捜索3
大通りの人影を縫い、月光を避け、暗がりの夜道を駆ける。
裏門を目指しやってくると、暇そうにあくびをしている警備兵二人を発見した。
先ほど『シャドウ』が得た情報通りの配置だ。
少しの間眠ってもらおう。
『影が薄い』スキル発動。
瞬時に接近し、一発ずつ手刀を首筋に入れ、警備兵を昏倒させる。
足場を見つけ、外壁を身一つでよじ登り、裏側へ着地する。
誰もいないことを確認して、静かに裏門を内側から開けた。
俺が先行し、あとから大声を上げてやってくるのは、いつもアルメリアの仕事だった。
「エル――――――――! 出てきなさぁ――――――――い!」
正門のほうから大きな声がする。屋敷内がざわつき、正門のほうに注意が向いたのがわかった。
ただでさえ目立つからな、あいつは。
「うるさいなあの勇者!?」
「はしたないわねぇ、んもう」
開いた裏門から遅れてやってきたロジェとディーが入ってきた。
「あいつはあれでいい。注意を引いてくれる」
「勇者を陽動に使うなんて、鬼畜ねぇ、ロラン様ったらぁ」
言葉とは正反対にディーはうっとりしていた。
「ライリーラ様保護を最優先だぞ、ニンゲン」
「大人しく保護させてくれればいいがな」
「くれればいい、ではない。するのだっ! 強い気持ちを持て!」
わかった、わかった、と鼻息が荒いロジェを宥めておく。
勇者がやってきた、というのは、よっぽど珍しかったのか。警備兵が持ち場を離れることはなかったが、集中力を欠いているのがわかる。
その隙に屋敷内へ潜入する。
スキル発動――。
万全を期して警備兵を無力化していく。一人、二人、三人……。
そのあとを、ロジェとディーがやってくる。
「……な、なんという早業だ」
「さすがロラン様よねぇ」
「無駄口を叩くな」
この二人が揃うと、どうにも緊張感に欠けるな。
記憶に従い気配を消し、いつかの客室まで廊下を急ぐ。
「ここだ」
扉の前にやってくると、ロジェが真っ先にノブに手をかけた。
「おい、罠が仕掛けられている可能性が――」
迂闊なロジェに言うが、もう遅かった。
ノブを引いて一歩部屋の中に踏み込んでいた。
「ライリーラ様! このロジェ・サンドソングがお迎えに――」
「ロラン様、離れて!」
ディーが言うや否や、即座に反応し、俺は一気に後ろへ飛び退る。
同時に魔力反応を確認すると魔法陣が展開された。
「へっ? あッ!? しまった――ッ!?」
何かに気づいたロジェだったが、直後にその姿が消えてしまった。
「位階一等の『亜空間』という魔法よ。わたくしの知る限り、ライリーラ様だけが使える、別の空間に転移させてしまう超高等魔法よ」
遠目に一度見たことがある。一個師団がその罠にかかり、消えたことがあった。
「……ぷ……ぷふふ……あんなに意気込んでいたのに、真っ先に離脱だなんて……」
隙だらけのディーは、今は笑いをこらえるので必死なようだった。
「術者が解除すれば、元の場所に戻るはずよぅ」
「素直に保護されるつもりはないらしいな」
「そのようねぇ」
家出猫の保護はなかなか骨が折れるらしい。
罠を警戒しつつ中に入るが、もう何もなく、部屋にはライラとエルヴィがいた。
「ロラン。おまえだったか。おまえが余計なことをしなければ、こんなことをしなくても済んだのだ」
エルヴィが険を露わに口にした。
「あらあら、まあまあ。いやねぇ。力もないのにさえずるなんて」
ズズズズズ、とディーが吸血槍を召喚し、手に持った。
「吸血族の女……。魔族側とずいぶん懇意にしているようだな、ロラン」
「個人の善悪よりも、過去の出来事で種族差別とは、騎士の価値観もずいぶんと様変わりしたらしい」
皮肉を言って挑発するが、エルヴィは真顔で無反応。
よっぽど腹に据えかねているときのリアクションだ。
「ライラ。どうして一人で勝手に」
「貴様殿とて、エイミーのときは妾に相談しなかったであろう」
まったくその通りだな。
抱え込まず、ひと言くらい相談してくれればいいものを、と思うが、ライラもあのとき同じことを考えたのかもしれない。
