かつての役者が揃う1
朝。まだ眠っているライラを起こさないように、俺はそっとベッドを抜け出す。
出勤の準備をしようとしていると、玄関の扉に封筒が挟まっていることに気づいた。
最近感じた不審な気配と、手紙。
宛名も差出人もない。
あまりいい報せではないだろうとわかった。
「さすがに暗殺依頼ではないだろう」
一度苦笑して、封を開け、中の便箋を検める。
「……」
差出人は、エルヴィからだった。
国の状況報告かと思ったが、違った。
『ロラン。奴が処刑される前に、同居人が魔王であることをにおわせる発言をした。その真偽を問いたい。もしそうなら、どうして逃がすことにしたのか、理由を教えてほしい』
ライラら俺を遠巻きに監視していたのは、エルヴィの手の者だったか。
我知らず眉間に寄っていた皴を指でほぐした。
「何を難しい顔をしておる」
シーツをまとっただけの裸のライラが、後ろから抱き着いてきた。
「どうやら、バレたらしい」
「ふむ?」
「エルヴィからの手紙だ。俺の偽物がおまえのことを魔王だとバラしたようだ」
「あの騎士娘に、偽物が?」
堅物のエルヴィらしい。
魔王は魔王であって、力の有無は関係ない、と。
今は力を封じらてないので、警戒するのも仕方ないが。
あの戦争を引き起こした張本人を、討伐する側だった俺が逃がし同居していることに、納得がいかないようだった。
「どうする? 改めて妾を倒すか?」
そんなことをしないとわかっているであろうライラは、自分で言ってクスクスと笑う。
「魔王城でしたように、身代わりの死体を作ってもよいが」
「二度は通じないだろう」
一番面倒なやつにバレたものだ。
いや、エルヴィの性格を把握しているから偽の俺はバラしたのだろう。
魔王城で俺は魔王を殺すつもりでいた。エルヴィが納得いかないのも無理はない。
暗殺者としての直感でわかることがある。死神のような暗殺者を前にした標的の態度で、俺は善人か悪人か見分けることがなんとなくできた。
悪いやつではないのかもしれないと感じたから、首輪を使ってみようと思った。
こんな理由で、正義感の塊であるエルヴィが納得するだろうか。
思い返せば、俺は心のどこかで、暗殺者をやめたがっていた。
仕事だからと言い聞かせてはいたが、善人を殺すことに、強い抵抗を感じていた。
だから『普通』の仕事を……。
「騎士娘も、わざわざ手紙を寄こすあたり、まだ交渉のテーブルにはついておるように感じられる」
「ああ。ここへ他の勇者パーティメンバーを連れて来ると書いてある。その日時も」
密かに手紙を寄こすあたり、魔王存命を公表するつもりはないのだろう。
公表して真実だとわかれば、世界中が大パニックになるからな。
「ライラ、おまえは悪人ではない。少なくとも、俺が判断を鈍らせる程度には、善良な存在だった」
戦争をはじめた理由も、高度な政治的判断だった。好きではじめた侵略ではない。
だからと言って、被害を受けた人々に納得してくれ、というのも筋が違う。
「そなたが、妾のために苦悩しておるのはよくわかる。庇ってくれようとしているのもな」
振り返ると、からりとした表情でライラは笑った。
「ニンゲンたちからすれば、妾は大罪人である。いかな理由があれど国を侵略し、人々に取り返しのつかぬことをした。……いつか、こうなるときが来るとは思っておったのだ」
「……そう逸るな。対話をしようとエルヴィは言っている。どうしようとは言っていない」
「以前『おまえ個人を殺すつもりであるなら、一個師団でも一軍団でも、一国でも、俺が相手になる』と言ってくれたが、今も変わらぬか?」
「ああ」
「それは、かつての仲間が相手でも、か?」
「当然」
「ふふ、妾の愛した男は、さすがであるな」
ひしっと抱き着いてくるライラの背を俺はゆっくりとさすった。
「歴代最強の魔王に見初められた男だからな」
準備をして仕事へ行くと、いつものようにライラは玄関先まで見送ってくれた。
「ロランさん、悩みごとですか?」
仕事中、ミリアが尋ねてきた。
「ほんの少しだけ」
「珍しいですね」
「ええ。……昔の仲間と会うことになったんです」
「いいじゃないですか。何か問題があるんですか?」
「恥ずかしながら、当時ついた嘘がバレてしまって。先方はそれが納得いかないらしいです」
具体名を避け概要を伝えると、ぱぁ、とミリアは笑った。
「そうでしたか~。嘘をつくなんて、誰にでもあることですよ。ごめんなさいをして、握手をすれば、元通り仲直り、です」
にこにこ、と太陽のような笑顔だった。
……それもそうだな。
事の大きさから、俺は深く悩み過ぎてしまったのかもしれない。
「そうですね。頑張ります」
口で言ってどうにかなるようなものだろうか。
とくに、杓子定規に物を考えるエルヴィが心配だ。
……俺たちは、凄惨な戦争の現場を目の当たりにし続けてきた。
人一倍責任感も正義感も強いエルヴィが、弁明したとして手放しに納得してくれるだろうか。
仕事をこなしながら、頭の片隅では、どうしたら丸く収まるのか、そのことばかりを考えていた。




