ルーベンス神王国からの密使8
「本当に……ロランが二人……」
気を失った右腕を引きずりエルヴィの屋敷に戻ると、俺と偽物をエルヴィは何度も見比べた。
俺はエルヴィが持ってきた縄で右腕を縛り上げていた。縄抜けができないように厳重にしたので、脱走することもないだろう。
「こいつが国王殺しの犯人のようだ。あとを頼みたい」
「わかった。すぐに地下牢を手配しよう」
「貴様殿と同じスペックなら、地下牢くらい脱出してしまうのではないか?」
「俺は物理的な縛りに弱い。足枷や手枷をつけて鉄格子を閉ざしておけば、出るのは容易ではない」
「ロラン本人がそう言うのであれば、そうなのだろう。警備や監視を含めあとで一度確認してもらいたい」
「それはおまえの仕事だろう?」
「だが……」
『俺』相手ではエルヴィも自信がないらしい。
「……わかった。あとで行く」
「感謝する」
エルヴィは屋敷を足早に出て行き、使用人に厩の愛馬を連れて来させ、それに跨り颯爽と王城のほうへと駆けていった。
ライラが念のため、と睡眠魔法を使った。
「本当に、よくできておる。そなたの皮を被った何か、という可能性は?」
「ない。あれは間違いなく俺の『影が薄い』だ」
「……やはりそうか。この男に一度目の前でスキルを使われたとき、魔王城での戦いを思い出した」
転がっている右腕に俺は腰かけた。
「どう思う? 孫の手として利用していた俺の腕がなくなり、こいつが現れた」
ぺしぺし、と起きる気配のない右腕の頭を叩く。
「腕から発生したとも言っていた。虚言として聞き流してもよかったが……」
「妾もそなたも知らぬ未知の技術……とするほうが自然であろうが」
堂々巡りで俺もライラも意見は的を射ていない気がした。
「しゃべってくれればいいが、無理だろうな」
ライラの提案で、叩き起こした右腕にあれこれ魔法を使ってみたものの、どれも効果はなかった。
だが、再び睡眠魔法を使うとあっさり効いた。
「情報を引き出そうとする魔法は無効か」
「その手の魔法が通じぬ、ということか」
魔族の魔法は人間の魔法よりも優れている。体系的にそうだと感じる。
魔族の頂点にいるライラが無理なのであれば、人間には到底不可能だ。
「偽ロランはどうして生まれ、どうしてなり代わろうとしておったのか……」
同じ疑問を持つ俺たちに、明解な答えは出なかった。
しばらくして手配が済んだと戻ってきたエルヴィが教えてくれた。
眠ったままの右腕を引き渡し、捕らえておく地下牢を確認しについていく。
エルヴィの部下に案内され、王城を地下へと下りていく。
部下が手にしていた燭台を壁にかけると、全容が明らかになった。
そこにあった牢屋はたったひとつ。
フロアをたった一人で使えるとは、ずいぶん好待遇らしい。
「監視はいない。食事を与えるときだけ、ここへ降りてくる。その係は毎日変える。不規則にだ。あまり接する機会は増やさないほうがいいとだろうと思ったのだが、どうだろう」
「ん。いい配慮だ。言葉巧みに人心を操ることもできるからな」
「「できるのか……」」
ライラとエルヴィが呆れたような顔をする。
「そのために必要なのが、時間と個人との信用関係だ。それを築かせないようにする必要があるが、エルヴィのそのやり方なら問題ないだろう」
部下が右腕の両手足に枷をつける。枷には鎖が繋がっており、両手は常に引っ張られている状態となった。
部下が目隠しをさせ、頭の後ろで布を結ぶ。それと同じ要領で布切れを噛ませてやはり頭の後ろで結んだ。
鉄格子を開けて出てくると教えてくれた。
「この鉄格子には反魔法素材が使用されています。後々にわかったのですが、この素材は、スキルも通用しないのです」
「特別な人間を捕らえておくためだけの地下牢だ」
エルヴィが簡単に言い直した。
「逆VIP待遇だな」
試しにライラが魔法で軽く攻撃してみたが、鉄格子はうんともすんとも言わない。
「む。やるな……」