ライラが踵で床を一度コン、と鳴らす。
すると、景色が一変した。
「客室では狭かろう」
周囲は荒野広がる空間になっていた。
「ライリーラ様、ロラン様と帰りましょう? わたくし、何だかんだで一緒にいるお二人が好きなのよ」
「すまぬな、ディー」
「エルヴィ、これからどうする気だ?」
「……魔王は罰を望んでいる。自らの罪の重さと良心の呵責に耐えられないと言った。私とおまえが争うことも、望んでいない。頼む、手を引いてくれ」
「断る」
これ以上の交渉は、平行線を辿るばかりだろう。
ライラの意思に関係なく、強引に連れ帰るほかない。
「力づくで攫う。俺から守ってみせろ」
ディーが吸血槍を構えると、エルヴィも腰の剣を抜いた。
刀身は水面のように魔力がたゆまず波打っている。
あれがアルメリアの言っていた剣か。
以前の剣は、質実剛健といった感じの使い込まれたものだったが、今のあれは一見したところ、魔剣の類い。
エルヴィの魔力が増幅していくのを感じる。
人間は本来の魔力の容量を大幅に超えると、全能感に支配されるという。
「ロラン様。あの剣、気をつけて」
「ああ。ディーはライラを頼む」
「わたくしでは力不足のような気がするけれど」
「いや、いい勝負をするはずだ」
「あらあら。まあまあ。信頼してくれるのねぇ。嬉しい」
そういうわけではないが、まあ、俺の直感が正しければの話だ。
目の前にいる魔族の女はライラだ。容姿も口調もそのもの。
だが、違和感が拭えない。
ライラの皮を被った何か――表現としてはそれが一番しっくりくる。
「ロラン、最後にもう一度言う。手を引いてくれ」
「おまえこそ、何度も言わせるな。攻撃は捨てろとあれほど言っただろう」
「攻撃に回す余力があるなら、すべて仲間を守ることに注力しろ、か」
「覚えているなら実践しろ」
いつもの装備……大盾を使うつもりがなかったのか、それとも俺たちの奇襲に準備が間に合わなかったのか、今は魔剣しか持っていない。
「では、ライリーラ様。わたくしたちは、先にはじめましょうか」
「そなたと相対する日が来るとはな」
ディーが吸血槍を構え、一直線にライラへと仕掛ける。
ライラは一度距離を取って鋭い突きを回避。同時に魔力で剣を形作り、ディーが再び繰り出した穂先を防御する。
いずれ戦うことを想定していたのか、ディーの攻撃は常に最善手だった。
息をつかせない速攻と連撃。ライラに魔法を使う時間を与えないつもりだ。
だが、それがいつまでもつか。
「腕はもう治ったいるのか、ロラン」
「おまえが知る俺よりも今のほうが強い。対峙したことを後悔する間もなく終わるぞ」
憂慮すべき点があるとすれば、あれほど俺が口うるさく言った守備を捨てさせる何かが、その剣にはある、ということだ。
先ほど以上に、刀身にまとっている魔力が輝きを増しているように見える。
エルヴィのスキルは『不落城』。
特定範囲の敵の攻撃を自身に集中させ、その際自分と装備したすべての耐久度を大幅に上げることができる、特異も特異なスキルだ。
俺でなくても、エルヴィのスキルを知れば、まず守備に専念させただろう。
それだけわかりやすく、使い勝手がよく、能力を知られても別段困らない、そういう意味でも優秀なスキルだった。
盾があれば十二分に活かせるはずだが、今は持っていない。
「……私は、私の正義を貫くことにした」
「実力なき者に語る資格はない」
俺が駆け出すと同時にスキルを使われた感覚があった。
頭の片隅にあったライラとディーのことが消え去り、周囲の景色も霞んで見え、エルヴィだけがはっきりと見える。
被使用者になるのははじめてだが、なかなかの強制力があった。
フォン、と風を絶つように、エルヴィの剣が素早く振り下ろされる。
鍛練しているとはいえ、やはりその程度か。
難なく回避し、『影が薄い』スキルを発動させる。
完全に俺を見失ったエルヴィは、振り向きざま背後に剣を一閃。
俺の手をよく知っている動きだ。それは褒めてやろう。
