眠っていた兵器と魔王城3
朝を待ち、俺はアルメリアとエルヴィに声をかけ、時間を作るように言った。
二人とも幸いにも仕事に支障はないようで、数日ほど空けてくれた。
無関係だろうオーランドも同行してくれるという。
「サンちゃん、心配」
旧友の安否が気がかりだったらしい。
「てことは何? ライリーラは、ヨルヴェンセンにいるってこと?」
「おそらく」
「サンちゃんも、いる?」
「ライラがそこにいれば、ロジェがいても不思議はないでしょう」
オーランドの能力は、得物からしてわかるように、前衛の物理攻撃を主体としている。
華奢な体つきで、最初はどのように大剣を振るうのか興味があったが、実際使っているところを目撃して、なるほど、と膝を打った。
「オーランド殿はその大きな剣で攻撃するのだな」
「うん」
勇者とその仲間であることを教えても、さほど興味がなかったのか、オーランドは「そう」としか言わず、かなり反応が薄かった。
「大きければいいってものじゃないのよ。大きいイコール強いなんて、発想が子供なんだから」
フフン、とアルメリアが得意げに言った。
そのセリフは、俺が以前アルメリアに言ったものだ。
「オーランドさんは、風属性魔法を使いながら自在に操る。大剣が片手剣並みの剣速で繰り出される。なかなかできない芸当だ」
「褒められた。嬉しい」
エルヴィは、俺の知っている武具を装備している。大盾によく使い込まれた剣。オーランドと組ませれば、互いに引き立て合えるだろう。
転移魔法を使用し、ヨルヴェンセン王国最寄の魔法陣まで転移した。
到着したのは、草原にある岩場の陰で、岩の向こうには旧魔王城が霞んで見える。
「懐かしいわね」
「ああ。以前はリーナやセラがいた。このあたりは、魔王軍だらけだった」
アルメリアとエルヴィが辺りを見回しながらそんなことを言う。
「感傷に浸っている場合ではない。行くぞ」
二人を促し、王都へと向かう。
王都へあたりをつけたのはただの勘で理由はない。
人がもし戻っているなら、一番に集まるのは王都で、そこなら情報収取がしやすいだろうと思っただけだ。
「ヨルヴェンセンって、結局あの話はどうなったのかしら。エルは何か聞いてる?」
「いや、これといって何も」
「ロランは?」
「俺もだ。調査をしている、とも聞かない」
「あの話?」
オーランドが首をかしげた。
「ヨルヴェンセンには、古代の魔導兵器が埋まっているという話があるんです。都市伝説のようなもので、各国が調査をしているとも聞かないので、適当な都市伝説だと僕は思っているのですが」
ヨルヴェンセン陥落の一報を聞いたとき、それを利用されるのではないか、と各国首脳は危惧したそうだ。結果的に魔王軍は魔導兵器を使うことはなかった。
だから、そんなものはなかったのだろうと結論が出たのだと思う。
「何でロランはオーランドには丁寧なのよ」
「私もそれは納得がいかない」
むうー、とお嬢様二人が半目でこっちを見てくる。
「エルフは特別なの?」
「そ、そうなのか、ロラン!」
「違う」
やれやれとため息をはいた。
「職員がSランク冒険者に敬意を払うのは当然だろう」
「じゃあ、わたしもSランクになればいいのね?」
「おい、ロラン。それなら私も冒険者になりたいのだが」
「おまえたち二人は、冒険をしているほど暇じゃないだろう」
クスクス、とオーランドは笑い声をこぼしている。
「面白い」
まったく緊張感のないメンバーだった。
城下町が近づくにつれ、廃墟や壊された建造物の数々が見えるようになる。そこで、人の姿が何人も目に入った。
「旧ヨルヴェンセン領は、今も魔物が跋扈する魔境だという話だったが」
「人、いる」
俺が言うとオーランドが続いた。
「なんなのかしら、あの人たち」
「もし知らずにここに居着いてしまったのなら、警告をしてあげなければ危険だ」
エルヴィの親切心には賛成だった。
足早に壊れた門から町へ入り、俺たちはバラバラに分かれた。
俺は真っ先に見かけた老人に声をかけた。
「ここは、かつて魔王軍が本拠としていた場所です。残党はまだ少なからず近辺にいます。ここを離れて安全な場所に避難を」
避難場所にあてはないが、転移魔法で連れていけばいいだろう。
さあ、と俺が促そうとすると、老人は怪訝な顔をした。
「魔王軍? あんた、一体何の話をしとるんだね」
