眠っていた兵器と魔王城8
◆ロラン◆
あの日、使わなかった廊下を走り、謁見の間を開ける。
「君がロランか」
年の頃は三〇代後半くらいだろうか。腰には剣を佩いているが、どこにでもいそうな青年だった。玉座に座っているが、似合わない。
その隣に、血で汚れたライラが横たわっていた。
「ライラ!」
「大丈夫。状態保存の魔法を使った。しばらくは持つはずだ。君の右腕にも使われていたあれだよ」
その魔法を使ったのは、今頃アルメリアたちと戦っている偽物のほうだろう。
一命は取り留めている……と思っていいのか?
口元や傷口の血は乾いているように見える。
医者に診せるなら早いに越したことはない。
「オレはヴァン・ガリアード。元はこの国出身で戦災を逃れて移住したルーベンス神王国では鍛冶ギルドに入っていた職人だ。今は、ここの国を管理運営している」
「国、か。お山の大将はさぞ気分がいいんだろう。死者の人形を集めて満足か?」
「誰にも迷惑はかけていない。それどころか、滅んだこの国を再興しようとしてるんだ。この地域一帯にいた魔物や盗賊を一掃したんだぞ」
「否定するつもりはない。あんたが満足ならそれで構わない。ヨルヴェンセン近辺は特別危険地域とされていたが、一掃したのなら、もうそう呼ばれることもないだろう。感謝のひと言くらい言ってやってもいい」
褒められたのが嬉しかったのか、緊張していたような表情が少しだけほころんだ。
「やっぱり、ロラン、君はオレといるべきだ」
「どうしてそうなる」
「今ならオレたちで新しい国を作れる! ディアキテプも一緒だ!」
何だそれは。
それが、ヴァンの目的か?
実に子供じみている……。いい年をして、自分の国を作る?
憧れていたのか、それとも能力を誇示したいだけか……話をした様子だとおそらく後者だろう。
俺はゆるく首を振った。
「俺はギルド職員だ。国を治めることや政には興味がない」
「やはり、オリジナルはオレの言うことをロクに聞いちゃくれないな」
「男と長話をする趣味はない。俺の目的は、そこで寝ている魔族の女だ。返してもらうぞ」
「返すも何も、彼女が自分の意思でこちらへ来たんだ。オレは無理強いはしてないよ」
「細かい事情はあとで本人から訊く。唯一許せないことがあるとすれば、死者を『復元』させたことでもエルヴィをそそのかしたことでもなく、ライラを傷つけたことだ」
エルヴィの件については、あいつの頭の固さが悪いほうへ作用した、と思うことにして、水に流してもいい。
「ディアキテプは、この国の復興を願っている。連れて帰られては困る」
「あんたがライラの想いを語るな」
理由が薄っぺらい。他に何かありそうだな。
ライラの偽物ではできない何かがオリジナルにはある――?
「ともかく、彼女はオレのそばにいてもらう必要がある」
ヴァンが立ち上がった。
「ライラの何を気に入ったんだか」
「君がこうして必死になってやってくるんだ。有能であることの何よりの証拠だよ」
「否定はしないが、俺はライラが優秀だからここまで来たわけではない」
思えば、俺の右腕が紛失してから、ずいぶん経ったあとで国王暗殺の報せを聞いた。
俺をそんなに欲しているのなら、偽物からまた『複製』すればいい。その時間もあっただろう。
だが、知っている限りでは、俺の偽物は今のところあの一体だけ。
「……」
死者や魔導兵器……物体として死を迎えたもの再度作ることを『復元』。
俺やライラのように偽物を作ることを『複製』とする。
たとえば『複製』はオリジナルからしか作れない、とすれば一応の筋は通る。
俺の偽物は右腕から作られた。
だから、もっと細かく言うなら『オリジナルの生態部分から偽物は作られる』だ。
それなら、本物のライラを手元に置いておくのもわかる。
『復元』より『複製』をしたほうほうが個体としての肉体の強度、性能差がある――そんなところだろうか。
腕に自信のあるタイプではなさそうなあたり、偽ライラがいなくなった場合、また『複製』できるように、オリジナルを手元に置いておきたいのかもしれない。
万が一を想定しているのなら、そう考えるのも自然。
まあ、俺の予想が正しいかどうか、確認する必要もないな。
すぐにスキルの効果や範囲、制限を考えてしまうのは、冒険者試験官の職業病のようなものだ。
「ライラを返してもらう。国王ごっこには付き合わせられない」
「彼女がここにいることに関して、君の許可は要らないだろう?」
「ああ、そうだな。俺は、ライラにそばにいてほしい。だからこれは、ただの俺のエゴだ」
あの日。
暗殺者になったあの日に殺した『自分』。
