眠っていた兵器と魔王城9
悲鳴を上げてのたうち回るヴァンに、俺は言った。
「急所は全部外している。すぐには死なない」
ひいひい、と半泣きになって、脂汗を流しはじめた。
「オレ、死ぬの……?」
「死なないと言っているだろ」
怪我をするのもはじめて、と言わんばかりの態度だな。
うるさいので応急処置をしてやり、あとから追いついてきたアルメリアとエルヴィに手伝ってもらい、二人を運ぶ。ロジェとオーランドも合流すると、ライラを見たロジェが泣き出した。
「ライリーラ様ぁぁぁ……! 死なないでぇぇぇ……!」
「保存の魔法を使っている、とヴァンが言っていた。しばらくは大丈夫だ」
こうして、ヴァンとライラを伴い家まで転移することになった。
「そんな大した怪我ではないですね」
王城から連れてきたセラフィンにヴァンとライラを診てもらい、治癒魔法を使ってもらった。
みるみるうちに患部が治癒していく。
家に着いた頃には、ヴァンは気絶していた。そのほうが静かで助かる。
ロジェは心配そうにライラの容態を隣で見守っている。
かと思えば、そろり、とベッドの中に入ろうとしていた。
「おい、ヘンタイエルフ、何をしている」
「温めて差し上げようと思っただけだ」
真顔でそんなことを言った。
セラフィンがリビングのほうへ行くと言い、部屋をあとにした。
「ニンゲン、ヴァンの処遇はどうする気だ」
「そうだな……エルヴィに任せたほうがいいだろう」
ルーベンス神王国国王暗殺の黒幕でもあるし、魔剣を渡されてそそのかされたのだ。
遺恨が何もないのであれば、冒険者にしてもいい。そう思う程度には優秀な能力だった。
だが、エルヴィほどではないにせよ、個人的に許せない点があったのも事実。
ライラのことはロジェに任せ、リビングへと向かう。
「ヨルヴェンセン一帯はどうするのがいいと思う?」
その話題だったらしく、部屋に入るなりアルメリアが尋ねてきた。
「ひとつめは、『復元』をよしとせず、元のヨルヴェンセンに戻す。ふたつめは、このまま中立扱いとして彼らを放置する。みっつめは、いずれかの国が管理下に置く。……こんなところか」
落としどころとしては妥当だと思う。
そうよねぇ、とアルメリアが悩ましげなため息をつく。
「でも、ロランが言うひとつめはなし」
「うむ。『復元』されたとはいえ、彼らに罪はない」
姿が見えないと思ったら、セラフィンが葡萄酒のボトルとグラスを手に戻ってきた。
あれは、ライラがストックしていたものだが、まあいいだろう。
「ロラン、ふたつめ、よくわからない」
オーランドが訊いてくる。
「そのままです。どの国にも属さず、どの国の指図も受けません。はじめのうちは、盗賊対策を講じる必要はあるでしょうが、長役の者に冒険者ギルドの利用を促せば、事足りるでしょう」
冒険者ギルドのシステムの説明をする必要がありそうだ。
まともな額を出せないだろうから、報酬は格安になるだろうが。
「ロラン。オーラ、警備、してもいい」
「気持ちは嬉しいですが、きっと格安になりますよ」
「いい」
「では、クエストになった際は、是非」
「うん!」
ランドルフ王に相談してもいいが、支持されるのはみっつめの管理下に置く、だろう。当然フェリンド王国が管理する。
旧王都一帯が安全だとわかれば、徐々に人も増えていくはず。
へんに報告をして支配地化させないほうがいいかもしれない。
「ヴァンは、エルヴィに預ける」
「ああ。承知した」
しばらくしたあと、ロジェとオーランドが帰っていく。
積もる話があるのだろう。それからすぐに、アルメリアとセラフィン、拘束されたヴァンとエルヴィが帰っていった。
舐めるようにゆっくりと呑んでいると、リビングの扉が開いた。
「おまえも呑むか?」
「元々それは妾が楽しみに取っておいた酒である。よくもまあ、我が物顔で呑めるものだ」
苦言を呈したライラは、隣ではなく向かいに座る。俺と目が合うと、何か言いたげにしたが、伏し目がちに顔を背けた。
ややあって、ようやく口を開いた。
「世話をかけた」
「いたかったか、あの国に」
「そういうわけではない」
「復興しようとしたり、その助けとなろうとする志は立派だと思う」
褒めるつもりがないのがわかるのか、ライラの表情は曇ったままだ。
「だが、罪悪感の捌け口にはするな。罰に救いを求めるな。どういう事情があれど、おまえの罪は死ぬまで背負っていくもの。贖罪に逃げるな。甘えるな」
俺とライラは、程度や規模は違えど、互いに咎人。だからこそ、わかり合えたのだと思う。
「復興が上手くいきはじめたら、戻るつもりであった」
「そうならはじめからそう言ってくれ。心配した」
「本当に?」
ようやくライラの表情が晴れた。
「嘘をついてどうする」
「妾を捜してヨルヴェンセンくんだりまで、わざわざ来てくれた?」
「アホエルフが帰ってこないせいでな」
ぷふっ、とライラが吹き出した。
「ロジェらしい」
「ヴァンが作ったおまえの偽物とも遭遇した」
「どうであった?」
「そのままだ。俺の偽物と本物を間違うのも無理はない」
「……まさか、抱いたのではないだろうな……」
ライラは嫌そうに横目でこちらを見てくる。
「そんな時間はない」
ほっと音が出そうなほどのため息をライラはついた。
日頃から種を撒くことは許可する、と公言しているライラだが、自分の偽物が相手なのは嫌だったらしい。
「どうやって見破ったのだ? そなたの偽物は右腕がきちんとあった。妾はそれで判断できたが」
「キスが下手だった」
すっくと立ちあがると、ライラはこちらへやってきて、ベシベシ、と俺を叩きはじめた。
「何をする」
「キスはしたのであろう!?」
「ああ」
「『ああ』――ではないっ!」
今、少しだけ声音を変えて俺の真似をしたな。
「なぜか腑に落ちぬ! 同じであるなら、本物とすればよかろう!」
「即座に判断できる材料がなかった」
「今後このようなことがないよう、魔法やスキルで偽物が作られた対策として『看破』の魔法をそなたに教える」
「ん。助かる」
「この男は……」
困ったようにライラはため息をつき、小さく笑った。
「そなたといると、飽きぬな。……ほ、本物かどうか、確認してみぬか?」
もじもじ、と膝をすり合わせ、上目遣いをする。
俺は肩をすくめた。
「そういえば、本物も大して上手くはなかったな」
「試してみるがいい」
俺が腕をライラの背中に回し抱き寄せると、じゃれつくようにライラが覆いかぶさってきた。
頬に、唇に、首筋に、確認するようにライラは何度もキスをした。
「妾を窮地から救ったことの褒美をとらす」
俺の胸の上で、鼓動を聞いているかのようなライラが言う。
「素直に礼が言えないのか」
「今宵は何でもするぞ。何でも言うがよい」
「そばにいてくれ」
「……謙虚な男め」
「そばにいろ」
「……うむ……」
照れくさそうに笑うライラとまた唇を重ねる。
キスの上手い下手は、正直偽物と同レベルだった。何が俺に偽物と確信させたのだろう。
そうつぶやくと、
「愛に決まっておろう」
そう言ってライラは自信満々そうに笑った。




