魔王様の一日ギルド職員2
「ようこそ、冒険者ギルドへ。今日はどのような――」
「そうですね、今日だと、このへんのクエストなら――」
さっそくやってきた冒険者に、職員が対応をしていく。
ライラには見慣れた光景で、仕事内容も知ってはいるが、アイリスが一度手本を見せるというので、その後ろから見守ることにした。
「こちらにもどうぞ」
アイリスが言うと、顔を見合わせた冒険者が、こちらへやってくる。
「今日、ミリアさんは……?」
「今日はお休みをいただいております」
アイリスが説明すると、まあいいか、とアイリスと後ろにいるライラをちらっと見た冒険者は、冒険証を提示する。
それを確認したアイリスは、クエスト票の束から適当なものを取り出し、カウンターで説明をする。
おなじみの流れだった。
「その程度、妾にもできる」
カウンターはあとふた席空いているので、隣に座り、冒険者を呼んだ。
「こちらでもよい。用件がある者はおらぬか」
横柄で上から目線な態度ではあるが、不思議と文句を言う冒険者はいなかった。
「ねーちゃん、見ねえ顔だが、新人か?」
向かいに座った中年冒険者が、冒険証を出しながら言う。
「新人ではない。魔王である」
「ハハハ、こいつぁイキのいい新人だ」
「用件を言うがよい」
「クエストが終わったら、一杯どうだい」
「断る。次――」
「あ、おいおい、待ってくれよ。クエスト。クエストだ。斡旋してくれ」
「最初からそう言え。まったく」
町娘然とした、ほわほわ系のミリアとは真逆と言っていい物腰に、気品ある美貌。
器量よしとはいえ、路傍に咲くタンポポといった風情のミリアと、高貴な薔薇を思わせるライラ。
一番の人気があるミリアとは、また違った魅力がライラにはあった。
「怒られちまった……へへ」
苦言を呈しても、怒るどころか、冒険者はデレデレしている。
ライラは、アイリスがしまったクエスト票を持ち出し、斡旋するクエストを探した。
受付待ちの冒険者たちは見慣れない美人職員を、職員たちは不安げにライラの手際を、みんなそれとなく注目していた。
「これでよいな? 妾が斡旋したクエストである。できぬとは言わさぬ」
冒険者と同ランクのクエストをカウンターで見せると、ふたつ返事でうなずいた。
「いいぜ。これで」
「よい返事である。励め。結果を楽しみにしておるぞ」
うむ、とライラはいい笑顔で冒険者を送り出した。
「「「あ、新しいタイプの職員だ……」」」
ライラの業務を注視していたみんながぼそりと声をそろえた。
「ライラちゃん、いけそうね!」
戦力になることがわかり、アイリスの表情が明るくなった。
「妾に任せておくがいい」
「何なのかしら……この有能な子……」
受付業務で一日を過ごすわけにはいかないアイリスは、「じゃあ、頑張ってね」と肩を叩いて、奥の支部長室へと戻っていく。
「次。次だ。おらぬか」
呼ぶと、主に男性冒険者たちがぞろぞろ、と列をなした。
「どうした。それほど妾と間近で会話がしたいか。致し方のない男どもめ」
嫣然とした笑みを見せると、列を作った男たちは歓喜に背筋をぶるりと震わせた。
魔族の王として君臨したライラだ。
美貌に釘付けになった小物冒険者の対応程度、あくびが出るほどに簡単だった。
ある冒険者には、
「――その魔物、毒を持っておる。十分用意して向かうのだぞ?」
と、ひと言アドバイスを添えて送り出す。
また自信なさげな冒険者には、
「妾ができると言えばできるのだ。そなたは己が力を信じるのではなく、妾の言葉だけを信じよ」
と、力強く能力を肯定してやる。
「今、好きになりました」
こんなふうにひとめぼれを告白する冒険者もいた。
「妾は、そなたのことは好かぬ。次」
と、取り合うことなく、並ぶ冒険者を捌いていった。
いつもの半数程度で業務を回すとなれば、負担は倍。男性冒険者の大半をライラが対応しているとはいえ、それでも職員は目の回る忙しさだった。
それもそうだろう。一人だけ暇そうにしている職員がいるのだから。
カウンターの職員は、ことあるごとにその一人に目をやって、嘆くように首を振っていた。そんな様子であれば、ライラもあの状態が正常ではないとわかる。
ライラは受付の合間を見て、モーリーに尋ねた。