今となって、ようやく自分の声がかすかに聞こえるようになった気がする。
『猟犬』が十数体、扉から飛び込んでくると、続いて『石巨兵』が次々に中へ入ってきた。
ヴァンが部下と一緒にライラを運ぼうとしている。
俺は、ため息をひとつついた。
「この程度が時間稼ぎになるとでも思っているのか」
『影が薄い』スキル発動。
赤い三つの目がきょろきょろとしている合間に、死角から『猟犬』を一体、二体、と腹部を魔鎧で突き刺し戦闘不能にしていく。
「『猟犬』が――!?」
「瞬きの間に、一体ずつ倒されていく……!?」
「つ、強いとは聞いたが、こんな速度で『猟犬』が――!?」
部下たちの驚嘆の声が聞こえた。
混乱した『猟犬』が無暗に発砲をはじめ、『石巨兵』に直撃する。それを敵勢とみなした『石巨兵』が反撃をはじめた。
戦場でよく見た光景だ。
人も兵器も、混乱してしまえはこんなものだ。
俺が手を出すまでもない。
「な、何をしている――!」
苛立ったようにヴァンが声を上げた。
呆気に取られている隙に、ライラを運ぼうとしていた部下を背後から一人、また一人と消していく。
例外なく、どろりとした液体へと変わった。
「え――」
驚愕に目を剥いているヴァンの耳元でそっと言ってやった。
「知っているか。羊に指揮された狼は、狼に指揮された羊より弱いことを」
ヴァンの肌がゾゾゾゾゾゾ、と泡立つのが見えた。
「く、このッ!」
振り向きざまに手の甲で攻撃をしてくる。ロクに戦ったことのない素人の攻撃だった。鼻白んだ俺はそれを受け止めた。
「もうよせ」
ギギギギ、と歯ぎしりをしたヴァンは、俺を鋭く睨んでくる。
「オレのスキル『軍工廠』は、多くの人間を幸せにすることができる! 気配を消すだけの外れスキルと同じにするな!」
「いい能力だと思う。俺のと違って」
だがな、ヴァン。
「今のは、誰かを幸せにしたことのあるやつが言っていいセリフだ。女一人を幸せにできない男が口にしていいセリフではない。俺も鋭意努力中の身。あまり人のことは言えないがな」
「黙れ、黙れ!」
すると、ヴァンの体が光りはじめた。
『猟犬』や『石巨兵』たちと同じような鋼鉄の装甲が、ヴァン全身を覆った。目の部分には、やはり赤い三つ目がある。
ロジェがあとひとつ使い方がわからない魔導兵器があると言ったが、これのことか。
「『鎧』と呼ばれる魔導兵器だ」
ヴァンが抜刀し鞘を払うと、もう片手には『銃』を持った。
剣のほうは、エルヴィに預けた魔剣と同型だった。
「来い」
俺が言うと、敵が瞬時に眼前に迫った。
ガン、ガンッ――。
『銃』が吠えるように弾を放つ。
腰をひねり回避すると、その先には魔剣が待っていた。
まだ間合いの外――と安心したのも束の間。
魔力を周囲から吸い上げはじめ、魔力光線を間合いの外から放った。
「チッ」
攻撃を回避すると、そのまま斬りかかってきた。
『銃』の射撃に、魔剣の魔力光線、そのあとに斬撃が続く。
素人のはずだが、動きが熟達している。それに、反応もいい。
これが『鎧』の力か?
「意識を何倍も加速させ、反応速度を上げ、かつて装備した者の動きを蓄積し再現してくれるんだ!」
「なるほど、便利な代物だ」
「ディアキテプは『銃』には敵わなかったぞ」
まるでオモチャを手にした子供。
自分の手の内を得意げに明かして、何のメリットがある。
魔剣は、俺も多少魔力を吸われるが、主に意識不明のライラから吸引している。これ以上は、ライラの体に障る。
時間をかける余裕はない。
フェイントをかけ、背後を取ると、思ったよりも速く反応した。
「それくらいで背後を取れると思うな!」
『影が薄い』スキル発動。
魔力の腕から一部の魔力をさらに放出。手首から先がヴァンの顔面に直撃した。
「く、今のは何だ――!?」
わからないだろう。
スキルを熟知している偽物の俺ですらわからなかったのだから。
「大層な装備、武器を持ったところで、使うのは人間であることを忘れるな」
そして、人間である以上、意識の死角は絶対に存在する。
完全に焦っているヴァンの手から『銃』を奪うのは、容易かった。
どこかの支部長の下着を着脱させるのと道理は同じだ。
視認した弾丸には未知の術式が書いてあった。
ライラを撃ったのも、おそらくこの特殊な弾丸だろう。
「その『鎧』とやらで、これは防げるのか?」
「なっ!? ――やめ」
炸裂音とともに弾丸が放たれる。
ビギッ、と『鎧』にヒビが入った。
「あっ……う、嘘……」
ヴァンが患部を押さえ、がた、と膝をつく。
残弾がいくつかあったので、すべて撃ち込んでおいた。




