魔王として2
ライラは、茂みで横になっていた。
思った通り、眠っている。
「おい、ライラ、起きろ。何があった。おい」
ぺちぺち、ぺちぺち、と頬を叩くが起きる気配がない。
「……ロジェ・サンドソングが何かしたのか……?」
そのダークエルフはというと「わう、わう、わうーん」と自分の尻を目指してくるくる回っている。
まあいい。
以前、ちょうどいい魔法をライラに教わった。
「『ディスペル』」
メイリに使って以来だったが、きちんと発動した。
ライラの体から、バリン、とガラスを割るような音がする。
「ライラ、目を覚ませ」
「……う……うう……」
うっすらと目を開けたライラ。
「貴様殿か…………あ。そうだ、妾は……ロジェに……」
「『ディスペル』を使った。ライラ、何があった」
周囲を見回して、ライラが状況を把握した。
「可愛い部下が頼みがあると言い、妾が渋々ではあるが、それに同意して、ここまで来たのだ。具合がよくないと言うと、道中辛いだろう、とあやつが『スリープ』で強制的に眠らせてくれたのだ」
「頼み?」
「ああ……妾が言うよりも、本人に説明をさせよう」
「わん、わん、うううううう、わんっ♡」
四足歩行になったダークエルフは、俺が手招きすると嬉しそうに走ってきた。
「『リアルナイトメア』か。……これはこれで見物だが、可愛い部下のワンワンごっこは見るに堪えぬ」
説明させようにも、ワンワンごっこ中のダークエルフにはできないので、俺は魔法を解いてやった。
ぱちん、と顔の前で手を叩く。
「――――はっ!? ワタシは、何故犬の真似などを……!?」
「ワンワンごっこは楽しかったか?」
「貴様か……! 『リアルナイトメア』など、姑息な手を使いおって! 殺す!」
殺気立つロジェをライラが制した。
「待て、ロジェ。手を出すことは妾が許さぬ。この男は妾の伴侶である」
「………………は? 何を……魔王様? ワタシは、お言葉の意味がよく理解……は、伴侶? ハンリョ??」
「手を出してもよいが、そなたごときが敵う相手ではなかろう。あしらわれるのが関の山だ」
「ぐ……実際、そうでした……」
ギン、と鋭い視線を俺へ突き刺してくるロジェ。
「妾が、三〇分ともたぬ実力を持つ」
「ま、魔王様が三〇分も持たないだと……? そんな馬鹿な……!?」
唖然とするロジェだったが、訂正をしておいた。
三〇分以内で間違いはないが、正確ではない。
「降参したのは、戦闘開始から一〇分以内だったがな」
「さらに短くなってる!?」
おほん、とライラ。
「そういうわけで、妾は、この男を認め、すべてを奉げると……誓ったのだ……」
「魔王様が…………ワタシにはついぞ見せなかったオンナの顔をしてらっしゃる……」
「別の『初戦』は、五分ももたず、すぐに――」
「や、やめよっ。部下の前で、そ、そ、そのようなことを言うでないっ」
顔を両手で隠して、耳を赤くしているライラ。
はじめてのときを思い出したらしい。
「…………魔王様が、死ぬほど恥じらってらっしゃる…………ワタシの知らない魔王様だ……」
そんな魔王様を、ロジェは死んだような目で見ていた。
だが、ぶんぶんと頭を振って俺を指差した。
「だからと言って、ワタシがおまえを認めるのとは話が別!」
「何でもいい。話を戻すぞ、ロジェ・サンドソング。なぜライラを連れ去ろうとした」
ロジェがちらりとライラを見て、彼女は小さくうなずいた。
「順番に話そう。魔王様の戦闘の気配がし、急ぎ謁見の間に戻ったワタシは、広間に転がるご遺体を確認した」
「ロジェよ、よくぞ見破った。だが、あれは妾が技術の粋を集めて作った死体。なぜわかった」
「おそらく、一緒にお風呂に入ったことのあるワタシしか知り得ないそれが、死体にはなかったのです」
「そなたしか、知り得ないそれ……?」