だが、知られていることを、俺も知っている。
常套手段を使うはずがないだろう。
俺は背後には回らず、エルヴィの真正面にいたままだった。
エルヴィがそのことに気づくが、もう遅い。
防具からわずかにのぞく生身の部分を狙って拳を叩きこむ。
「うッ……!?」
一瞬表情が歪んだが、意に介さず応戦してくる。
エルヴィが袈裟に斬り下ろす動きに合わせ、『影が薄い』を発動。
エルヴィの予備であろう剣をすっと引き抜く。
「借りるぞ」
「背後か!」
耐久力が上がった物同士、どちらが上か見せてもらおう。
致命傷は避けるように、切っ先で膝の裏を狙った。
膝裏は比較的薄い部分だが、岩を突いたような強い衝撃が手に走る。
「うろちょろと――!」
「おまえと違って外れのスキルだからな」
エルヴィが剣を正眼に構える。刀身からは魔力が雷のように飛び散り、いくつもの残滓が宙に舞った。
……何をする気だ。
魔力が剣へ集束されいくのを感じる。そして、さらに剣が強い魔力を帯びた。
「殺したくはない。だから、避けてくれ――!」
言うと、エルヴィが剣を振り下ろす。
まとった魔力をすべてを解放するかのような、魔力の波動が放たれた。
白銀の魔力光線が唸りを上げて迫ってくるが、難なく回避した。
隙ができたわけでもないのに、あんな大振りの一撃が俺に当たるはずもないだろう。
「どうだ、ロラン。魔剣ホルスは」
それが剣の名か。
「おまえだけの魔力ではないな」
どこからあれほどの魔力を持ってきたのか、少し考えればすぐにわかった。
ライラからだ。
俺やエルヴィ、ディーの魔力を感じたが、大部分を占めたのは、ライラの魔力だった。
「魔力を吸収し放つのか」
まさに魔剣だな。
一体どこからそんなものを。
この魔剣があれば、俺の教えを捨てるのもうなずけるし、自力でライラをどうにかしようと思えた――その自信を得たのも理解できる。
ライラが作った亜空間の地面には、深々とした巨大な溝が作られ、魔力光線の凄まじい威力を物語っていた。
魔剣を見ると、今度は充填状態に入ったようで、先ほどのような強い力は感じない。
「面白いおもちゃだな」
肩で息をするエルヴィは、何も答えなかった。
「俺もおまえの知らない武器がある」
『影が薄い』スキル発動。
眉をひそめたエルヴィに、俺は魔力で作った右腕を以前のように発射させた。
見えずとも何かが放たれた、と思ったのか、剣で両断しようと振った。
魔剣が直撃する寸前に、右腕は水滴のように砕け、魔力の雨となってエルヴィに叩きつけられた。
「散弾もいけるらしい」
「私は、何を食らった……!?」
耐久力を大幅に高めているエルヴィに、ダメージはほとんどないようだった。
実験的に使ってみたが、散弾でも使えるな。
威力こそ低いが、実用性は高い。
ひるんでいる隙を突いて、俺はエルヴィの背後を取った。
刹那の隙さえあれば、俺には十分といえる。
斬撃、打撃がほぼ効かないのなら――。
首に腕を回し、エルヴィを締め上げる。
「ぐっ、うぅッ……」
じたばたと手足でもがいてみせたが、すぐに気絶した。
そこでスキルが解除され、ようやくライラとディーの戦況を見られるようになった。
「ロラン様」
そこには、困ったような顔をするディーと、どろりと溶けたような何かがあった。
形容しづらいが、人間を長時間煮込めばこんな具合になりそうだ。
そこで荒野が掻き消え、元の客室に戻ってきた。出入口には、気を失っているロジェもいた。
「光線が放たれる前に、ライリーラ様がアイスみたいに溶けてしまわれて」
ちらり、と俺は気絶しているエルヴィの魔剣に目をやった。
「あの剣が、周囲の魔力を吸収するらしい。それを充填すれば光線として放てるようだ」
「言われてみれば……魔力が減っているのを感じるわ。けど、溶けたりはしないわよぅ?」
「個体として不完全だから溶けたのかもしれない」
ライラに違和感を覚えていたが、そういうことだったらしい。
俺の偽物が作られたように、おそらくライラも――。




