斡旋
昼食をアイリス支部長にご馳走してもらった。
支払いを渋ったわけでも、ねだったわけでもないので、財布を出そうとすると、
「こういうのは、普通目上が出すのよ」
そう言って、会計を済ませてくれた。
『普通』は目上が出すのか。覚えておこう。
ミリアは、店に入るまで機嫌が悪そうに見えたが、店の料理に気をよくしたらしく出るころには上機嫌となっていた。
ステインという中年冒険者が出ていってからテーブルの話題は、俺の腕の話や仕事の話が中心となった。
昼休憩が終わりギルドに戻ると、俺は気がかりだったあのステインという男のことを仕事の合間に調べた。
あの店常連というだけあって、主な活動拠点はこのラハティの町だった。
アイリス支部長が言った通り、Dランク冒険者。
高望みはせず、受けたクエストはEランクのクエストがほとんど。
あの店主が言っていたように、数人で活動しているようだった。
「ミリアさん、お仲間はどうしたんでしょう」
「ああ、あのステインさんの?」
うなずくと、ううん、とミリアは考えるように人差し指を顎にあてた。
「わたしも詳しくは知らないのですが、この手の話には、あまり首を突っ込まないほうがいいですよ、ロランさん」
「どうしてですか?」
「パーティの人間関係は、こじれると複雑で、第三者が入ると余計にマズくなることが多いんです。ただステインさんの場合は、完全にお別れしちゃってるように見えますけどね」
言われて思い返してみれば、俺がこれまで口を出した人たちは、こじれる前が多かったように思う。
「ロランさん、気になるんですか?」
「いえ、そういうわけでは」
「ふふ。でも調べるんですね」
ミリアは、ふんわりしている雰囲気のせいで抜けていると思われがちだが、見ている部分はきちんと見ている。
ちらり、と窓の外にステインの姿が見えた。こちらを一瞥すると、足早に歩き去っていく。
「すみません、少し席を外します」
ミリアに言うとふたつ返事が返ってくる。
表から外に出て、覚束ない足取りをしている中年冒険者に声をかけた。
「ステインさん」
足を止めると、覇気のないような瞳でじろりとこちらに目をやった。
「凄腕職員さんが、オレに何の用だってんだ?」
「凄腕ではありません。『普通』の職員です。……あのお店は、よく行かれるんですか」
「ああ……昔からな。仲間と冒険終わりに集まってな」
「クエストは、もう受けないおつもりですか? 最近見てない、と職員が言うので」
「知ってんだろ。仲間に捨てられて、こんな有り様だよ」
触れないつもりでいたが、やはりそうだったのか。
「一人でやってく自信もねえ。今さらこんなオッサンがFやEランクはできねえしなぁ」
この町で活動する冒険者はそれほど多くない。若い駆け出し冒険者ならまだしも、中年冒険者が低ランククエストばかり受けていれば、後ろ指差されるであろうことは、想像に難くない。
仲間に捨てられ、挙句に低ランククエストの小さな稼ぎで細々とその日暮らしの生活……というのは、選択肢にないのだろう。
よっこいせ、と声を出して、道端に座るステイン。
「隣、失礼します」
「汚れるぜ」
「ええ。構いません」
通りを行き交う人たちは、俺とステインを奇異の目で見て過ぎ去っていく。
「あいつらぁ……みんな、もっと派手に活躍してぇんだと」
あいつらというのは、仲間のことだろう。
「ラハティの町で安定安心の冒険者生活をこのまま送ってくんだろうなぁって思ってたのは、オレだけだったらしい。つまんねえんだと。そんな毎日の何がおもしれえんだ? って言われちまってな」
自嘲気味に笑うステインの息には、まだ酒気が色濃く混ざっていた。
安心と安定。
俺が求めた『普通』は、まさにそうだと言えた。何が面白いのか、と問われれば、別段面白いことは何もない。
その質問を投げかけられれば、俺も返答に窮しただろう。
「おもしれえだけが冒険じゃねえだろって、オレが言い返して、それから大揉め。知らねえ間に、あいつらは町を出ていっちまった」
拠点を王都に移したんだろう、とステインは言う。
「追いかけなかったんですか」
「どの面下げて? 野心や野望があるのはいいことだ。だが、大した力のねえオレじゃ、いつか必ず足手まといになる日が来る……それは薄々とわかってたんだ」
この年頃になると、能力の向上は難しい。下降線を辿る身体能力に抗うのがせいぜいだろう。
「お酒を呑んでも現状は変わりませんよ」
「クハハ……手厳しいな職員さん」
「失礼ながら、あなたのクエスト履歴を拝見しました」
「くだらねえ低ランククエストばかりだったろ」
いえ、と俺は首を振る。
「低ランクといえど、困っている人がいるのは確かです。貴賤はありません」
「そう言ってくれるとオレも救われる」
クエスト履歴を見る中で、繰り返しているクエストがあった。
「少しお時間よろしいですか」
「んあ? いいが……何だよ」
「動物、お好きなんですね」
「好きか嫌いかでいやぁ、好きだが……」
その一言が聞けて安心した。
「以前、人手がほしいと言っている牧場があったんです」
俺はステインを伴い町を出ると、郊外にあるその牧場を目指す。
「あなたが何度も警備クエストを受けた牧場です。定期的に冒険者を雇っていたんですが、毎回違う人間が来ては、同じ説明をするのも手間だと」
「職員さん、あんた……アレだな」
呆れたような顔でステインは笑った。
「仕事、しませんか。その牧場で。冒険者に比べれば刺激はないでしょう。毎日同じことを繰り返すだけですから」
返事のないステインだったが、俺のあとにきちんとついてくる。
牧場主の男を訪ねると、ステインのことを覚えていたようだった。
「あー。ステインさん。うちで雇われてくれるのかい?」
俺に訊いた質問だったが、尋ねるように俺はステインに目をやった。
「あー……まあな」
後頭部をかきながら、ステインは目をそらしながら言う。
「たいして給料出ねえんだろうけど」
「Eランククエストを毎日こなすのと、同じくらいだったはずです」
具体的な額を俺が言うと、主人は大きくうなずいた。
「あんたなら歓迎だ。若い冒険者は目を離せばすぐサボろうとするが、その点あんたは、何度も真面目にやってくれた。だからよく覚えているよ」
主人が好意的で俺も一安心だった。
「リタイアしたとしても、誰もあなたのことを笑いません。冒険者のまま呑んだくれているほうがよっぽど悪いです」
ステインは少し考えるように目を伏せて、首を縦に振った。
「わかったよ、やるよ。もう刺激なんか求めちゃいないオレには、ぴったりの仕事ってわけだ」
ステインと主人が顔見知りとあってか、話はすぐにまとまった。
それから、ステインを町で見ることは少なくなった。
だが、たまに夜になると、酒場で主人と酒を呑んでいるのを見かける。
元々ウマが合ったのかもしれない。
派手に飲んだり賑やかにしゃべることはもうないだろうが、その酒は美味そうだった。




