かつての役者が揃う2
設定された日時は、ご丁寧に俺の仕事が休みの日だった。
誰かに訊いたのか、それとも独自で調べたのか、ともかく律儀なエルヴィらしい。
自宅の扉がノックされ、俺は席を立った。
「来たらしい」
「あ、ああ……」
さすがのライラも、少し緊張しているようだった。
彼女らがどういうつもりでも、力量は俺やライラのほうが上。
精神的には優位に立てるはずだが、あくまでも話し合うために……問い質すために彼女らはやってきた。
自分の存在が認められるかどうかの瀬戸際だ。少々顔が強張るのも仕方ないことだろう。
「ロラーン? こんにちはー?」
リーナの元気な声が扉越しに聞こえてくる。
俺が扉を開けると、懐かしい顔ぶれが揃っていた。
一人二人と会うことはあっても、揃って会うなんて魔王城のあのとき以来だ。
「ロラーン!」
リーナが腰のあたりに抱き着いてきた。
その頭を撫でていると、セラフィンが外観を改めて確認すると言った。
「ここがロランさんのおうちなんですね~。質素というか、もっといい所にも住めたでしょうに」
「空き家を改装しただけだ。ひっそりと暮らすならこれで十分だろう」
「なーにが、『ひっそり』よ。全然ひっそりしてないわよ」
アルメリアが揚げ足を取ってきた。
「これでもひっそりしてるつもりだが」
「大立ち回りしておいてよく言うわよ」
不審そうな半目をされた。
エイミーとの一件を言っているらしい。
三人はいつも通りといった印象だが、エルヴィだけは案の定深刻そうな顔で押し黙っている。
「……ライラが待っている。入ってくれ」
セラフィン以外に面識はあるが、魔王として会っていたわけではない。
そのへんをどう思っているのか、俺も気がかりではあった。
応接室なんてものはないので、リビングへ四人を案内する。
「適当にかけてくれ」と俺が言うと、ソファの好きなところにそれぞれが座った。
ここにいると思ったライラはいない。
「おい、ライラ。そろったぞ」
ダイニングのほうへ顔を出すと椅子に座るライラが青い顔をしていた。
「珍しいな」
「……うむ。なんと言われるかと思うと」
「もっと鷹揚に構えているものかと思った」
「どうでもいい輩であれば、こんなことにはならぬ。だが、相手はそなたが大切にしてきた者たちである。どう思われても構わぬ、とはさすがにな」
「ここで震えていても状況は改善しないぞ」
俺の言葉を聞いて深呼吸をしたライラは、目を見てうなずいた。
覚悟が決まったらしい。
俺はライラを連れてリビングに戻ると、改めて四人に紹介した。
「紹介が遅れたことを謝罪する。彼女はライラ……ライリーラ・ディアキテプという。かつて俺たちが討とうとした元魔王だ」
沈黙を嫌ったのか、ライラがすぐにあとを続けた。
「ライリーラという。魔族だ。今は、こやつ……ロランとともにここで生活をしておる。住民たちに危害をくわえたことは一度もない。誓っていい」
「ライラちゃん、この前は、お、お世話になりました」
リーナが立って頭を下げた。
「この前? ライラ、何かしたのか?」
「いや」
「奴隷のみんなのお世話……解放された今は、孤児院にいるの。お礼、ちゃんと、してなかったから……」
……ああ。
地下闘技場から俺が一時的に連れ帰った子供たちのことか。
俺が頼んだことだが、風呂に入れたり着替えを用意したり、とライラは世話を焼いてくれた。
「偉いな、リーナ。それを言おうと思っていたのか」
「うん」
俺が褒めると、リーナは嬉しそうに目を細めた。
おほん、とアルメリアがわざとらしい咳払いをする。
「ライリーラとは、はじめて会ったのは王都だったし、ここでも会っているし、私からは何か言うことはないわ」
俺が王都で講習を受けにいったとき、たしか市場で知り合ったんだったな。
ライラは財布をスられたが、アルメリアのおかげでどうにかなった、と。
「セラフィンから預かった首輪を嵌めて、ライラの魔力をこれまで封じていたわけだが、その首輪は制作者の遊び心があってしゃべる黒猫になるという機能もあった」
「黒猫……? はっ。ま、まさか、黒猫師匠は……!?」
ルーベンス神王国とのお見合いのときに、黒猫ライラともアルメリアは会っていた。
「ああ。このライラだ」