はい、とロジェはうなずく。
「お尻の蒙古斑です」
「ククク、バカめ! 妾にそのようなものはないわっ!」
「いや、あるぞ」
「あります」
「………………」
「話を続けます。ともかく、ワタシは魔王様健在を知りました。何かのっぴきならぬ理由があり、偽の死体を置かれ城を脱出したのだ、と」
どうにか自分の尻を確認しようとするライラはさておき、俺はロジェの話を聞いていた。
忠臣らしく、ロジェは偽の死体だとわかったが、何か事情があるのだと考え、このことは口外しなかった。
そして、どこかに魔王はまだ存在している、ということを頭の隅におき、戦争終結から数か月過ごしたという。
そんなとき、魔王軍強硬派が、再び人間の国を攻めようと言い出した。
「あれほどのカリスマ性を備えた魔王様の訃報は、たしかに我々魔王軍にとっては大打撃だった。が、軍内では、魔王様を失ったがゆえの一時的な撤退、という見方をしている者も多い」
なるほど。
魔王は死したが、その手足はまだ充分に余力を残している、と。
俺たちが魔王城に突入できたのは、連合軍が多方面で魔王軍主力と戦い、引きつけてくれていたからでもある。
「第七師団長のコルネリウ・ヴァズリをはじめとした強硬派は、魔王様の敵討ちを口実に、かつての魔王城奪還を目論んでいる」
「うむ……妾の死が、再び戦乱を巻き起こす理由になっているのなら……」
「魔王様の生存を明かせば、強硬派の大義名分はなくなる。こんなことを奴らの前では言えないが、穏健派のワタシからすれば、あのときの撤退は、これ以上ないよいタイミングだったと思う……」
国も兵も疲れ切っていた。
泥沼化した戦乱だったのだ。
それは、魔王軍側も同じだったらしい。
「コルネリウは、大陸で身を潜めている魔族を集め、魔王城を奪還する気でいる」
そもそも魔族は、魔界とも呼ばれる別大陸で暮らしていた種族だ。
その魔族が、大規模な転移魔法を使い、こちらの大陸へ進出。
滅ぼされた二国のうち一国……ヨルヴェンセン王国を侵略し、支配下に治めた。
今回の戦乱での魔王城とは、そのヨルヴェンセン王国の王城を指している。
そのヨルヴェンセン王国を足掛かりに、メイリの祖国、バーデンハーク公国を攻略した。
事態を重く見たランドルフ王ら、七人の王が会談を行い、連合軍を結成したのだ。
かつて魔族が支配したヨルヴェンセン王国は、いまだに魔物や魔族の残党がうろつく危険地帯となっている。
だから、俺たち勇者パーティは、魔界に攻め入り魔王を倒した、というわけではなく、人間の大陸にある人間の国を奪還したに過ぎない。
「ライラ、生存を明かしたところで、止まらないかもしれないぞ」
「わかっておる……だが、魔王である妾の言葉なら、耳を傾けてくれるはず」
一理あるが……。
「妾たちが仕掛けた戦争は、間違っていたのだ……妾は、そなたとともに暮らし『温かい』を知った。『普通の暮らし』と呼ばれる生活の尊さを知った……懺悔しても足らぬであろう。だから、その罪滅ぼしのために、妾は、ロジェとともに行こうと決意した。これが、魔王としての最後の責務であると考える」
なるほど、事情は把握した。
「そういうことなら、微力ながら俺も力を尽くそう」
「……しかし、よいのか? 妾が生存を明かすとなれば、いずれニンゲンにもそれは知られる。そなたは、虚偽の報告をしたことになる。魔王討伐軍が編成されるかもしれぬ……そうなれば、妾は……」
「『魔王』は殺した。俺の仕事に失敗はない。それでも、ライラ、おまえ個人を殺すつもりであるなら、一個師団でも一軍団でも、一国でも、俺が相手になる」
うるる、と瞳をうるませたライラが、抱きついてくる。
俺はそれを受け止め、頭を撫でてやった。
「妾の目に、間違いはなかった」
「クソ……なんだ、このニンゲン……カッコいい……」