「そなたは何をしておるのだ?」
「オレ? オレぁ、鑑定だよ、カンテー。持ってきたクエストの成果物を、調査するわけ」
「それはどれほど忙しいのだ?」
「クエスト報告がこれからあるから、待ってんだよ」
「少し見聞きしていた妾でもできる受付は、そなたにはできないらしいな」
「んなワケねえだろ」
「ならばやれ。足を引っ張るどころか、戦力として数えられてすらいないのだぞ」
仕事をしながら会話だけは聞いていた職員二人が、あ、と二人に思わず目をやった。
誰も言わなかったことを、ライラがはっきりと言ってしまったからだ。
「今日は鑑定なの。わかるぅ? この重要性。オレにしかできねえの」
「それは理解したが、機がくれば優先的にその鑑定とやらをすればよいだけの話」
チッ、とモーリーは舌打ちをひとつする。
「なんと情けない男か」
呆れ果てたライラは、ゆるく頭を振った。
「言い返せぬとなれば、不貞腐れたような顔で舌打ち。来て早々だが、妾にもわかる。みながそなたから距離を取っておるのがな。腫れ物扱いされて楽しいのか? それで居心地はよいのか?」
「ただのヘルプで来たやつが、何を偉そうに」
「偉そう、ではない。妾は偉い。当たり前のことを言うな」
「「「…………」」」
これにはモーリーも他の職員もぽかん、と口を開けた。
「本部から来た人とか……?」
「どうだろう。町でたまに見かけるけど。もしそうなら内偵とか査察とか?」
職員のひそひそ声はモーリーには届かす、イライラと貧乏揺すりをはじめた。
「オレは、オレの仕事をやろうとしてんだ! 余計な口を出すんじゃねえ、シロートが!」
「その素人に正論を突きつけられて反論できないそなたは、素人以下ではないか」
ぐぐぐぐ、とモーリーは歯を食いしばった。
「悔しいであろう。素人とやらの妾にこのようなことを言われて」
「……なことねえよ」
「もし何も感じないのであれば、そのままそうして生きていくがよい。誰にも感謝されず、働きがいもなく、日々を浪費せよ」
モーリーがうつむいた。いつの間にか貧乏ゆすりは止まっていた。
「……」
「失敗したところで、妾が許す。まわりのみなも、そなたのフォローをする。逆も然りである」
うぐ、うううう、と呻き声をモーリーがこぼす。
「組織とは、そういうものである。何か思うところがあるようだな?」
肩を震わせ、ぐすん、と鼻をすすった。
「悔しい……ぐやじいです……」
ぽん、と肩を叩いてライラは優しく声をかけ続けた。
「このような緊急時ですら、戦力として数えないアイリスを見返してやろうではないか」
「あぁ! そうだな!」
ごしごし、と目元を袖でぬぐったモーリーが、ライラの隣に座った。
「窮地をみなで乗り越えようではないか、モーガン」
「だから、モーリーだっつの」
小さく笑ったモーリーが、冒険者を呼び込み、席に着かせ、案内をはじめた。
ライラも座り、冒険者にクエストの斡旋をしていった。
「二五件」
閉館後、モーリーを正座させていたライラは、非常に険しい表情で腕を組んでいた。
「モーガン、何の数字かわかるな?」
「さあ。てか、モーリーだって何度言えば」
「二五件というのは、そなたが何らかのミスを犯し、妾たちがフォローした回数であるっ!」
「いやだってぇ……ミスってもいいって言うからぁ~」
真剣にやった結果だとライラも知ってはいるが、これには、拳をプルプルさせずにはいられなかった。
「何たる態度か……ッ!」
漏れ出た魔力が風となる。魔力風が螺旋状にライラにまとわりつき、赤髪が逆立ちはじめた。
「ら、ライリーラさん、落ち着いて」
「そう、そうだよ。喧嘩はよくない、よくないから」
どうどう、と二人が宥めようとするが、ライラは止まらなかった。
「て、て――程度を知れッ! この阿呆! 役立たず!」
「あーッ!? 言いやがったな!」
「そなたが足を引っ張るせいで、妾たちは、いや、妾は――死ぬほど忙しかったのだぞっっっ!」
ライラの愚痴が閉館したギルドにこだました。
仕事内容はまだしも、職場の人間関係とやらは、なかなかに大変なものだと思い知ることになったライラは、慣れない疲労を抱えて、終礼を待たずとぼとぼ、と家に帰っていった。
臨時でも何でも、もう二度とするまい、と心に誓った。




