セカンドライフ
新しい腕にも慣れはじめてきた。
ワワーク・セイヴが製作した腕輪を装備したまま日常を過ごすようになって一週間ほど。
『魔鎧』という魔力を纏う技術の応用で右腕を形成することのできる腕輪だ。
俺はそれをそのまま日常生活でも使うようになった。
ワワークは、吸血族の技術者であり研究者だった。ライラも魔王軍の陣営に加えようと思ったほどの男だったが、反純血派という純粋な魔族に対して反抗心を持つ思想だったため、ライラからの誘いを断ったいたそうだ。
そのワワークならライラの首輪を直せるだろう、と考え捜索をしたが、まさか彼が製作者本人だとは思いもよらなかった。結果的に、首輪は修復するよりも作り直したほうが早いとのことだったので、製作を依頼した。
この腕輪もその際に作ってもらったものだ。頼んだわけではなく、ワワークの趣味のような製作物だったが、今となっては重宝している。
「ロランさん、よかったです……。義手が手に入って」
俺が以前通り両腕で仕事をしていると、見かける度にミリアがそんなことを言う。
「お礼をしなきゃですね」
「いえ。使ってくれることが一番のお礼だそうです」
「そうなんです? 変わった方ですね」
きょとんとしたミリアが言った。確かに、少し変わった男だった。
ワワークは、人種こそ吸血族であるが、自分に興味のあることを探究したいという好奇心の塊のような男だった。
変わったやつではあるが、有能であることには違いなかった。
ミリアが言うように、俺もお礼をしようとしたことがあるが、使用感や改善点などの感想を教えてくれるのが一番の礼だとワワークは言った。
ミリアが言った義手……魔力の腕は、見た目は青みがかった半透明の腕だった。
それを人前に出して説明したり尋ねられたりするのも面倒なので、今右腕は指先から肩口までを黒いアームカバーで覆っている。
とくに苦労したのが右指の細かい動作だったが、それもいよいよ慣れはじめ、ペンを握って文字を書くこともできるようになった。
周囲には、義手義足の開発者に作ってもらった、としている。
本来であれば、ライラが保存魔法を使っておいた右腕をどうにか接合する方法を探す予定だったが、その腕は盗難に遭ってしまった。
あんなものをほしがる輩がいるとは驚きだ。知らない者が目にすれば、まず間違いなく悲鳴を上げてしかるべきものだというのに。
それに気づいてからしばらくすると、勇者パーティの一員だったエルヴィが俺を訪ねてきた。
内々に教えてくれたことは、ルーベンス神王国の国王暗殺だった――。
受付待ちの冒険者たちの話が耳に入る。
「ルーベンス王が亡くなったらしいな」
「ああ、病死って話だ。後継者を決める前らしいから、こりゃひと悶着あるぜ」
ルーベンス神王国で近衛隊長を務めるエルヴィが教えてくれた通り、公表された情報は病死。
だが、実のところは暗殺だった。
俺が護衛や警護のいろはを教えたエルヴィの守備を潜り抜け、仕事をこなした暗殺者がいる――。エルヴィに調査を頼まれた俺は同意し、ルーベンス神王国へと向かった。
だが、調べていくほどに、暗殺はかなり困難な状況だとわかり、唯一できるとすれば俺くらいだろう、と思った。
……まさか、本当に『俺』が犯人だったとは思いもよらなかったが。
俺の偽物は、ライラをさらい、俺をおびき寄せた。
どうやら俺を殺して自分が本物になろうとしているようだった。ちょうどもらった腕輪の試運転もかねて、俺は自分と戦うことになった。
腕輪の効果は抜群で、新しい戦術も増え、偽物を捕縛するに至った。
うりふたつの双子と言えばいいだろうか。姿形、思考回路、スキルでさえも同じ男。捕縛後、俺も情報を訊き出そうとしたが、何も話すことはなかった。エルヴィたちも試したが、結果は変わらず。さすがは『俺』といったところか。そののち速やかに処刑されたと聞く。
偽物とはいえ、自分自身と同じ人間が処刑されるのは、あまりいい気分ではなかった。
俺の右腕の紛失と偽物の登場は、何か関係があるのだろうか。
もし、腕から『本人』を作り出すことができるのであれば……。
「ロランさーん? お昼休みですよー。一緒にランチでもどうでしょう……!」
いつになく顔を強張らせたミリアが言った。
そういえば、今日はライラが作る弁当はないんだったな。食べなくてもいいが、仕事の合間に休む、というのは、どうやら『普通』のことらしい。
一食くらい食べなくても仕事に支障はないが、休みもせず食事もとらず、仕事に没頭するのは、どうやら『普通』とは違うようなのだ。
