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外れスキル「影が薄い」を持つギルド職員が、実は伝説の暗殺者  作者: ケンノジ


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冷酷非道な魔王2



 魔王はその後行われた集合会議で、人間界侵略を議題に挙げられるも興味を示すことはなく、早々に話題を切り替えかわしていた。

 主戦派が不満そうにしているのはすぐにわかったが、触れれば否が応でも話を前進させようとするだろう。

 それよりももっと興味を持ちそうな話題でもあれば、と考え口にした。


「妾は婿を取ろうと思う。夫となる男であれば妾より強い必要がある。卿らが立候補するもよし誰ぞを推薦するもよし。応募は随時受け付ける」


 場がざわついたが、それだけだった。

 集合会議後、私室に戻るとダークエルフが訊いてきた。


「どうしてあのようなことを仰ったのですか」

「力を持て余しているのであれば、妾にぶつけてみるのも面白いであろう?」

「敵うはずがありません。諸侯はそれをよくご存じで……」

「とどのつまりは、勝てそうな相手には強気に出るが、勝ち目のない相手には挑むことすらしないということであろう。まったく、つまらぬ男ばかりよ」


 色恋に興味がないからこそ、「強さ」は魔王が個人の魅力を計るモノサシとしていた。

 そんなとき侍従の一人がやってきた。


「大王様が、魔王陛下をお呼びです」

「父が?」

「は。手が空いているのであれば離宮へ参れ、と仰せにございます」

「わかった。行こう」


 王の座を入れ替わって一年ほど経つが、こうして呼び出されるのははじめてだった。

 父がまつりごとに口を出すことはなく、作物を育てることに魅力を覚えた今では、離宮で晴耕雨読の日々を過ごしている。


 魔王がダークエルフ一人を伴い、離宮へ顔を出すと、中へ通された。


「ライリーラ、久しいな」


 父はルーサーのような猛々しい印象がなく、むしろ逆だった。

 父の周囲だけ時間が止まっているかのように凪いでいる。発する言葉は静かで、しかしはっきりと耳に届いた。

 理性、理論、理詰めという言葉がぴったりの男だった。

 戦乱を治めたのは、武力ではなく知力で治めたと言われている。


「お久しぶりです。朝食だけでもともに過ごそうとお伝えしているのに、いらっしゃらないから」

「魔王とはいえ娘のおまえに、何か気になることがあれば、余は口を出してしまうだろう」

「構いません」

「娘を矢面に立たせ自らは裏でまつりごとを動かすなぞ、余には良いこととは思えぬでな」

「意見を仰ることで、妾が影響を受ける、と?」

「その可能性を危惧しておるだけである……が、今回だけは一言よいか」

「はい。なんなりと」


 言葉を選ぶような間が続くと、やがて父は口を開いた。


「貴族間では侵略熱が高まっておるようだな。事情は嫌でも聞こえてくる」


 その話だろうと思っていた魔王は、早々に考えを伝えた。


「父上から預かった国を守ることこそが肝要かと」

「余の頃からの臣下はとくに血の気が多い。そなたの嫌だ嫌だでは通らぬこともあるぞ、ライリーラ。彼の大陸の戦力を調査させよ。それでよい。最強と謳われるそなたがいるとはいえ、一筋縄ではいかぬと理解すれば侵略熱も収まっていくであろう」


