王様と暗殺者2
それから、月に一度くらいだろうか。私は彼を呼び出した。
「依頼は」
「私の愚痴を聞いてくれ」
「そういう商売はしてない。そこらへんの女に聞かせてやれ」
取りつく島もなく、彼はすぐに消えてしまう。
私から暗殺依頼はないだろう、というのはどこかでわかっただろう。
だが、呼び出すたびに、彼はきちんと私の前に現れた。
「何の用だ」
「少年~、き、ち、チミには、恋人はいるのか」
「酔っ払いが」
はぁ、と特大のため息をついた彼は、その日、すぐには帰らなかった。
「どうせ話をしないだろう、と呑んでいたら、今日はいてくれるらしい」
感情が見えない黒目に私は語りかける。
けど、いつにも増して瞳の黒色が深く淀んでいるようだった。
「名前を訊いても?」
「好きに呼ぶといい」
「教えてほしい。ないのなら、なんと呼ばれていることが多い?」
「……ロラン」
「ロランというのか。私はランドルフ。この国の王だ。在位してもう一〇年ほどになる、そこそこまともな王様だ」
「だろうな」
まっすぐに肯定されると、それはそれで対処に困る。
自分で言うな、というのを待っていたのだが。
「各国であんたの話を聞く」
「どうせ、ろくでもない噂話であろう」
「ああ」
ロランは首肯して肩を小さくすくめた。
「こういうときこそ、酒であろう」
グラスをひとつ取り出すと、ロランの前に置く。
「呑めるか?」
「何でも呑めるようにしている」
「ほほう。それはいい心構えだ。蜂蜜酒に麦酒、葡萄酒など色々あるが――」
どれが好みだ、と聞こうとすると、遮るように言われた。
「毒でも呑める。そういうふうにして慣らしている」
「……」
機嫌よく酒を取り出そうとした自分がバカみたいだった。
普通の少年ではないのだ、と改めて知った瞬間だった。
私が神妙な面持ちをしていたからか、ロランがふふっと笑ったような気がした。
「今、笑ったか」
「笑ってない。あんたを少しからかっただけだ。何でも呑めるようにしているというのは事実だが」
「王を相手に、なんという男だ」
私は口元を緩め、気に入りの酒瓶をひとつ取り出した。
「暗殺者クンは、今日は普段より饒舌らしい」
「俺にもそういう日くらいある」
グラスに注いでやると、軽く呷った。
「いい酒だ」
「小僧のような年のそなたに、酒の良し悪しがわかるのか?」
「わからない」
ほれみろ、と言おうとすると、
「だが、取り出したのは、棚の奥に後生大事そうにしまっていた酒瓶だった。銘柄も俺が知らないもので、ここ最近の酒でないのがわかる。だから、特別な酒なのだろうというのは、予想するのは容易い」
たったあれだけで、そこまで言い当てられてしまうのか。
「わからないのに、いい酒だと?」
「特別なものを振る舞おうとしてくれた、あんたの気遣いへの礼だ」
洞察力が半端ではない。暗殺者ゆえのものであろうが。
しかし、私の気遣いを察すれば、味もわからないものをいい物だと賞賛する心遣いをみせる――。
ロランは……きっと、根が優しいのだろう。
そんな性格なのに、暗殺を生業にしなくてはならない。
それがロランの歪さであり、魅力でもあった。




