眠っていた兵器と魔王城7
ライラの居場所を探すため、俺たちは階段を上へとのぼっていった。
「ロランが相手をすればよかったのではないか?」
後ろからエルヴィに疑問を投げかけられた。
「そうだな。だが、ケジメというやつがある。あのエルフを『復元』してほしいと願ったのはロジェだ。俺が始末しては立つ瀬がないだろう」
言うと、アルメリアも同意した。
「それもそうね……。それに、偽物とはいえ妹だし、他の誰かの手にかかるところは、見たくないかも」
それほど手を焼く相手にも見えなかった。
俺が知っているロジェなら、さほど苦戦はしないはずだ。オーランドもいるから、『石巨兵』にも手が回るはずだ。
ライラの気配を探りながら二階、三階、と過ぎていく。
やはり、上のほうにいるようだ。
ライラの魔法だろうか。窓の外から迂回するルートは取れないようになっていた。
「このままだと、大広間に出てちゃうわよ……」
「お、大広間……」
アルメリアとエルヴィが嫌そうに眉をひそめていた。
大広間での戦闘がトラウマになっているらしい。
大広間というのは、元々王族が貴族たちを招いて晩餐会を開く場所だったと聞く。
魔王城攻略時、警備をしていた魔騎士がそこに数百体ほどいた。
この魔騎士がなかなか手強かった。
魔王がいるとされた謁見の間へ行くにはここを通るしかなく、かなりの消耗を強いられた。
そして俺は、大広間通過後、魔王暗殺は単独で行ったほうがいいと判断した。
通路の奥にある古びた扉を開ければ大広間だ。
そこから一人、誰かが出てきた。
「……」
たったった、と走ってこちらへやってくる。
「貴様殿!」
……ライラか。
「ライリーラ?」
「ライリーラ殿か」
「ど、どうにかヴァンの下から逃げて来たのだ」
大広間のさらに奥のほうを指差しながら、ライラは言う。
「緊急の怪我を負った、とロジェから聞いたが」
「隙を見て自力で治したのだ。今ごろ奴は大慌てであろうな」
フフン、とライラは得意げに言う。
「無事でよかったわ、ライリーラ」
「うむ。これで労せず目的を果たせたわけだ」
「……」
俺と顔を合わせれば、快活でいられるはずがない。
「偽物か」
「な、何を言うか、このたわけめ!」
怒ったような顔で、ぺしぺし、と俺を叩いてくるライラ。
「やはり、違うな」
「え、どこがどう違うって言うのよ?」
「私やアルにはさっぱりだ」
ねー? と二人は顔を見合わせてうなずく。仲いいな。
ライラが自力で回復していたのなら、反撃してもいいはず。それくらいの気骨はある。
「どこがどう違うのか、説明せよ。納得がいかぬ」
憤慨したように、ライラは膨れている。
ライラの手を取り、ぐいっと引っ張ると、体を無理やり近寄らせた。
顔が至近距離に来る。ライラの唇にキスをした。
「んっ……?」
「きゃー、きゃー! なに、なにー!?」
「ロロロロロロロ、ロランッ! い、い、いきなり何を!?」
ちらりと見ると、Wお嬢様は両手で顔を覆って耳を赤くしていた。
唇を離すと、恥ずかしそうに顔を赤くしているライラが、照れたように目をそらす。
「いきなり、何をする……。時と場所を考えよ……阿呆……」
「おまえにそんなキスを教えた覚えはない」
ライラはため息をこぼした。
「さすがというべきか。妾が……いや、『妾たち』が心底惚れた男。この程度では騙し果せぬか」
踵を鳴らすと、転移の魔法陣が廊下に広がった。
「大広間で会おう」
捕まえようと手を伸ばしたが遅く、声だけを残し、ライラは姿を消した。
鈍ったな。捕まえようとせず、迷わずに処理すべきだった。
同じ姿形というだけでこうも気後れするものか。
アルメリアとエルヴィは、もう目隠しをやめていた。
「ロラン、任せて。わたしたちに」
「ああ。今度こそは果たしてみせる」
いつの間にか、一人前のことを言うようになったな。
「ロランの判断を鈍らせるほど、ライラへの感情は大きいのよ、きっと」
そうなのだろうか。
俺が自覚していないだけか?