 父にすれば、現臣下は戦乱をともに治めた部下。

 扱いは魔王以上に心得ていた。


「では、そのように」

「一意見として留めておけばよい」

「はい。ですが、もし攻略しうる相手だとわかった場合はいかがでしょう」

「余であれば、早く攻め早く落とし、早く和を結ぶ。遺恨を残さぬために、双方に利のあるものをな。さすれば主戦派の魔族至上主義の承認欲求は十分満たされるであろう」

「参考にいたします」


 話はそれだけのようで、少しの雑談を交わすと魔王は離宮をあとにした。

 一理あると認めた魔王は、調査を目的とした先遣部隊を編成した。


 海を遥か彼方まで渡り『ゲート』を設置することに成功した先遣部隊ではあったが、魔王が選んだ直属の部隊長以下数名は、彼の大陸へ渡るまでに事故死したと報告を受けた。


 ……内々に進めていた調査は、どこかで主戦派に情報が漏れおり、先遣部隊の目的はいつの間にか調査から威力偵察へとすり変わっていた。

 あの一報が届くまで、魔王は先遣部隊は人間界を調査中であると信じて疑わなかった。


「先遣部隊が交戦し半数が討たれ、残りの大半が捕らえられたとのこと」


 担当武官の一人が駆け込んでくると、ライラにとっては凶報を伝えた。


「交戦だと? 誰が許可をしたッ!」

「ひぃっ」


 腰を抜かした武官を見て、魔王は我に返った。


「……すまない。報告を続けよ」

「は、は……」


 先遣部隊は壊滅。唯一逃げ延びた者が報告をしたという。

 交戦した場所は人間界における南の小国領内。名をヨルヴェンセン王国といった。

 先に手を出したのはあちらからのようだが、どこまで本当なのか見当がつかなかった。

 集合議会では、救出名目で一個大隊の派兵を求める声が多数あった。


「ニンゲンにこのようなことを仕出かされ、魔王陛下は尻込みするおつもりではないでしょうな?」


 魔王は、先遣部隊が自分の制御下になかったことをここでようやく悟ることになる。

 主戦派の思惑通りに先遣部隊は動き、戦端を切る人柱となったのだろう。

 ここで派兵を承知すれば、一個大隊を呼び水とし、さらに援兵を送るはめになるのは目に見えていた。


「囚われた者たちを解放するための使者を送る。――次に何か余計なことをしてみろ。そなたら全員を塵にしてくれる」


 釘を刺してはみたが、小娘の言うことを聞き入れてくれるのかは怪しい。

 手を打たれる前に、魔王は早急に使者を送ることに決める。

 使者は、魔王の考えを一番に理解し、かつ一番信のおける近衛兵長のダークエルフだった。

 姿を変える力を持つ彼女であれば、あちらの世界でも不審がられないはず。

『ゲート』を使ったおかげか、三日ほどで彼女は帰ってきた。


「捕虜はすでにおらず……城外にて首を晒されておりました」


 集合会議での報告だった。


「何と野蛮な」

「晒すなどと……魔族の矜持を何と心得るかッ」


 場は不穏にざわつき、魔王は固く目をつむり眉間に皺を作った。

 御しきれない何かが坂道を転がる。ゴロ、ゴロ、と音が耳の中で聞こえる。


「市井の者に聞くところによると、王家の威光と武力を示すためのようです」


 そんなものを示して、一体何の得があるというのか。

 魔王は玉座で額を掴み、大きなため息をついた。


「ニンゲンの異種族排斥の思想はかなり強いものにございます。使者として交渉することも叶わず……、対話は不可能かと存じます」


 魔王の腰巾着であるダークエルフは主戦派ではなかったからこそ、報告には客観性と真実味があった。


「野蛮な下等種族め……!」

「魔王様! 派兵致しましょう!」

「同胞の矜持を踏み躙ったニンゲンに我らの力を見せるときッ!」

「魔王様ッ、我が部隊だけでも海を渡りますぞッ」


 派閥も思想も関係なく、諸侯が口々に放った。今や開戦の決断を待つのみとなっている。


「――早く攻め、早く落とし、早く和を結ぶ……」


 過度な熱気に包まれる謁見の間で、魔王は口の中でぼそりと父の言葉を繰り返す。

 そして、意を決して立ち上がった。

 口やかましく叫びたてた声は一斉に静まり、魔王の言葉を待った。


「妾は半端なことはせぬッ! 五個師団を派兵し彼の国を一気呵成に制圧する」


 おぉぉぉ、と謁見の間にどよめきが響いた。


「指揮は妾が執る。思い上がったニンゲンに、我らの怒りを思い知らせてくれる!」


 オウッ オウッ オウッ オウッ


 諸侯は拳を突き上げ咆哮を上げた。

 遠征軍は想像以上に早く編成された。あらかじめ想定されていたかのように。


 自分の目が届くところであれば、いつでも歯止めが効く――魔王はそう思っていた。




 ――早く攻め、早く落とし、早く和を結ぶ。

 魔王の大転移魔法により、ヨルヴェンセン王国領内に多数の魔王軍を移送させた。


 魔王は言葉通り半端なことはしなかった。

 ――村を燃やし、町を跡形もなく消し、都市を廃墟とした。


 圧倒的な力を見せつけたのち、王城へ使者を送り続けた。

 だが、使者が受け入れられることは、ついになかった。


 そしてヨルヴェンセン王国は滅亡した。

 要した期間は、二週間もなかった。

 王城には魔王軍の旗が翻り、一時的な拠点とすることが決まった。


 魔王が他国と不可侵条約を結ぶための条項を考えているころには、旧ヨルヴェンセン王国民をはじめとした人間軍が、「冷酷非道の魔王、許すまじ」と兵を挙げ祖国奪還に動いていた。


「ロジェよ。ままならぬな。なぜこうなのか。言語を持つ種族同士、なぜ対話ができぬ」

「……は。恐れながら、言語を持つ種族故かと」

「この国は、一種の見せしめのようになってしまった。他に妙手はなかったのかと、今でも思う。これも妾が未熟故、武力に頼ってしまった結果である」


 父ならどうしていたのか、と思わないではいられなかった。


「お優しいそのお言葉、ニンゲンにくれてやるには惜しくございます。ただ、この国の王が頭の足らない男だっただけのこと。いずれ滅んだ国でしょう。気に病むことはありません」

「敵にも味方にも阿呆がおるとこうなってしまうらしい。元をただせば臣下を御しきれなかった妾の失策である」

「肯定は致しかねます」

「……そなたはニンゲンに嫌な思い出があったのだったな」

「は。このままいっそ、世界を魔王陛下が治めてしまえばよろしいかと」

「妾にそのような野望は一切ないのだが……。力も肩書きも忘れて、誰も知らないところで暮らしてみたいと思ってしまう」

「滅多なことを仰らないでください」

「ふふふ、半分冗談だ」


 この後、人間軍と魔王軍の戦争は激化の一途を辿る。

 魔王以外に対話を望む者は誰もおらず、敵軍へ送り続けた使者は帰らぬ者となってしまった。


 そして一年後。

 特異な力を持つ勇者と呼ばれる少女と仲間によって、歴代最強と謳われた魔王は敗れ、人魔戦争と名がついた争いは終焉する。


 魔王の死体発見前、青年と一匹の黒猫が城をあとにしたとは、誰にも知られなかった。


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