内偵の職員3
それからオーランドは、親睦会の支払いが俺だからといって、まだ昼だというのに呑みに呑んだ。
いつもこうなのか、はりきっているからなのかはわからない。
フラフラになったオーランドが、椅子から転げ落ちそうなところを手を伸ばして支えた。
「呑みすぎではないですか?」
真っ赤になった顔で俺をちらりと見ると、小声でぼそっと言った。
「イケメン……緊張、する……」
「誰のことを言ってるんですか」
会計をその場で済ませ、手を貸そうとすると、ふるふる、と首を振って一人で立ち上がった。
「知ってる。イケメンの手、触ると……妊娠する」
「イケメンではないので、たぶんしないですよ」
そうだったとしても妊娠はしないが。
言うことを聞かないオーランドは、一人で立ち上がり、店を出ていく。
不安に思っていると、大剣の重みに耐えかねて、べちゃっと道にキスをした。
肩を貸して通りを歩き、どうにか宿屋を訊き出して、連れて行った部屋のベッドに寝かせる。
一応明日の朝迎えに来ることを伝えたが、きっと覚えていないだろう。
ランクが上がるほど横柄な態度を取る冒険者は多い。
だがオーランドは違った。
彼女をアイリス支部長が贔屓にしたいと思うのも納得がいった。
オーランドは、何かあっても文句を言いそうにない……ように俺には映った。
物静かで自己主張をあまりしないタイプだ。だから、搾取の対象になっているのかもしれない。
外はまだ明るく、陽が落ちるまでまだ時間があった。
俺は再びギルドへ戻り裏手へ回った。
勝手口らしきところから、男性職員が一人出てくる。
首筋に軽く手刀を落とすと、ガクッと脱力したので、支えて物陰に連れていった。
「借りるぞ。すぐに返す」
服を交換し、制服に着替えた俺は、勝手口から中に入った。
はじめて入ったときに思ったが、職員が多い。ざっと見たところ、一〇〇名はいそうだ。
あれなら一人二人見慣れない者がいても、誤魔化しが効くだろう。
ギルド側に問題があるとすれば、クエスト票に何かしら指示が書いてあるのかもしれない。
支部は違えど、仕事内容が同じだからか、書類のしまってある場所はすぐ見当がついた。
オーランドが担当したクエストを中心にクエスト票を漁っていった。
「何してんの?」
男性職員に怪訝な顔をで話しかけられた。
「先日から一階に配属されたんですが、担当冒険者のクエスト票が、誤ってこちらに混ざってしまって」
と、適当な嘘をついておく。
「あー。あるある」
よくあるミスらしい。
手伝おうか、と申し出てきたが、丁寧に断っておいた。
「二階はCランク以上だから、気をつけろよー?」
俺が愛想よく会釈を返すと、親切な男性職員は去っていった。
ここ数か月のオーランドのクエスト票を集めると、どれもBランク以上のクエストだった。
報酬額はクエストに応じた額になっていて別段おかしな点はない。
ただ、裏を見ると、エルフとだけメモ書きしてあった。
「……」
もしや、と思い、束になっているクエスト票の裏だけを見ていくと、人間以外の種族名が書いてあった。
ラハティ支部では、わざわざこんなことはしない。
「何でだよ、おかしいだろ!」
「ですが……規定の時間を大幅に超えていますし……減額は致し方ないかと……」
カウンターのあたりが騒ぎになっているので、気になって耳を澄ませていると、どうやらオーランドのようにおかしな理由で減額をされた冒険者がいるようだった。
「二度と来ねえからな!」
背をむけて床を踏み鳴らして去っていったのは、ドワーフの冒険者だった。
王都のギルドとこのギルドで、はっきりとした違いがあった。
亜人種の冒険者がここにはまったくいない点だ。
大都市になればなるほど、多様な種族が集まってくる。
だが、王都に次ぐ都市であるこのギルドに、彼らの姿は見えない。
「ごめん、これ、そのファイルにしまっておいてもらえる?」
先ほどドワーフの冒険者を担当した男性職員は、さっき俺に声をかけてきた人だった。
ふたつ返事をしてクエスト票を受け取った。