「ってことは、あのドヤ顔で語っていたちょっとエッチな経験談って――!?」
アルメリアが俺とライラを交互に見る。
「まあ、その、うむ、そういうことである」
頬を染めながら、ライラが肯定した。
想像力がたくましいお嬢様は、こちらも顔を赤くして人差し指を俺に突きつけてブンブンと振った。
「し、シェアハウスっていうのは、そういうことするものじゃないんだからっ! ななななな、何してるのよっ! わ、わたしにききききき、キスしておいてっ!」
「その話はあとにしよう」
ややこしくなる。
「なんでっ!?」
腰を上げ納得いかなさそうな顔をするアルメリアを一度制して、俺は肝心のエルヴィに水を向けた。
「エルヴィも、ライラとは言葉を交わした仲ではあるだろう」
ルーベンス王暗殺の調査でヘイデンス家を訪れ、俺たちは世話になった。
「ああ……同居人と聞いていたし、魔族というのもわかっていた。ロランがそばにいるのであれば、とくに問題のない人なのだろう、と……」
沈痛な面持ちで視線はずっとつま先に向けられている。
「ライリーラが魔王だと聞かされ、驚きはしたが納得したほうが大きかった。それと同時に、戦時中のことや、ロランをはじめとしたみんなのことを思い出した」
無害で悪人ではない、と理解はできるが、気持ちまでそうはいかない、といったところか。
「正体を隠し素知らぬフリをしていたことを、まずは謝罪させてほしい」
そう言ってライラは続けた。
「妾は、あの戦争は間違いだったと認識している。今さら謝ってどうなるものではないというのも、な……。だから、被害を受けた国や民のため、妾にできることなら何でもするつもりでいる」
反省しているから許してやってほしい、とは言えない。
それぞれが、当時の記憶と折り合いをつけていくしかないと、俺は思っている。
ライラが説明を避けたので俺からは言わないが、あれはライラが望んだ戦争ですらなかった。
魔王は、魔王軍の罪と責任の大きな十字架を背負っている。罪滅ぼしのためにメイリのバーデンハーク公国に魔界の植物を持ち込んだのがいい証拠だろう。
「私とて子供ではない。色んな事情が絡んでいたことは想像に難くない。だが、どうしても納得いかないことがある」
エルヴィが伏せていた目を俺のほうへ向けた。
「それは、ロラン、おまえだ」
「俺が何か?」
「……私は、いや、私だけではなく。アル、セラ、リーナ、三人ともそうだと思う。――どうして何も言ってくれなかったのだ」
ずっと、ずっと、引っかかっていたことだったんだろう。
「どうして何も言わずに姿を消したのだ。首輪を嵌めて魔王を無力化したから殺さずに生かすことにした――冷血なくせに優しいおまえらしい選択だ。そうだと一言言ってくれればよかったのだ。私たちが、無力化した無防備な少女を手にかけるとでも思ったか?」
エルヴィが泣いていた。
口をへの字にして、唇を震わせ、伝った涙を指先で拭った。
それを見ていたアルメリアがエルヴィの頭を撫で肩を抱いた。
「エルの言いたいことはわかるわ。ロランが死んだとは思えなかったけど、やっぱり不安で心配で……生きていることを知ってとても嬉しくて。でも、ふとしたときに、どうして何も言ってくれなかったんだろうって、思っちゃうのよ。……悲しかった。わたしたちは、そんな大切な相談もされないような存在なんだって思うと、余計に……」
ぐすっと鼻を鳴らしたエルヴィが涙目で俺を見つめてくる。
「本当です~。わたくしも、とぉーっても悲しかったんですぅ」
肩を震わせ、袖で顔を隠しながらセラフィンが言う。ちらっとこっちの反応を窺ってきた。
ウソ泣きをしているこいつは無視してもいいな。
「リーナ、ロランが、いてくれるだけでいい」
「リーナ、それはズルイわよ」
「?」
アルメリアが言うとリーナは不思議そうに首をかしげた。
「大切な大切な仲間だったはずのわたくしたちを放り出し、ロランさんは元魔王とズッコンバッコン、放蕩生活……。悲しいです……一回くらいわたくしとも」
セラフィン、おまえだけ悲しむ角度が違うな?
真面目な話をしていると我慢できず茶化す性格は相変わらずだった。
「まず、仲間であるおまえたちに嘘をついてしまったことを謝らせてほしい」