「魔王軍です。この国を侵略したあの」
「ヨルヴェンセンは三〇〇年続いた王国。そう簡単に侵略されたりはせんわい」
そう誰もがそう思っていた。そして、そう思っているうちにヨルヴェンセン王国は滅んだ。
それから俺が何を言っても、老人には話がまったく通じない。
最終的には怒らせる結果となり、老人は去っていった。
会話の最中に周囲を見渡して思ったが、人がいる気配がある。
旅の途中に立ち寄った……というよりは、住み着いているといった雰囲気だった。
廃墟を歩いて回ると、目にしただけでも、三〇人はいる。
俺は他の町の人に話を聞いてみた。
「いやぁ、参ったよ。あんなに栄えた町が廃墟同然になってるだろ? 家族も姿が見えないし、とりあえず家を片付けようと思ったけど、その家が壊れているんだ。勘弁してくれって感じで――」
三〇代と思しき男は、そんなふうに弱ったように頭をかいていた。
老人と同じように、魔王軍の話をしても、何の話かまったくわからない様子だった。
世界を揺るがした戦争のことを知らない人間がいるなんて、あり得ないだろう。
他の三人と合流すると、三人とも同じことを言っていた。
「魔王軍知らないなんて、あるのかしら」
不審げにアルメリアは眉根を寄せた。
もしかすると、とエルヴィが言う。
「戦争のショックが強すぎて記憶が欠落しているのではないだろうか」
「可能性はあるが、侵略されたことを誰も知らないのは現実的ではない」
「うん、変」
オーランドの言う通り、変だった。
右腕だけで偽物を作り出せる力であれば、別の何かでそれができるとしたら――。
ライラが健在だとして、何を元にして偽物を作ったのだろう。
欠片程度の遺伝子情報でもあれば、復元できるということか?
「なるほど。死者の国か」
「ヴァンの力よね。きっと」
おぉ、と歓声がどこからか聞こえてくると、四つん這いでの何かが軋んだ音を立てながらこちらへやってきた。
巨大な犬に見え、背中には筒状の武器らしきものを背負っている。
おそらく小型砲の類いだろう。
地面を向いていた顔らしき部分がこちらを真っ直ぐに見据えた。黒い帯の中に、青い眼球らしきものが三つあり、それが赤色に変わった。
「……ねえ、何あれ」
「敵意。感じる」
アルメリアとオーランドが警戒すると、エルヴィが可能性を口にした。
「私たちと友達になろうとしているだけでは」
「的と書いてトモダチと読むような輩でなければ、仲良くできると思うぞ」
見たところ、鋼鉄製。魔法男やスキルで動かされている気配を感じないあたり、自律式と思っていいだろう。
……まさか、これが。
「JIGAAAAAAAAA!!」
鋼鉄の巨犬が大口を開けた。
背負った小型砲の砲口を中心にヂ、ヂヂヂ、と赤い稲妻が舞う。
すぐに赤い球体ができた。
「エルヴィ!」
言うと、エルヴィが盾を構え、その後ろにアルメリア、俺が入る。きょとんとしているオーランドの手を引いて、エルヴィの後ろに隠れさせた。
ギイン、ギイン――。
独特の発射音を鳴らし、こちらに発砲してきた。
赤い砲弾はエルヴィの盾によって弾かれると、飛び去り空中で消えた。
「出るわ」
剣を抜いたアルメリアが次弾を撃つ準備に入る敵に迫る。
「オーラも」
その後ろにオーランドも続いた。
他に敵がいないとも限らない。
俺は廃墟の屋上に上り周囲を警戒する。
「ハァッ!」
アルメリアが自慢の魔法剣技で敵を一度二度斬りつけ、オーランドが大剣で叩き潰すように上から振り下ろした。
同時に、凄まじい衝撃音が響いた。土の中に埋まったのでは、と思うほどの攻撃だったが、敵は健在。
「JIGAAUU」
三つの目がそれぞれ動くとこちらを捉えたようだ。
ドドドッ、ドドッ、ドッ、と先ほどの砲撃とは違う小さな弾を撃ちはじめた。
「しまっ――」
不意を突かれたアルメリアを突き飛ばし、エルヴィが盾で攻撃を防ぐ。
魔法剣技も大剣による攻撃も、いずれも効果は認められない。
……あの形状の敵なら大抵は――。
エルヴィに攻撃を撃ち続ける敵の隙を狙った。
スキル発動。
一気に接近をすると、滑り込み敵の真下に入った。
「ここならどうだ」
魔力で腕を覆う『魔鎧』で敵の胴体部分を突く。
二人の攻撃とは違い、腕はすんなりと体内に入っていった。
「JIGA……A…………GA……」
呻き声のような音を発すると、あの偽ライラのようにどろりと溶けた。




