが聞いた限りでは、孤島にいる強硬派は、近いうちに魔王城奪還作戦のため、配下を率い転移する気でいる」
「ジャンプされると厄介であるな」
「ええ、おっしゃる通りです」
魔王軍と戦う際、一番手を焼いたのが、この転移魔法だった。
少数ではあるが、神出鬼没な敵軍の奇襲に、司令部は何度も混乱に陥った。
「ライラ、そのジャンプを防ぐ手はないのか」
「あるぞ。『ゲート』は、どこにでも行けるというわけではないのだ。入口と出口にパスを通す必要がある」
「では、その出口を破壊すればいいのか」
俺が言うと、ロジェが補足した。
「孤島は、たった数キロ先だ。『ゲート』が使えないとわかれば、魔物を使い、海を渡ってくるだろう」
となれば、『ゲート』の破壊よりもライラを孤島に連れていき、説得するほうが先だろう。
「もうすぐ、ワタシが設置した『ゲート』がある。そこまで行けば、孤島にジャンプできる」
ライラが身を隠しているという事情を鑑みて、俺の家付近に『ゲート』は設置しなかったという。
「孤島にいる強硬派の戦力は、魔物を含め約二千。こちらの大陸で身を潜め機を窺う魔族たちがまだいる」
と、ロジェは教えてくれた。
魔王城というのは、魔王軍にとってのシンボルでもある。
再び魔族の手に落ちるようであれば、全土にそれが伝わり、合流しようとする魔物魔族はかなり増えるだろう。
あそこだ、とロジェは小屋を指差した。
小屋に辿り着くと、ロジェは陰になる裏手に俺たちを案内する。
たしかに魔力痕がいくつか見られた。
「お、おかしい……なぜだ!?」
「どうした」
「ロジェが設置したであろう『ゲート』が破壊されておるようだ」
誰が、と考えるよりも早く、小屋を見下ろせる位置にある丘に、すっと一人が姿を現した。
「なんか怪しいなあって思ってたら……ロジェ様、こんなところでニンゲンと何をしてるの?」
そいつは、小柄な少年のように見えた。
座り込み、両手で顎を支えている。
表情はニコニコと笑っていた。
「デラクレス……! 貴様か、ワタシの『ゲート』を破壊したのは!」
「何をしているのか、答えてよ」
言葉を詰まらせるロジェの代わりに、ライラが口を開いた。
「デラクレス・ベロベア! 妾である」
「…………魔王、様……?」
目を細めたデラクレスが、眉間に皺を作った。
「事情は聞いておる。一度、第七師団長のコルネリウ・ヴァズリと話がしたい」
「魔王様は、もういない」
「あれは偽の死体であり、妾はこの通り今も健在であるぞ」
「別に、あなたが誰でもいい。ボクたちの邪魔、しないでよ」
「話を聞け、デラクレス! このお方は紛れもなく本物の魔王様で」
一向に話を聞くことのないデラクレスが立ち上がった。
俺の記憶に間違いがないなら、こいつは……。
「ロジェ様でも、こっちのボクには敵わないよね」
デラクレスの体内にあった魔力が、爆発的な燃焼をはじめた。
子供のような小さな体が強く光る。
「『竜化』」
デラクレス・ベロベア。
魔王軍、機動特務大隊長。種族は竜人。
魔物を率いての戦闘と、制空権を奪うことが主な役割だ。
「ギュォォォォォォォォォォォォォォォォォォォウウウウウウウン!」
視界いっぱいに闇色のドラゴンが現れた。
「デラクレスめ……! ワタシの動きを監視していたのか……!」
「デラクレス! 妾の話を聞いてくれ――――!」
ドラゴンが大きな口を開けると、胸のあたりが大きく膨らんだ。
「おい、ロジェ・サンドソング。ブレスだ。防げるか?」
「魔力をつぎ込めば、一度だけなら! だが、このあとジャンプができなくなるぞ」
「上等だ。その役立たずのお守りを頼む」
「うぐぐぐ……否定できぬ……」
「貴様! 魔王様にむかって役立たずなどと! 取り消せ! 訂正し今すぐ謝罪しろ!」
ロジェはぷんすこ怒って目尻を吊り上げている。
「来るぞ」
「偉そうに! ニンゲン風情が『竜化』したデラクレスをどうにかできるなどと、思わぬことだなっ! ハンッ。野生のドラゴンすら、尻尾を巻いて目を伏せるのだぞ! わかったのなら謝罪の準備を――あ、あれ、いない?」
「もう、ロジェはどっちの味方かわからぬな」
ドラゴンの口の中に特殊な魔法陣が浮かぶ。
口内には、巨大な闇色の炎が溢れ燻った。
「ギュォォオオオオオ!」
ドラゴンがブレスを吐き出す。
一度は防げると言っていたので、俺は二人には構わず、ブレスの射程外に移動した。
彼女が言った通り、きっちり攻撃を防いでみせた。
ドラゴンの厄介な点は、その鱗の硬さにある。
まず通常の刃など通らない。
そして、俺は特別な武器は何も持たない主義だ。
同時に、鱗には反魔法の成分を含んでいるため、半端な魔法攻撃では攻撃が通じない。
もちろん、その半端な魔法攻撃しか俺は使えない。
ドラゴンに通用する魔法能力があるなら、俺は暗殺者などやらなかっただろう。
スキル『影が薄い』で俺への認識を外す。
竜人のドラゴンはわからないが、野生のドラゴンは非常に魔力への反応が鋭い。
「くっ! あのニンゲンは何をしている! まったく役に立たない奴め! 逃げたのか!?」
第二射を撃とうと、デラクレスがまた息を吸い込んだ。
そのタイミングを狙い、俺は鱗に手足をかけて、一気に首を伝い顔のあたりまでよじ登った。
「たしかに、ドラゴンは最強種と呼ばれる。物理攻撃も魔法攻撃も、半端なものでは通じない。空を飛ぶ能力とそのブレスは、空中要塞と言えるだろう」
「いつの間にあんなところに! ま、魔力反応が鋭いドラゴンにあそこまで接近するとは――な、何をする気だ……?」
デラクレスが俺に気づき、眼球がギョロリとこっちをむいた。
一発目と同じように、口内には魔法陣が浮かび闇色の炎が大きくなりはじめた。
ドラゴンのブレスとは、呼気にある濃密な魔力を特殊な魔法陣を通じて、息のように吐き出す魔法ともいえる。
「生活系魔法の一種『マッチ』……最弱の火炎魔法をこの特殊な魔法陣が作った炎に放り込めば、どうなるか――」
俺は微量の魔力で作った小さな炎を指先に灯す。
ドラゴンの瞳が恐怖に染まった。
口を閉じようとしたが、もう遅い。
俺は指先に灯した小さな炎を、ドラゴンの口の中に入れた。
魔法陣というのは、一種のシステムだ。
特殊であればあるほど繊細。
ドラゴンブレスなどとくに、オンリーワンの特殊魔法陣。
だからそこに、違う魔法や魔力などが干渉したり、すこしでもノイズが入れば――。
「簡単に暴発する」
カッと強い光が口内から溢れた。
瞬間。
空気を吹き飛ばすような凄まじい爆音が響く。
「グガァァァ……」
白目を剥いたドラゴンが、ドスウウン、と首から倒れた。
すぐに変身が解けて、子供の姿になった。
「ドラゴンになったデラクレスを……あんな小さな炎で……」
呆気に取られていたロジェがぼそりとつぶやいた。




