与えられた者の使命
◆??◆
廃墟と化した町を歩く。
人魔戦争からもうずいぶん経つのに、鼻先には異臭が漂っていた。
「何か思うことは?」
男が隣の魔族の女に尋ねる。
女は、つまらなさそうに「別に」と答えた。
「ヨルヴェンセン王国――いや、旧、と頭につけたほうが正確か」
先ほどからずっと女は機嫌が悪そうだった。
いや、先ほどというよりは、やってきたときからずっと、だが。
ここは旧ヨルヴェンセン王国王都アジャヒダリア。
かつて魔王軍が、人間の国を侵攻する際、足掛かりとして蹂躙し侵略した国で、侵略後は、王城を魔王城に変えた。
魔王が占領するまでは、男が暮らしていた街でもあった。
「今のこの国なら、誰が使ってもいいだろう?」
呆れた、と言わんばかりに魔族の女はため息をついた。
「ヴァンといったか、そなた」
「ああ」
「一体何がしたいのだ」
そうだなぁ、とヴァンは丘の上にある魔王城と呼ばれた城を見上げた。
「ディアキテプ。君は能力があるから魔王の座に着いただろう。それと同じで、オレも能力があった……能力があるとわかったから、それを試してみたい。それだけのことだ」
「だから、ロランの腕を盗み偽物を作り、妾の偽物を作ってみせたと?」
「性能テストといったところだ。人種や種族は関係あるのか。制限はあるのか……自分の力なら知っておきたいと思うのは当然だろう」
ヴァンはスキル鑑定士の診断では『鍛冶』というスキルだと教えられた。
がっかりはしたものの、食うには困らないのでよしとした。
うだつの上がらない職人は、魔王軍の攻撃により国を追われ、ルーベンス神王国へと逃げ延びた。
そして正面切った戦争がはじまった。
ヴァンは個人で工房を構えることはなく、大量に武具を生産する鍛冶ギルドに所属した。
『鍛冶』スキルはとても便利で、他人よりも上手く早く武具を作ることができた。
だが現状に満足しているわけではなかった。
地味で単調な日々は、ヴァンにはつまらなかった。元々憧れていた冒険者を一念発起してなってみようと考えた時期もあった。
密かに設計した特製の剣を、いつか自分で打って仕上げてみたい。もしそれが完成したなら冒険者になってみてもいい。
そう思っていた。
そしてそれは、あっさりと実現した。
仕事中のことだった。
いつも通り打った剣が、まさしくそれとなった。
バレないようにその剣を隠したが、ヴァンはこの日から自分の『鍛冶』スキルについて疑問を持ちはじめた。
スキルを試行錯誤するうちに『鍛冶』スキルは、武具を作るだけの力ではないとわかった。
大まかに言うなら、素材さえあれば、完成形ができる力。無機物有機物、問うことはなかった。
密かに噂されていた魔王殺しの幻影。
どこかでまだ生きているのなら、最初に作るのは彼がいい。
裏社会の人間を雇い情報を集めると、片腕を失くしているものの、とある町で暮らしていると知った。誰にも何のためか、右腕もまだ保存状態にある、ということもわかった。
ひとつ気がかりなことは、情報提供者の誰もが、かかわることを推奨しなかったことだ。
ヴァンは構わなかった。
盗まれるなんて微塵も思っていなかったのだろう。右腕を盗むのは非常に簡単だった。
そして、右腕を元に暗殺者を作った。
右腕から体が生えていく、と表現すればいいだろうか。記憶も本人のそのままだった。
『暗殺? もうその仕事はやめているが、マスターの指示なら、致し方ないだろう』
拒否されると思ったが、すんなりと言うことを聞いてくれた。
自分と主従関係に設定されることが、そこで判明した。
『ルーベンス王は、黒い噂しかない圧政者だ。ロラン、君の能力をオレに示してほしい』
『エルヴィが護衛指揮だったはずだが、まあ、問題ないだろう』
『エルヴィというのは、勇者パーティの?』
『ああ』
ロランは、夜に出かけて、深夜に戻ってきた。散歩に行ってきたかのような気軽さで、事と次第の報告をしてくれた。
公表された情報は国王の急な病死。不審な点が多かったので、ロランの仕事であることを知った。
言うことを聞いてくれるロランがいるのなら、オリジナルは不要だった。
『俺殺し、か。フン。マスターは、なかなかできない体験をさせてくれるらしい』
やり方は任せたが、両腕が揃っているロランと片腕のオリジナルなら、前者が勝つだろう。
「――って思ってたんだけど、失敗したんだな。全然帰ってこない」
「当たり前であろう。王の暗殺者として秘密裏に処刑されておるという」
「そうか。残念だ。片腕のオリジナルには敵わないのか」
「妾の偽物もよくできておったが、あやつには敵わぬであろう。オリジナルの妾が敵わぬのだからな」
どこか嬉しそうにディアキテプは話した。
ゆっくりと二人は丘をのぼっていき、ツタが何重にも絡みついた正門前までやってくる。
振り返ると、荒んだ城下町が一望できた。
人は誰もおらず、何か動いた、と思ったらそれは野犬だった。
「何かあったときは相談に乗ってくれるか?」
「元の王家ではないにせよ、ここで新しい国を興すというのであれば、少しくらいは手を貸そう」
協力を仰いだときには、迷っていたようだったが、ヴァンがこの国出身だというのが決定打となった。
「よろしく頼むよ」
ヴァンが差し出した手が握られることはなかった。
どんな人物なのかと思ったが、責任感の塊で、侵略し被害を及ぼしたことに対して、強い罪悪感を覚えているらしい。
接触したエルヴィも似たような性格をしていた。
この能力さえあれば、本人がどうであれ、複製版は従順なのだ。
特殊な性能を持つ魔剣の製造にも成功している。
近いうちに、ディアキテプ本人は不要になるだろう。
「スキルは『鍛冶』改め『軍工廠』と呼ぶことにする」
宣言すると、「好きにするがよい」と隣からつまらなさそうな声が返ってきた。