「それでは、ご一緒させてください」
「えっ、いいんですか」
「ええ。誘ったのはミリアさんでしょう?」
「そ、そうなんですけど、オッケーしてくれるとは思わなくて」
すぐ準備しますー! と、そばの机であれこれ用意をはじめた。髪を触ったり鏡で顔を確認したりしたミリアは、財布を手に、フンス、と鼻から息を吐いた。
「では行きましょう」
「はい」
裏口からギルドを出ようとすると、おーっほん、と大きな咳払いが聞こえ、ミリアの表情が曇った。そして、嫌そうに眉をひそめて後ろを振り返る。
「……何ですか、支部長」
釣られて振り返ると、そこには、財布を手にしたアイリス支部長が支部長室の前に立っていた。
「ランチ、行くのね」
「便乗ですか」
「私も、ちょうど今お昼休みに入ったところなの」
「便乗する気なんですね?」
「もしよかったら、私もいいかしら」
「やっぱり便乗! どうせ、わたしたちが廊下を歩くところが見えて、慌てて出てきたんでしょーっ! 『私、お昼休み、お昼に取らないのよ。みんなが交代で休んでるから、支部長は最後なのよ』って前にドヤ顔で言ってたくせにー!」
「たまたまよ、たまたま」
んもう、とミリアは頬を膨らませた。
「わたしも目撃したときは、空気なんて読まずに全力で便乗しますからね」
「望むところよ。かかってきなさい」
ということで、今日はアイリス支部長も一緒に昼食を食べることになった。
支部長の案内で、おすすめという店までやってきた。
「いいじゃない、ランチ一食分浮くと思えば。支払いは私が持つんだし」
「そーですけどぉ」
静かな店内には、それに見合った紳士淑女が数人。威勢のいい冒険者たちが来るような店ではないようだ。
テーブル席に着き、メニューを見ていると、離れたテーブルでは内装にそぐわない冒険者が一人酒を呑んでいた。
担当をしたことはないが、何度か見たことのある男だ。
「ステイン・マックロイ……Dランクだったかしら」
こそっとアイリス支部長が声を潜めた。
「彼、最近よくいるのよ」
「ステインさん、最近見ないと思ったら、こんないいお店で呑んだくれていたんですね」
別段珍しくもないのか、ミリアも気にした様子はない。
見ない、とミリアが言ったことから、うちのラハティ支部には少なくとも顔を見せていないようだ。
「冒険はしてないんでしょうか」
俺が尋ねると、アイリス支部長は苦笑する。
「してるようには見えないわね」
「ロランさんが担当する人は、根は真面目だったり向上心や野心たっぷりだったりする頑張り屋さんが多いです。でも、実際は、あの手の人が冒険者の大半です」
と、ミリアが補足してくれた。
言われてみれば、そうかもしれない。
実力不足だとしても、人間性を加味して合格にする冒険者志望の者がいるし、実績がなくても上のランクのクエストを斡旋することもある。
すべて人となりと能力を総合した上での判断だ。
だから、俺にクエストを斡旋してほしい冒険者は、強くなりたかったり、上のランクに行きたかったり、そういった向上心溢れる者が多い。自然とクエスト内容もキツいものが多くなりがちだった。
見たところ、ステインの年齢は四〇半ばを過ぎている。
身体能力はもう下り坂。全盛期はもう二〇年ほど前になるはずだ。
手元に残ったのは、低ランククエストをこなしてきた実績と経験だけ……といったところだろうか。
「すまない、店主。葡萄酒のお代わりをくれないか」
ステインが店主を呼ぶと、呼ばれた男はため息をついた。
「ステインさん。ツケもずいぶん払ってもらってない。常連だったから目をつむってたけど、本来ツケ自体うちは許してないんだ。……悪いが、今日はもう出てってくれないか。ツケが支払えなきゃ出入りは禁止だ」
至極真っ当な店主の主張に、
「わかったよ。……悪かったな」
小声でボソりとこぼしたステインは、小銭をカウンターに置いて席を立ち、店を出ていった。
「足りてないし……まったく」
小銭を数えて店主はため息をつく。
俺はステインのことが気になったので訊いてみた。
「ステインさん、お金もないのにここで呑んでいたんですね」
「ああ、職員さん。……はい。以前は羽振りがすごくよかったんです。仲間たちと一緒によく来てくださって、楽しくここで呑んでくれたんですがねぇ」
「仲間?」
「ええ、最近見ないですが」
と、言葉を切って、店主は肩をすくめた。
「どうしたんでしょうね」