「さあ、行くわよ」
アルメリアが声を上げ、扉を開ける。
そこには、ぽつん、とライラが一人いた。
言葉通りなら、偽物のほうだろう。
一度アルメリアとエルヴィを振り返る。
「一秒だって惜しいんでしょ? 早く行きなさいよ」
「ああ。本物がロランを待っているはずだ」
前回の偽ライラはディーが倒した。
それと同程度であるなら、太刀打ちできる、か。
「任せた」
返事を聞かず、俺は走り出した。偽ライラは止めるつもりがないのか、それとも止めても無駄だとわかっているからか、俺に手を出すことはなく、あっさり大広間を通り抜けられた。
◆アルメリア◆
体が熱い。
顔が火照っている気がする。
ロランが走り去った姿を見て、神経が昂るのを感じた。
「二対一か」
偽ライリーラはつまらなさそうに言う。
「すまないが、手段を選んでいる場合ではないからな」
エルが盾を構えながら言う。
彼女も呼吸がいつもより荒い。
たぶん、わたしと同じ気持ちなんだ。
「卑怯と言うつもりはない。逆だ。妾が言いたいのは、たった二人でいいのか? ということだ」
「えらくわたしたちを舐めてくれるじゃない……!」
「それはこちらのセリフである」
エイミーを前にしたときのような凄まじい圧力は感じない。
わたしとエルなら、十分やれる――!
「偽物はとっとと消えなさい!」
「その偽物に敗れるそなたらは、なんと惨めか」
ここをロランに任された。
それがとても嬉しい。
エルも感じているであろうこの高揚感は、きっとそのせい。
エルが盾を構えたままジリジリと距離を詰めていく。ハンドサインでスキルを使ったことがわかった。
エルの後ろから飛び出したわたしは、剣を抜き、死角からライリーラへと一気に迫る。
『インディグネイション』の一部を剣にまとわせた。
攻撃有効範囲を大きく広げる、魔法剣『雷光』。
ちょっとやそっとの回避じゃ、逃れられない自慢の剣技だ。
「ッらぁぁぁぁぁぁあ!」
「派手よのう」
くす、と笑われたのがわかった。
今のうちに笑ってればいい――。
捉えた。と思った瞬間に、剣の中ほどから先が何かに呑み込まれたかのように、なくなっていた。
「『次元壁』。物理魔法のいかな攻撃もその先へは通さぬ。……妾が魔王たるゆえんを、とくと知るがいい」
エルのスキルで向こうに集中しているはすが、こっちを向いてる?
「何かの魔法でスキルを解除されたらしい」
「そういうことねッ!」
ブン、と剣を再び振ると、元に戻ったかと思いきや、また防御魔法に阻まれる。
「……」
「わからぬか? 無駄ということが」
『魔封壁』を発動させ、そのまま敵の防御壁にぶつけた。
「何を――」
「解除できるもんならやってみなさいよ!」
チ、とライリーラが嫌そうに顔を歪めた。
やっぱりそうだ。エルのスキルを解除させた魔法を使うと、自分の魔法も解除してしまうんだ。
『魔封壁』の出力を魔力で上げると、防御壁を徐々に浸食していった。
ライリーラが手を動かすのがわかった。
何をしたのか一瞬わからなかったけど、ガン、という固い音が背後からした。
「アル、背後は任せろ」
暗い闇のような鋭い棘が、エルの盾めがけて何度も攻撃を繰り返していた。
「術者本人には解除されたが、手元を離れた魔法は、この通り吸い寄せられるらしいぞ」
わたしの『魔封壁』が防御壁を侵食しきった。
これなら届く!
『魔封壁』を解除し、剣で斬りかかる。
バックステップを踏んだライリーラは、切っ先をどうにか回避した。
逃がすことはせず、開きそうだった距離を一瞬で埋め、剣撃を見舞う。
ライリーラも魔力で作られた剣で応戦してきた。
――剣術がこのくらいなら、いける。
ロランのほうが何倍も強い!
『雷光』を使い、幾度となく攻撃をしていく。ライリーラが防御する度に細かくダメージを負っていくのが表情で見てとれた。
防御を続けると、一発逆転を狙って焦った大振りの攻撃を仕掛けることがある――ってロランが前に言ってたから、もしかして……。
「小賢しい!」
剣の振りがほんの少しだけ大きい。
本当に来た! これだ!
「決める――ッ!」
風属性魔剣『疾風』を狙いすましたタイミングで発動させ、鋭い刺突を放つ。
「っ――、がッ……」
わたしの剣は、ライリーラの体を貫いた。
すぐさま剣を引き抜き、袈裟に斬り下ろす。
ばたり、と倒れるかと思ったら、どろり、と粘り気のある液体になってしまった。
ロランの目に間違いはなく、やっぱり、偽物だったらしい。
「はぁ……はぁ……か、勝った! 偽物だけど!」
ぺたりと座り込みグッと拳を突き上げる。そばにエルが駆け寄ってくると、手を引いてわたしを立たせてくれた。




