新たな仕事と反発
ステインの転職を俺はアイリス支部長に報告していた。
要らないとのことなので、預かった冒険証も、ついでに渡しておいた。
「……ステインさんは、牧場の主人とウマが合ったらしく、そこで生活をしていくと思います。仕事も性に合ったんでしょう」
実は、何と言われるか少し心配だった。
冒険者はギルドにとっては依頼の大切な実行者。
彼らがいなければ、クエストが減ることはない。
「あなた、何だかんだで親切でお節介よね」
机の上で頬杖をついて、ふふふ、と微笑んだ。
「そうでしょうか」
「あなた自身が今こうだから?」
「いえ、そういうつもりは」
「いいんじゃない? 年齢を重ねるごとに心境は変化するでしょうし、二〇年前の情熱を持ち続ける冒険者なんて、滅多にいないわよ。時間とともに、気持ちは変わっていくものだから」
「ステインさんのように、真面目な冒険者限定で転職先を紹介してあげられないでしょうか。もしかすると、クエストと冒険者の両方が減ってしまうかもしれませんが」
「いいわよ」
思ったよりも早く返事がもらえた。
「いいんですか? 提案しておいてこんなことを訊くのもあれですが」
「ええ。まだ伝えてなかったけど、職員の二人が退職することになったの。多少は、捌くクエストの数が減ってもいいかなって思っていたから」
そうなると、それはそれでギルドは困る。依頼主から手数料をもらっているからだ。
だが俺の心配はまたしても杞憂に終わった。
アイリス支部長曰く、ここにやってくる冒険者とクエストの数は右肩上がりで増え続けているそうだ。
「冒険者はまだしも、クエストも、ですか」
「たぶん、あなたのおかげよ」
いたずらっぽく、くすっとアイリス支部長は笑い、人差し指を立てる。
「まず、『評判のスーパー職員さん』目当てで冒険者が来ます。……ていっても、七割は年頃の女の子なのだけれど。その冒険者たちそれぞれに合うクエストをその職員さんが斡旋。これがとても効率が良くて、依頼主の方たちからすると、よそのギルドで頼むよりも、何倍も終わるのが早いんですって」
「あまり意識したことはありません」
「でしょうね。だから、多少冒険者とクエストが減っても、問題なし」
それはよかった。
「僕の提案をいつも聞いて下さりありがとうございます」
「お礼はよして。あなたのおかげで色々と助かっていることのほうが多いんだから」
この提案はあなたが中心になってね、と念を押され、俺は支部長室を出ていった。
もう少しで閉館の時間。
ちょうど手が空いていたので、クエスト数を確認していると、なるほど、たしかに俺が来る前後で受領数、完了数、ともに大きく増えている。
やがて閉館し、正面の扉が閉められた。
「ロランさん、今日もお疲れ様でした~」
ぽわぽわ~、と音の出そうな笑顔でミリアが声をかけてくる。
「ミリアさんも、お疲れ様でした」
「今日、ロランさんよかったら――」
ミリア、と他の女性職員に名前を呼ばれ、あ、という顔をしたミリアは、手を振って、「すみません、何でもありません」と苦笑いをした。
不思議に思っていると、数人の女性職員が机を囲んで何かを確認している。その輪にミリアが入った。
「すみませんー! わたし、うっかり」
「今日は誰の番?」
「わ、私です。でも、今日は自信ないから、パス……」
何の話だ。
「あの子ら、何してんだ」
ぼそっと離れたところで男性職員が言うと、隣の職員が答えた。
「一日ごとの順番なんだと」
「何が」
「アルガン君を食事や遊びに誘っていい人」
「んだそれ」
んだそれ、は俺のセリフだ。
だからか。今日は自分の順番じゃないことを思い出したミリアは、何でもない、と濁して去ったのは。
みんな、あとは支部長の終礼待ちといった様子なので、話を切り出すのは今がちょうどいいだろう。
「支部長にも許可をもらった新しい職員の仕事があるんですが――」
俺は冒険者の転職斡旋について、話はじめた。
「冒険者をやめたくてもやめられない人、怪我か何かで本来の力が出せなくなった人など、信用のおける品行方正な冒険者限定でやっていこうと思っています」
「いい案だと思います!」
真っ先にミリアが賛成してくれた。
「おいおいおぃ~。オレらは忙しいのに、勝手に仕事増やすんじゃねえよ。新人クン」
