とある冒険者のセカンドライフ 後
◆ミュー◆
王女勇者のアルメリアに子供たちを紹介されてからその日は慌ただしくなった。
子供の相手に、家事などを含めた雑用など、仕事は多岐にわたり、初日から目の回るような忙しさだった。
「たまーに、農家のおばさんとかが来て、お野菜くれたり子供たちの相手をしてくれたりするんだけどねー。本当に、パワーが凄まじくてついていけなくなるわ」
落ち着いてきた夕方あたりに、アルメリアがため息交じりにぼやいていた。
「あの……王女様とアルガンさんは、どういったご関係なんでしょう?」
「えっ!? わ、私とロラン!?」
声を上ずらせ、頬を染めるアルメリアが、何だか微笑ましく思えてきた。
向かうところ敵なしの英雄も、色恋ではそういうわけにはいかないらしい。
初々しい反応に、ミューはくすりと笑ってしまう。
「た、ただの……友達……? 先生? ってところよ。それだけじゃないんだけど!」
それだけじゃないのよ、ともう一度繰り返したあたり、相当想っているらしかった。
「ミューさんは……ロランとは本当に何もないのよね?」
「ええ。私は、ギルドで顔を合わせる程度で、接点もそれほどなかったので」
「そ、そう。ふうん」
ほっとアルメリアが胸を撫で下ろした。
ロランは敬語ではなくため口を使っていて、アルメリアのことをよく知っていそうな雰囲気だったから、教え子と先生という関係なら納得だった。
勇者であるアルメリアがここにいるからか、パーティの一員として名を馳せたリーナも孤児院にいた。
「ロラン、もう帰っちゃったの……?」
大魔法使いと巷で呼ばれる彼女も、彼が来たと知れば、その名を口にせずにはいられなかった。
「ええっと……。ま、また来るって言ってたから、リーナちゃん、大丈夫よ」
「ロラン、いつもすぐ帰っちゃう……リーナ、ロランとお話したい……」
「今度は、私からも言っておくわ」
「……うん」
子兎のような愛らしいリーナの頭を撫でると、気持ちよさそうに目を細めた。
リーナがこの孤児院出身だということは、後々になってアルメリアから聞かされた。
魔法の使い方については、やはりロランから学んだという。
「アルガンさんって……何者……?」
ミリアに担当をしてもらっていたので、彼の人物像はいまいちつかめないでいた。
そして、いつしかミューは、冒険者としての日々を振り返っても苦ではなくなった。
子供は好きだし、一緒に遊ぶのも楽しい。家事を邪魔されたり、捗らないときもあるけれど、満たされた気持ちになる。
かつて師を得て魔法を学んだけれど、もう使えなくてもいいのかもしれない。
「ぐうううううって、あつめるの。ぐうううううって」
魔法を教えるリーナの言葉は、感覚的過ぎて、まるでわからない。体内の魔力集束のことを言っているのかもしれないが、それも定かではなかった。
リーナが発動させた魔法は、確かにすごいものだけど、この状態では、初歩の初歩も理解できていないだろう。
「リーナちゃん。私が教えてもいい?」
「……うん」
「みゅーみゅー、魔法できんのー?」
快活な男の子がからかうように真っ先に声を上げた。
「魔法って、難しいんだからー」
おませな女の子がそれに続く。
できるだろうか、と自問して、体内にある魔力を燃焼させる。人それぞれ感覚が違うらしいが、ミューは燃焼という表現が一番しっくりときた。
久しぶりの感覚に、懐かしささえ覚えた。
燃焼させた魔力の対価として、手の平に小さな炎が現れた。
「「「すごーい」」」
「えへへ。できたでしょ? 簡単なことから教えていくからね」
こうして、ミューの魔法講義がはじまった。
自分は魔法使いとしては三流かもしれないが、初歩の知識や技術を教えることはできる。
それが、子供たちのためになるのなら、苦労は厭わなかった。
ひと月ほどすると、ロランが様子を見にやってきた。
「どうですか。孤児院での生活は」
「大変ですけど、充実した毎日です」
「それはよかったです」
にこりと笑みを覗かせるロラン。
ああ。
と、納得してしまう。
無表情だったり、クールに見えがちな彼が、花が咲いたような笑顔を見せるのだ。