設備に関しても監視のやり方にも文句はない。
人為的なミスが出なければここから出られないだろう。
「人が来たときだけここに燭台を置きますが、それ以外は完全な暗闇です。目隠しの分、より光を感じることは難しいと思います」
燭台を取ると、光が届かない箇所から暗闇に沈んでいった。
城内に出ると、案内をしてくれた部下は元の仕事へ戻った。
近衛兵たちの詰め所となっている部屋に向かい、どう扱うかを決めていった。
「ルーベンス神王国としては、早々に処刑しておきたい」
「だろうな」
捕らえ続けていれば脱走のリスクが高まる上に、事情がやたらと込み入っているし手間でもある。
ライラが目配せをしてくる。わかっている、と俺は小さくうなずいた。
「あいつが、どういう存在で存在意義は何なのかが知りたい」
「そんなものを知ってどうする?」
「魔族にも人間にもない技術だ。あいつは俺の腕から発生したという」
「戯言を」
「だと思うだろうが……あのスキルは、俺だけのスキルで、身のこなしも戦闘中の思考回路も俺そのものだ。おまえも顔を見ただろう」
「それはそうだが……」
難色を示すエルヴィに、ライラが続けた。
「今回は、たまたまこやつの腕が選ばれただけかもしれぬ」
「……一体誰に」
「それがわかったら苦労はせぬ。保存していた腕から体が生えて瓜二つどころかそのものが形成されてしまう――そんな技術が存在するのであれば、堅物娘よ、わかるか? 髪の毛一本からでも『本人』が生まれてしまう可能性もある」
「過去の英雄も魔王も、復活が可能となる」
「私に、どうしろと……」
「時間をかけて拷問をしてほしい。かつてやられた中で一番ツラかったものがある」
それは、囚人暗殺の仕事があったときのことだった。囚人として監獄に潜入したときにやられた。
「痛みには強かった俺は、今度は闇の中で放置された。どれくらいそうだったのかはわからない。時間感覚が麻痺し、飢餓状態が続き、酷いありさまだった。ただ、たまにやってくる看守が、ひと舐め程度の水をくれる。簡単な挨拶をしたり、世間話をしてくれたときもあった。逆に何も言わない日もあった。無明で無音で無機質な闇の中にいると、頭がおかしくなりそうだった。そんな中だと、その看守は救いの神に等しかった。彼は俺に何も訊かなかった。そういう拷問だった」
「で……どうなったのだ?」
エルヴィが興味深そうに尋ねた。
「話しそうになった。自分が何者でどうしてここにいるのか、誰を殺す必要があるのか――。そうすれば、彼はそばにいてくれると思ったからだ。自分の仕事なんかよりも、目の前にいる男が俺に興味を持ってくれるほうが、大切に思えた……そう思い込むようになってしまった」
あとになりわかったが、囚人の誰かが大金を監獄の外で隠し持っている、と話題になったのが拷問の発端だった。
その誰かは、俺がすべてを看守に打ち明ける前に、大金の在処をしゃべり、俺は解放された。
結果から言うと、そいつが俺の標的だった。
「話させるのではなく、自ら話したくなる環境を作る、ということか」
「そういうことだ。監視や世話をするだけならあれで構わないが、魔法で情報を引き出せないのなら、こうしていくしかないだろう」
「ううん……」
エルヴィの反応は悪い。
「そなたもしや……」
にやり、とライラが悪い顔をして笑う。
「『ロランと同じ姿形をしている者に、そのような酷いことはできぬぅー!』……とでも?」
「うっ……」
図星だったらしく、エルヴィは顔を赤くしていた。
「し、し、仕方ないだろう! 苦難を乗り越えてきた仲間と同じ容姿なのだ。中身が違うならまだしも、ロランは自身と同じだと言うし……どうしても躊躇してしまう……」
「おまえがツラいなら、別の誰かに任せればいい。あいつの救いの神になるのは、そう難しくない」
「わ、わかった。そうしよう」
「腑抜けめ」
「う、うるさい!」
こうして、右腕のしばしの処遇が決まった。




