ルーベンス神王国からの密使7
新しい腕で何ができるのかを確かめた俺は、すぐに王都ウイガルへと戻った。
敵の狙いが俺である以上、ライラやエルヴィのそばにいると巻き込む恐れがあるため、同じ廃墟で右腕を待った。
夜が更け、月が傾き始めた頃。
右腕は正面からやってきた。
「よくここだとわかったな」
「自分の気配を、俺がわからないはずないだろう」
「それもそうだな」
俺の攻撃は致命傷には至らなかったらしく、見たところ、戦闘に支障はなさそうだった。
例の腕は、魔力を放出することで維持できるため、今は消してある。
敵の虚を突くいい材料だ。
何度か出したり消したり繰り返し、スキルと同じ感覚で腕を発現させることができるようになった。
「おまえの目的は何だ? 俺になり代わる……ただそれだけだとは思えない」
「しゃべるはずがないだろう」
腕が体を生成する……そんな技術が可能なら、死者の定義が大幅に変わってくる。
どこかでも同じようなことが起きているのか、それとも俺を選んでそうしたのか。
疑問も興味も尽きないが、どんな拷問を受けても答えはしないだろう。
「おい右腕。今日の戦闘を、おまえ、楽しんでいただろ」
「……わかるか」
「当然だ。俺もだからな」
戦闘スタイルが噛み合うと、自分の長所を活かした攻撃を互いにする。
それを何度もだ。
互いの長所をいかに消すか、という戦いをすることもあるせいか、自分の最高の攻撃を繰り出すことに集中できるのは、比較的精神が昂る。
右腕は、あらかじめ用意していたらしいナイフを懐から取り出した。
見たところ安物だが、『俺』たちの技量ならそれで十分だろう。
「待っていたくせに、手ぶらなのか?」
「俺自身が最高の武器であることに変わりはない。道具は、場所も得物も選ばない」
「すぐ後悔することになる」
俺はふっと笑った。
俺に対して同じセリフを言った人間が何人もいる。
無造作に構えた右腕が、スキルを発動させる。
それがわかるや否や、俺も『影が薄い』を発動させた。
俺たちのスキル自体は、相性が悪い。結局、前回同様相殺されるだけとなった。
スキル無しで接近し、右腕はナイフを振るう。
室内に銀色の軌跡が色濃く残った。
鼻先でそれをかわすと、敵のもう片方の手が別のナイフを握っていた。
やはり手数で押す気か。
二本のナイフをかわしながら、隙を見て足技攻撃を仕掛ける。
これは防がれたが、あまりない攻撃パターンにかすかな戸惑いを見せた。
「『すぐ後悔することになる』……そんな安いセリフを言ってくれるな」
不快そうに眉をぴくりと動かすと、今度は俺を真似て足技攻撃を絡めはじめた。
俺も回避と防御を中心に、牽制するような蹴りを見舞う。
だが互いの攻撃はいずれもクリーンヒットしない。
「スキルが無効だとわかると、選択肢がひとつになってお互いやりやすいな」
俺が言うと、答えないまま右腕は攻撃を再開した。
だが、その分地力の差が明暗をわける。
そもそも俺は、何度も何度も攻撃をしかける戦闘スタイルではない。
文字通り、一撃必殺を何よりの信条としている。
攻撃すれば最後、ナイフを振るえば最後。そんな戦いがほとんどだった。
敵と何分も剣戟をかわすことなんて、滅多にない。覚えている中でエイミーとあと何人かくらいだ。
冷静に右腕の攻撃を見ていると、『俺』たちがどれほど長期的な戦闘慣れしていないのかがよくわかる。
最初は様々な攻撃を見せていたが、余裕がなくなったのか、それともこれでいいと思っているのか、攻撃パターンが読めるようになってきた。
ナイフを足下、突きで喉元、次は左のナイフ――。
そんな具合に、敵の攻撃は予想の範囲内に収まった。
「右腕、おまえに想定外をもう一度見せてやる」
腕輪に魔力を流すと、一瞬にして失くしたはずの腕が形成された。
「――!」
驚いた表情を浮かべる顔面に、魔力の拳を突き刺す。鼻っ柱に一撃を与えると、まだ混乱しているであろう敵の腹部に左拳を叩きこ込む。
くの字になった右腕が、その場で崩れ落ちた。
「想定外は、いつだって起きるぞ」
「くっ……!」
旗色が悪くなったのを悟ったのか、右腕がスキルを発動させた。
一瞬にして周囲から姿を消した。
ダメージが入ったことで総合的に負けると判断したか。
だが、逃がすわけにはいかない。
二度の逃走を許す俺ではない。
想定した逃走ルートは見事に正解し、右腕の背中を捉えた。
「俺に『後悔させてやる』と言ったやつは、全員自分が後悔するハメになった」
「チッ――」
手負いではあるが、容赦する気はない。
こいつの容姿や能力がどうであれ、この国にとっての大罪人だ。
『こういう使い方はできるか?』
『あー! あー! いいね、それ! できる!』
と、ワワークにお墨付きをもらった攻撃がひとつある。
『影が薄い』スキル発動。
同時に、魔力の腕から一部の魔力をさらに放出。
右手首から先が、青白い弾丸として射出された。
キュオン、と小気味いい音を発し、青白い弾丸はこちらを向いていた右腕に直撃。
数メートル吹き飛ばした。
弾速もかなり速い。上々だ。
速いだけの攻撃が『俺』に当たるはずもない。
「正面からこちらを見ていた右腕が反応もできないとはな」
俺はなくなった右手首を見る。
『影が薄い』スキルは、俺の全身に及ぶ。
効果中にその一部が放たれたのだから、数瞬は確実に認識できない。
「俺に飛び道具か……。フン、面白い」
どうやら、ただ腕が元に戻る以上に強くなってしまったようだ。




