眠っていた兵器と魔王城1
最終章です。
ラストまでお付き合いいただけると嬉しいです。
ルーベンス神王国から帰国した二日後のことだった。
俺がエルヴィの報告を待っていると、エルヴィがロジェを伴って家へやってきた。
「エルヴィ、わかったか?」
以前調べると言っていた件を、俺は真っ先に尋ねた。
「偽ライリーラは溶けたと言ったな。偽ロランは、溶けたというほどではないが、骨になるまでが異常に早かったらしい」
俺の右腕を媒介に偽物を作製したとすれば、媒介する物によって能力も肉体も比例していくのかもしれない。
「そうか。やはりヴァンという男が俺とライラの偽物を作ったと考えていいだろう」
南方の訛りがあった、と以前エルヴィが言っていた。
地域柄、ヨルヴェンセン王国民にそういった訛りを持つ者が多い。
ライラは不意にヨルヴェンセン王国の様子を訊いてきた。
俺やライラの周囲を嗅ぎまわっていたのは、エルヴィではなくヴァンの手の者と考えていいだろう。
そこで俺たちがどんな関係なのか報告し、ライラと接触した――。
何を言われたのかわからないが、ライラがすんなりとついて行こうと思った何かがあった。
――ヴァンという男、出身国をダシにしてライラを連れて行ったな。
「ところでロジェ・サンドソング、おまえは何をしにきた」
「何をしにきた、ではない! ライリーラ様を捜索せねばならんからな! 盾の娘も協力してくれる。今は貴様の手でも借りたいのだ、ワタシは」
玄関先でギャンギャン喚くロジェの背後では、バツが悪そうにしているエルヴィがいた。
「エルヴィ。いいのか、このアホエルフに付き合っても」
「ああ。国内はしばらく次王を決めるための派閥争いだ。国内に残っていれば、いずれかの派閥に与することになる。そうなるくらいなら、国外にいるほうがいい」
らしい考え方だ。
「何? 誰か来たの?」
奥のほうから、エプロンをしたアルメリアがひょこっと顔をのぞかせた。
「あ、アル。こんなところで何を」
「げっ、エル……。あんたこそ何よ」
「私は、ライリーラ殿の捜索をするエルフ殿に手を貸そうと……」
「ふうん」
ためつすがめつといった様子で、アルメリアは、エルヴィをじいっと見つめる。
「何だ」
「ううん。いつものエルに戻ったみたいね。この前からずっと変だったから」
「その節はすまなかった。ロランも」
「ん。構わない。俺がみんなへの隠し事をしたのが発端でもある。俺が責められるはずがない」
結果論ではあるが、首輪が出来上がったときにつけさせるべきだったな。
力が使えなくなるのは不便だろう、と判断を任せていたのはよくなかった。
「いつまで立ち話をさせる気だ、貴様!」
目を吊り上げたロジェが、ずかずかと中へ入っていった。
「上がれ。大したもてなしはできないが」
ちら、とエルヴィはアルメリアに目をやって苦笑する。
「だろうな」
「何よ、何か言いたそうね」
半目のアルメリアにエルヴィは肩をすくめた。
ダイニングのテーブルには、様々な料理が並べられている。それを見たエルヴィが目を丸くしていた。
「これを、アルメリアが……?」
「そうよ! 私がパンもお肉もスープも市場や食堂で買ってきてお持ち帰りして並べたんだから!」
ふふん、とドヤ顔をするアルメリアは、見下すように顎を上げた。
聞いたロジェが呆れている。
「いや、こういうのは手作りじゃあ……」
「一人で買い物をして、バランスのいい食事を並べている、だと……!?」
え、え、とロジェが戸惑って俺たちを見回した。
「この二人は家柄確かなご令嬢。一人で買い物なんてロクにしたことがない」
「フン、とどのつまりは、ライリーラ様以下というわけか」
「ワタシの主すごい」と顔に書かれているかのような威張りっぷりのロジェだった。
「わたし、最近一人でお風呂入るんだから。余裕でね、余裕で」
「私もだ。下女なしでだぞ」
何の張り合いだ。
戦闘のいろはを教えた師として、ここはひとつ教えておかないならないだろう。
「おい、二人とも、『普通』は一人で入るものだ」
「ロランに普通って言われると、なんかモヤってするわね」
「ああ、まったく同感だ」
なぜだ。
アルメリアが準備してくれた食事を食べながら、今後のことについて話し合うことにした。
「リーナとセラには声をかけるか?」
エルヴィが尋ねると、俺は首を振った。
「あの二人は何かあったときのために動かないでいたほうがいいだろう」
