ルーベンス神王国からの密使6
呻きをもらした右腕は、顔を歪めるとスキルを発動させ視界から消えた。
「……」
まさか比喩でも何でもなく、自分と戦うことになるとはな。
小さく息を吐いて、ライラがいるとされる奥の部屋を覗いた。
ライラは白い顔色でぐったりとしている。
座っていたであろう椅子に突っ伏すように、ぼそりとつぶやいた。
「あ、頭いたい……」
『シャドウ』を出し、俺の下まで送り、敵が誰なのかヒントになる会話をし続けたことを褒めようと思ったらこれだ。
「気持ち悪い……」
「おい、ライラ」
しゃがみ込み、視界に入ると、びくっと肩をすくませた。
「見ろ、隻腕のほうの俺だ」
「貴様殿であったか……ややこしい……」
「ああ。本当にそうだな」
肩を貸そうとしたが、自力で立てないと言うので、背におぶることにした。
「揺らすな、揺らすな……」
という文句も今日は力がない。
「ライラ、あいつが何者なのかわかるか?」
「わからぬ……。分身を作る魔法が魔族にないわけではないが、術者が発動させる必要がある。そなたはそのようなことはしておらぬであろう」
「そんな魔法があるというのも初耳だ」
「うむ。であれば、皆目見当がつかぬ」
「間違いなく国王殺しはあいつの仕業だ。そしてこの国にやってきたおまえをさらい、俺と対峙した」
「……偽物はどこへ行った?」
「俺に棒きれを胸に刺されどこかへ消えた」
「そなたは、自分ですら容赦ないのだな。物理的にも精神的にも」
「何を言う。自分だからこそ容赦しないんだろ。口ぶりからして、俺になり代わろうとしているふうだった。だとすると、国王殺し自体が、俺たちを呼び寄せる罠だった……」
「そう考えるのが自然であろう。回りくどいことをせず、直接家にやってくればよいものを」
それは俺も考えていた。
俺を殺し、正式に俺になりたいのであれば、わざわざルーベンス王を手にかける必要はない。
「なぜだと思う?」
「うむう……腕試しとするのなら妥当か」
「右腕が、自身の性能を試すために?」
「うってつけであろう。国王など、そう簡単に暗殺できるものではない。その点は、さすが伝説の暗殺者と言ったところか。そしてそれを聞きつけた貴様殿がやってくる――という流れだ」
「さすが、俺……と、実力を誇ってもいいが、事が大きすぎる」
「このことが内外に漏れれば」
「国王殺しの大罪人とされるだろうな」
事件を納めるには、右腕を密かに殺すのではなく、捕らえてエルヴィに突き出す必要がある。
「いよいよ妾とともに魔界に行くことになるかもしれぬな?」
後ろから聞こえる声はどこか楽しげだった。
「犯人が『俺』だとバレればな」
捕らえるとして、今回のように上手くいかないだろう。
俺は『俺』を過不足なく評価している。
片腕の攻撃速度も次は計算に入れるはずだから、同じ手は使えない。
「捕らえられるか?」
「わからない。だが……」
捕らえるのは殺すよりも難しい。
実力伯仲の相手に、そんな加減はできない。
そんなことをしていれば、次は俺が負ける番だ。
「あてがないわけではない」
「ふふふ。妾には、そなたの考えが手に取るようにわかる」
俺の考えを読むのは簡単だ。
「今のところ、手はそれしかないからな」
ライラがぎゅっと首に腕を回した。
「身分も名も伏せ、そなたとともに世界中を旅する生活も悪くはないが」
「悪くはないが……何だ?」
「妾は、あの家を気に入っておる」
「それはよかった」
「励むがよい」
「仰せのままに」
俺が冗談めかして言うと、からからとライラは笑った。
おぶったライラは、エルヴィの屋敷に帰るころにはずいぶんと調子を取り戻していた。
「どこに行ったのか心配したぞ」
使用人たちに何も言わず出ていったせいで、エルヴィは俺たちのことをずいぶん捜したようだった。
「すまない。緊急事態でな」
「緊急事態?」
「話はあとにせよ。まずは夕食である」
それもそうか、と納得したエルヴィとともに食堂で食事をする。それが済むと俺とライラの客室にエルヴィを招き、今日あった出来事を話した。
「……ロランが、二人? そんな……」
不審そうにエルヴィは目を細めた。
「馬鹿な、と思うだろうが、事実だ。容姿、戦闘中の思考回路、スキルも動きもそのまま俺だ」
