内偵の職員1
朝出勤し、アイリス支部長からあとで部屋に来るように、と朝礼の最後に伝えられた。
こういうふうに呼び出されるときは、大抵何か別案件の仕事を与えられるときだった。
ギルドが開館し、冒険者がちらほらやってくる。俺を指名する冒険者はいなかったので、席を立った。
「支部長、何のお話なんでしょうね?」
支部長室へ行こうとしている俺に、ミリアが話しかけてきた。
「ま、まさか、立場を利用してロランさんを無理やり食事に連れていく気じゃ……ぱ、パワハラですからね、ロランさん、それ」
先輩らしく俺のことを心配してくれているようだった。
「職権濫用をするような人ではないですよ、ミリアさん」
「むむう……その信頼感がミョーに怪しいです」
ジト目をするミリアに会釈をして、支部長室へ向かいノックをして中に入る。
「失礼します」
「いつも呼び出しちゃってごめんなさい」
いえ、と俺が首を振ると、支部長席の向かいにあるソファをすすめられたので腰かけた。
「余所の支部を中心に活動している冒険者の話で、ちょっと気になることがあって」
「気になること、ですか」
ええ、とアイリス支部長が続ける。
「報酬が安いそうなのよ」
「それは、単なる愚痴ではないのですか」
「その程度ならわざわざあなたを呼び出したりしないわ」
「通常業務とはまた違う仕事ですね」
俺が肩をすくめると、まあねとアイリス支部長は苦笑する。
「報酬は、クエストランクに応じて。これが原則のはずです」
「聞いた話によると、クエストによっては一割から二割ほど安いみたい」
「それは場合にもよるでしょう。常に一律というわけには……」
いや、こんなことはアイリス支部長は百も承知だろう。それでも問題視する何かがあるということか。
「依頼主都合なのか、それとも別の何か原因があるのか、調べてもらえないかしら」
「どうして支部長が調査を?」
わざわざ他支部のことを気にかけるとは珍しい。
「そのことを教えてくれたのが、昔から私がお世話になっているSランク冒険者なのよ」
「なるほど。数少ないSランクの覚えをよくしておきたい、と」
わからない話でもない。
Sランク冒険者が必要なクエストは中々発生しないが、必要なときは、ギルドから直接声をかけることが多い。災害級の魔物を退治したり、群れを退治したり、クエスト報酬は個人で用意できない額になることが多いので、そういった場合はギルド公式のクエストとなる。
「私の都合でごめんなさい。マスターには報告しているのだけれど、ちょっと忙しくて手が回らないみたい」
「支部長個人というよりは、ギルド都合でしょう」
「理解が早くて助かります」
ふふ、とアイリス支部長は微笑んだ。
「何が原因なのかわからないから、慎重にお願い」
「承知しました。表の冒険者にはなったことがなかったので、支部の調査を兼ねて冒険者になってみたいと思います」
「ロランが? あははは。いいわね、それ」
俺の提案はアイリス支部長には好評だったようだが、気になることがあったのか、小首をかしげた。
「表って何?」
「いえ、何でもありません」
「これが終われば、ご飯奢るから。ね?」
「それは――」
「ライラちゃんも一緒! そ、それならいいでしょ!」
俺がこの手の誘いを断り過ぎたせいか、アイリス支部長も学習して予防線のようなものを張りはじめた。
「わかりました。それでしたら、ライラも一緒に是非行きましょう」
「『一緒に』をやけに強調するじゃない」
アイリス支部長は複雑そうな表情をしていた。
都市イーミルの支部へと俺はやってきていた。
以前地下闘技場を運営していたモイサンデル卿が統治していた王都に次ぐ大都市だ。
訪れるのはあれ以来だが、ランドルフ王が派遣した貴族とやらは新領主として上手くやっているようで、町ゆく領民の表情は、以前とは比べ物にならないほど明るかった。
イーミル支部のギルドは往来の中央にあり、場所を聞くまでもなくすぐに見つけられた。
支部は三階建ての立派な建物で、平屋作りのラハティ支部とは大違いだった。
暗殺者でもなくギルド職員でもない何かになるのは久しぶりだな。
「いらっしゃいませ。冒険者ギルドははじめてですか?」
中に入ると、案内係の女性職員がそう尋ねてきた。
きっと俺が見慣れない顔だからだろう。
「はい。冒険者になろうと思って」
「でしたら、三階へどうぞ。そこで受付をして、試験官による試験を行い、資格アリと認められれば冒険者となれます」
ありがとうございます、と一礼し、最上階の三階までのぼっていった。
似たような作りの事務室にカウンターだ。目についた職員に用件を伝えると、奥から男性職員が出てきた。以前は傭兵か何かをやっていたのだろう。制服がまったく似合わないその男の顔には、小さな刃傷が顔にいくつもあった。
「冒険者になりたいって?」
「はい。よろしくお願いします」
先ほど書いた受付票を試験官は読み上げていく。
「ソラン……二三歳、特技は……なし、と……」
すると、がしっと肩を掴まれた。
「悪ぃことは言わねえ。やめときな」
「え?」
「なんかワケありなんだろ、兄さん」
「はい」
「二三歳にもなって、冒険者っていうのは、まあまず大成しねえ。特別なスキルや特技があれば別だがな。コツコツと働いたほうがいい。な?」
うんうん、とうなずきながら試験官は言う。
風貌のイメージとは違い、意外と親切で話す内容はまともだった。
「ですが、ここで冒険者になりたいんです」
はぁ、と試験官に大きなため息をつかれた。
「このあと、魔力検査な。それで問題なかったら、実戦。オレとだ。そこで見込みありと判断したら、合格」
「はい。承知しています」
「物腰が丁寧なのは構わないんだが……なんつーか、冒険者って感じしねえんだよな、兄さんは」
ボリボリと頭をかく試験官。
「本当なら、ここでサヨナラなんだけどな、オレの独断で。ただ最近規定が変わってよ、魔力値やそのときの力だけじゃなくて、性格や将来性みたいなもんも加味しなきゃなんねーんだ。面倒くせえったらありゃしねえ」
辟易するように愚痴を言うと、俺は小さく頭を下げた。
「すみません」
俺が冒険者試験官の講師を以前してから、基準が改定された。
試験官はきょとんとした顔をしたが、とくに気にせず、試験を進めることにしたようだった。
持ってきたのは、お馴染みの魔力測定用の水晶だった。
「手をかざして――」
指示通り、手をかざす。
Fランクからスタートしては、情報を集めるのに時間がかかりそうだ。
噂を訊き出そうにも、駆け出しのFランクを中級以上の冒険者が相手にするとは思えない。
俺が試験官をしているときは合格者は常にFランクスタートだが、独断で開始ランクを上げることができる。
「三万を出したら、最低でもCランクからスタートさせてください」
「うはははは! 三万って兄さん、それができたなら幼少から教育を受けたエリート魔法使いだぜ? わかってんのか? まあ、いいぜ、できるもんならやってみるといい!」
水晶に向けて魔力を放つ。
本気を出してしまうと数値が計測できないので、加減はしておく。
「ぬおおおお!? こ、この光はッ!?」
水晶が強く輝き、数値を浮かび上がらせた。
ん。ぴったりだ。
「さ、三万ちょうど!? 兄さん、あんた一体何者――」
「さあ。次に行きましょう」
「淡々としてる!? もうちょいなんかリアクションねえのかよ……」
唖然としている試験官を俺は促した。