「怒ってましたね、あの人」
「まあなー。でも支部長の指示だし、こっちもどうにもできなねえんだよなー」
支部長の指示か。
渡された受付票の裏には、ドワーフと書いてある。
減額は、ほとんど言いがかりのような不当なもの。
どうして減額しているのかも、予想ができた。
種族差別は戦前ではよく見かけたが、いまだにいるらしい。
クエスト票の数枚を持って、俺は支部長室をノックした。
「支部長、少々お話があります」
「何の話だ」
「報酬額の件です」
そう言うと入室の許可が得られた。
中に入ると、中年太りをした支部長は、俺の顔を見て不審げに片眉を上げた。
「見慣れない顔だな」
「つい先日配属されたばかりでして」
覚えていない職員ばかりなのだろう。俺の適当な言葉を鵜呑みにしたようだった。
「エルフやドワーフ、獣人……亜人種の冒険者は、報酬を減額すればいいんですよね」
「そうは言ってない。そんな乱暴な。ムハハ」
くぐもった笑い声を漏らしながら、支部長は、たるんだ顎を触る。
「私はただ『上手くやれ』と言っているだけだ。どうであれ、気に入らなければ、余所へ行けばいいだけの話。斡旋してやっているのだ。人もどきにな」
……すべての亜人種を敵に回す魔法の言葉だ。『人もどき』は。
久しぶりに聞いた。戦前も差別主義者がよく使った言葉だ。
「適正な報酬を与えたほうが、ギルドにとっても冒険者にとっても利益のあることだと思うのですが」
「人もどきに同じ扱いをする必要はない。なんなら、君も減額チャレンジしてみるか? より多く減額させられたなら、小遣いにしていいぞ」
ムハハ、と愉快そうに二重顎を揺らした。
「この件は、マスターに報告させてもらいます」
「マスターだぁ? ハン、面白いことを言う。君のような正義漢ぶった輩はときどき現れるが、小遣いの稼ぎ方を覚えると、すぐに前言を撤回する。私に謝罪をしながらね」
元の領主がロクでもないせいか、支部長までこうだったとは。
「報告でも何でもするがいい」
「そうさせていただきます」
「ただな。おまえのような一職員の戯言と、都市イーミルを預かる支部長の言葉、マスターはどっちを信用するだろうな!?」
「大規模クエストで、バーデンハーク公国にギルドを作ることになった話はご存じですか」
「ああ。……それが何だ」
「その大規模クエストを一任された職員の言葉と、差別主義者の言葉、マスターはどちらを信用するでしょう」
支部長は、言葉の真意を考えるかのように真顔で制止していた。
「では、用件は以上ですので失礼します」
一礼して踵を返そうとすると、ガンとかゴンと音を立て、机やソファに足をぶつけながら、慌てたように支部長が俺を捕まえに来た。
「まま、まま、まあ、まあ。まあ、まあ、まあ、まあ、まあ、まあ、まあ、まーーーー。落ち着きたまえ。座ろう、そう、まずは座ろう。何が望みだ? うん? 私が推薦してやろう。支部長にだ。私が口添えすれば一発。な、キミにとってもいい話だ。それでいいだろう、ん?」
「この支部の職員ではないので、たぶんできないと思いますよ」
「んんん? それは、一体……?」
「どうであれ、個人的な思想を仕事に持ち込み差別したことに間違いはありませんので、報告はさせていただきます」
肩に乗せられていた手を払って、俺は支部長室をあとにした。
「待て! 待て――――! 私をどうする気だぁぁぁぁぁぁあ!?」
『影が薄い』発動。
「あ、あれ?」
完全に見失っているのを確認し、俺は手近な窓から外に飛び降りた。
「き、消えたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!? まぼろしぃぃぃ!?」
うるさい男だな。
「そ、そうか、夢か!」
だといいな。
俺はまだ眠っている職員と再び服を交換し、証拠のクエスト票を持って、王都へ転移した。
本部にいたタウロを捉まえ、事と次第を一から報告した。処遇に関しては任せると伝えておいた。