「たしかに偽だとして、ロランの能力なら私の警備をすり抜け陛下を暗殺することもできる、か……」
顎に手をやって、エルヴィは小難しそうに顔をしかめた。
「ロラン、どうする気だ。この件が明るみになれば、偽物だとしてもおまえは」
「わかっている。だから何が何でも俺はあいつを捕らえなければならない。偽物は俺になり代わるのが目的らしいから、また俺の前に姿を現すだろうが、腕試しで各国の王を殺して回るかもしれない」
くくく、とライラが他人事のように笑う。
「なんと迷惑な男か」
「暗殺という手段を取れば、きっと誰も止められない……くッ、迷惑過ぎる……!」
王城の警備を預かる身としては、これ以上ない難敵と言えるだろう。
「ロラン、どうする気だ? 何か手はあるのか? 今日は追い払えたらしいが、次はどうなるか……」
「心配するな。新しい手がある」
「?」
やはりな、という顔のライラと、ぽかんと口を半開きにするエルヴィ。
「少し外出する」
どこへ? と尋ねるエルヴィには答えず、俺は客室をあとにした。
ライラはついてくるつもりはなく、俺の帰りと答え合わせを楽しみに待つようだ。
屋敷の物陰に『ゲート』を設置し、先日作った別の『ゲート』へとジャンプした。
地下通路を歩き、ワワークの工房へやってきた。
「ワワーク・セイヴ、いるか」
声を上げると工房内ではよく響いた。檻の中にいる魔物が声に真っ先に反応しギャアギャアと騒いだ。また別の魔物に術式言語を刻み出荷する気らしい。
「やあ。ロラン君」
顔色の悪い吸血族の男が奥から顔を覗かせた。
「右腕が必要になった」
それを聞いたワワークは、したり顔でニヤついた。
「何だかんだ言って、やっぱりほしいんじゃないか」
「今回に限りだ。終われば無くなっても構わない」
「ハハハ。そんなチンケな物を作る気はないよ」
こっちに、と手招きされて、奥へと招かれた。
洞窟の一部を改造したらしいこの部屋は、色んな書物が山積みになり、丸められた紙くずが転がっていた。ひとつを手に取ると、術式言語らしき文字が羅列されており、そこにいくつもの斜線が引かれていた。
「実は、どうせこうなるだろう、と思って作っておいたよ」
「助かる」
「男の子はやっぱり強くなりたいものだからね」
「……だから、そういうわけではないと」
「わかってる、わかってる。冗談だ。まともに取り合わないでおくれ」
机にあったそれを、ワワークは手にした。
「やはりボクは、体に身につける道具を開発するのが好きらしくてね。結局この形態に落ち着いたよ」
一見して首輪に見えるが、「腕輪だよ」とワワークは言った。
「これを君の肩口に残った腕に装着すると――」
「腕が生えてくるのか」
「当たらずとも遠からず! 使いこなすためには、訓練が必要だよ」
「概要を教えてくれ」
そうだね、とワワークはうなずいた。
「これは、脳の記憶を司る器官にアクセスし、発現させた魔力を特定の形状に留めることができる」
「もっと簡単に言ってくれ」
「要は、魔力の腕ができる」
「ふうん」
「ここ、驚くところなのに……」
なぜだかワワークはがっかりしていた。
「そのためには、魔力制御を上手くやる必要があってね。だから訓練が必要なんだ」
試しに、肩口に巻いて輪を締める。激しく動いても取れないようにぎゅっと縛った。
魔力の抑制、制御、増幅を得意としているワワークならではの発想だ。
「ただ魔力を腕輪に流せばいいってわけじゃないよ。腕と同じ機能をさせるための過不足ない魔力が必要だ」
『魔鎧』でやっていることをもう少し緻密にやるイメージでいいだろうか。
「やってみるといいよ」
促された俺は、腕輪に魔力を流す。
腕と同じ機能をさせるための、魔力……。
「まあ、ニンゲンどころか、魔族にだって難しいだろうね」
腕輪が淡く光り、血管のような青い管がいく筋も腕輪から伸びる。
二の腕を形成し、肘に至り、手首、そして五指を作った。
「へ……?」
ワワークが目をしばたたかせている。
青い血管で形作られた腕と言えばいいだろうか。魔力を素材としているため、透けてはいるが。
「ふうん」
青い右手がグーパー、グーパーと拳を作っては開くことを繰り返した。
きちんと俺の意思通り動かせる。
筋肉も骨もないため、重みをまるで感じない。
「え……嘘。何でできるの?」