といっても、何も起きないだろうが。
「とくに、リーナはそういった荒事に巻き込みたくない。一時的とはいえ、穏やかな生活から引き離すことはしたくない」
同意したらしく、二人がうなずいた。
あの子にとっての日常は今であって、勇者パーティでの日々は異常でなくてはならない。
「おいニンゲン、ライリーラ様の所在がわからない以上、人手は必要だぞ」
「エルヴィは何か知らないか? ヴァンと唯一接触しているのはおまえだけだ」
エルヴィのそばにいたライラが偽物なら、ヴァンとともにライラがいる可能性は高い。
俺が予想している場所はあるにはあるが、あくまでも推測に過ぎない。
「どこで何をしているのか、さっぱりわからない。ヴァンは職人系のギルドで仕事をしていたと聞いたが、本当かどうかもわからないし、能力もいまひとつ把握できない」
俺はこちらに戻ってから、エルヴィが持っていた魔剣をワワークに調べてもらった。
『君の言う通り、持ち主の魔力を増大させ、徐々に装備者や周囲の魔力を奪う構造になっているみたいだ。ただ、精神的に不安定にさせるらしい。長く装備すると毒になる』
とのことだった。
ヴァンの風貌をエルヴィに聞いてみると、年齢は俺よりやや上。これといった特徴のないどこにでもいる青年だったそうだ。
暗殺を指示したであろうヴァンは、ルーベンス王とは無関係かもしれない、とエルヴィは言った。
「やはり性能調査か」
『俺』ならこれくらいできるだろう、と踏んで試した。
魔剣も偽のライラも。
「何を考えているか、さっぱりね」
パンをちぎったアルメリアが首をすくめた。
「危険な男ではある。偽物の俺がルーベンス王を暗殺したあたり、ヴァンの指示に逆らえないのかもしれない。だとしたら――」
「もしライリーラ様を量産できるのなら、世界は簡単に滅ぼせるぞ」
事の危険さがいち早く理解できたのか、ロジェが深刻そうな顔でつぶやいた。
「ね、ねえ、ロラン。ライリーラとわたし、どっちが強い?」
「先日鍛えたおかげでアルメリアは強くはなったと思うが、まだライラのほうが強いだろう」
あ、そう、と面白くなさそうにアルメリアは唇を尖らせた。
量産するかどうかはわからないが、偽物が俺を始末しようとしたあたり、ライラも同じことをされるかもしれない。
「世話の焼ける女だ」
「ライリーラは、どうしてヴァンって人についていったの? 無関係でしょ。エルならまだわかるじゃない。勇者パーティだし、裁かれようと思うのも当然っていうか」
アルメリアの何気ない疑問はもっともなものだった。
「おそらく」
俺が言おうとすると、はっとロジェが何かに気づいた。
「まさか、ライリーラ様……そのヴァンとやらに惚れたのでは――!?」
「いや、たぶんないと思うわ」
即座にアルメリアが否定した。
「なぜそうだと言い切れる!」
「だって、ロランのことが好きなんでしょ?」
嫌そうに目を細め、やがてロジェはうなずいた。
「じゃあ、たぶん違うわよ」
ねえ、とアルメリアがエルヴィに話を振ると、こくん、とうなずいた。
どうしてそうなるのか、俺も正直理屈がよくわからない。ロジェもそうらしく首をかしげていた。
「推測でしかないが、ライラがヴァンについていった理由だが……」
俺は考えたことを三人に伝えた。
「ヴァンがヨルヴェンセン王国民であることを知ったライラは、罪滅ぼしのために同行しているのかもしれない」
「罪滅ぼし?」
アルメリアが言うと、俺はうなずいた。
「ん。ライラはずっと気にしていた。本意ではない侵略戦争をはじめたことを。あいつは、どこかで罰を待っていた。それと同じくらい、罪滅ぼしの機会も窺っていた」
ロジェに目配せをすると、反論しないらしく首肯した。
「ライリーラ様は、攻め込むことになってしまったが故に、いち早く戦争を終わらせようと尽力されていた。和睦の使者を送り続けていた。無下にされてしまったがな」
噂では聞いていた。
だが、何かの皮肉だと思っていたし、そう思う者が大半だっただろう。
「ライリーラ殿は、ロランを差し置いてでも罪を償いたかった、ということか……」
それだけ、王としての責任を感じているのだろう。
「ロジェ。魔王城があった国……旧ヨルヴェンセン王国を調べてみてくれないか」
「わかった。おまえたちより、ワタシのほうが勝手を知っているだろうしな」
俺が頼むと素直に了承してくれた。
ライラが絡むと、本当によく動いてくれる忠臣だった。