鼻くそをほじりながら、モーリーが椅子に背をもたせながら言う。
「お手間かもしれませんが、冒険者にも、人手が足りずクエストを出さざるを得ない依頼者にとっても、悪い話ではありません。職員の手間も大いに減るでしょう」
完全に興味がないらしく、モーリーは鼻くそを丸めて、人差し指でピンとはじいた。
「ま、そういうのは一人でやってくれやぁ。オレぁ忙しいんだ」
詳細を訊いて、ミリアが改めて賛成してくれた。
「ロランさん、わたし、手伝います!」
それを皮切りに、みんなが口々に言った。
「これしかできない、っていう中年冒険者っているもんな」
「辞めるに辞められないって感じの人もな」
「これ、めっちゃいいと思うよ」
ありがとうございます、と俺は賛同してくれた先輩たちにお礼を言った。
「まあ? 暇な新人クンにしてはイイ案なんじゃないッスかね~?」
「モーリーさん、得意の負け惜しみですね」
ボソッとミリアが言うと、聞こえていたらしく、モーリーが青筋を立ててがなりだした。
「違ぇよ、ミリアちゃん! わかってる? このギルドのエースが、オレってことをよぉ~。あんま、怒らせないほうがいいと思うけど?」
呆れたように、みんながため息をつく。
モーリーの性格を把握してからは、この見栄っ張りな男にも、愛嬌を感じられるのだから不思議だ。
「もう、モーリーさんは仕方ないですね。わかりました。少々お待ちを」
そう言うと、ミリアは俺がさっき見ていた完了済みのクエストの束を持ってきた。
「今日から過去三か月のクエスト票を仕分けます。担当者別に」
ぴくっとモーリーの眉が動いた。
「そ、そんなことしなくっても、オレが一番だってのは、みんな知ってっから――」
「はいはい、そうですね、そうですね、なので確認させてくださいー」
全然取り合わないミリアは、手際よくまとめられた完了済みクエスト票を分けていき、すぐに仕分けは終わった。
「自称エースのモーリーさんは、この三か月で、なんと……四六件のクエストを斡旋し完了させていました。こ、ここまでとは。驚きの数字です……」
頬をピクピクさせるミリアは引いているようだった。
週二日休みなので、勤務日数を考えると一日平均一件未満となる。
「だっろぉ~? 驚くな、驚くな」
誉め言葉だと受け取ったモーリーだけが気をよくしていた。
「わたしは、二三〇件です」
「み、ミリアちゃんの担当数なんて聞いてねえんだよ。新人クンはいくつよ? 五件? それとも一〇件? ナハハハハ」
「ロランさんは約六〇〇件です」
「ナハハ、は?」
「モーリーさんよりロランさんのほうが、一〇倍以上忙しいことがわかりましたよね? 圧倒的に指名数も多いですし、この数は必然でしょう。冒険者試験もお一人で担当していますし、総合的な仕事量だけでいうと、この支部どころかギルド全体でもトップクラスです!」
うんうん、と他の職員も認めている様子だった。
「かっ、数こなしゃいいってもんじゃねえだろうが! オレぁな、一件一件真心を込めてだなぁ!」
ああだこうだ、とモーリーが真心について説明をはじめたが、全員耳を貸さずに、転職システムのやり方について話し合っていた。
「終礼するわよ」
奥からアイリス支部長がやってきた。
「支部長ぉ~、オレがどんだけ優秀かってことをですね、凡人たちにわからそうと」
「聞こえていたわ」
「さすが支部長」
万の軍勢を味方につけたかのように、モーリーは職員たちにドヤ顔を見せつけた。
「数をこなせばいいものではない、っていうのは一理あるわ」
「わかる人には、わかるんだよなぁ~」
「けど、丁寧にするにしても、限度があるでしょう」
旗色がいきなり悪くなったのを感じたのか、いよいよモーリーは押し黙った。
「あなたは、手際が悪いってことを正当化するために、真心って言葉を体よく使ってるだけでしょう?」
「そこまで、言わなくても、いいじゃないッスか……」
「支部長ぉー。モーリーさん、忙しいから転職斡旋はしたくないそうですぅー」
「ミリアちゃぁ~ん、そんなこと、オレひと言も言ってないよー? やるやる! みんなで協力していこうな!」
こうして、あっさり手の平を返したモーリーは、転職斡旋も仕事として認めるようになった。