整っているだけあって、その破壊力はすさまじいものがある。
「ううん……なるほど……」
「どうかしましたか」
ああ、いえ、とミューは濁しておいた。
「ロラン、あとでリーナとおままごとしてー」
来訪を教えたときから、リーナはずっとロランの腰に抱き着いたままだった。
「おままごと……何をすればいい」
「お父さん」
「父役か……いいだろう。知識としては知っている。父とは何か……。ついになり代わることなく終わったが、まさかこんなところでおまえに披露することになるとはな」
「やったー」
一〇歳ほどのリーナは、どこか幼い。同じ年ごろ女の子は、オシャレをしたり男の子を意識したりしはじめているのに、精神的にはまだ五、六歳と変わらなかった。
「じゃ、リーナ、ロランの妹する」
「妹?」
「うん。ざいさん、ぶんよの話をするの」
「ほう。賢くなったな、リーナ」
本気なのか、ふざけているのか、ロランを見ているとさっぱりわからなくなる。
「どうかしましたか」
「それも魅力の一つなんだろうなって思っていたところです」
わからないように言ったせいもあり、ロランは怪訝そうに首をかしげた。
「ミリアは、どうしてますか?」
「元気ですよ。ここで働いていることをお伝えすると、喜んでいました」
「そうですか」
一度会って話したいと思っていた。
冒険者として、使い物にならなくなりはじめた自分のために、心を砕いてくれた、優しい彼女。
何も言わないままの別れになってしまったことが、気がかりだった。
だが意外なことに、その機会はすぐに訪れた。
「ミューさん!」
庭で子供たちと遊んでいると、聞き慣れた声がして顔を上げると、ロランが、ミリアを伴って孤児院を訪ねてきていた。
「ミリア!」
駆け寄ってきたミリアを抱擁すると、肩の上でぐすぐすと泣きはじめた。
「ミューさぁぁぁぁん、よがっだですぅぅぅ。すっかり元気になってぇぇぇぇ」
「アルガンさんのおかげなの」
「聞いてますぅぅぅ」
子供たちに遊んでいるように言って、自室へと案内した。
ベッドとテーブルと椅子が二つの質素な部屋だ。
自分はベッドに座り、二人に椅子を勧めた。
「辞めちゃうなら、それでよかったんです……」
あのときを振り返って、ミリアがぽつりと言った。
「でもミューさん、追い詰められたような表情をずっとしてて……かなり病み病みモード全開で……見ていられなくて」
「ごめんね、ミリア。それと心配してくれてありがとう。もう大丈夫だから」
ロラーン! とリーナの声がして、軽く会釈をして部屋を出ていった。
近況の報告をお互いしていると、ミューは言っておきたいことを思い出した。
「ミリア。アルガンさんって、何者?」
「ロランさんですか? わたしの後輩です」
「そうじゃなくて……。王女様の先生? だったり、大魔法使いと呼ばれるリーナちゃんも大好きで慕ってるみたいだし……」
「ロランさんあるあるですね。すごい人と仲が良い」
「どうして?」
「わかりませんけど……それがいいんじゃないですか」
さっきまで泣いていたのに、目元からはキラキラした星のようなものを出すミリアだった。
「ミステリアスで、クールで、カッコよくて、紳士で……」
もう手遅れだったか、とミューは内心ため息をついた。
「ミリア、やめておいたほうがいいわよ。アルガンさんは」
「どうしてですか」
不満げにミリアは唇を尖らせる。
「……だって……」
あの王女がベタぼれなのだ。
器量はたしかにいいけど、町娘Aのようなミリアが敵うはずもない。
「あ。わかりました。ミューさんも好きになったんでしょぉぉぉ? ダメですからね、ロランさんは」
「そういうことじゃなくって」
「ライバルを減らそうという作戦ですか。そういう冒険者さんは今まで星の数ほどいたので、わたし、動じませんから」
「告白は? したの?」
ぼふん、とわかりやすくミリアが顔を赤くした。
「遠回しに……というか、恥ずかしいのでわからないように、伝えました……」
「伝わなかったら意味ないじゃない」
「うぅぅ……で、でも……フラれてしまったらわたし、お仕事行けません……!」
「頑張ってね。ミリアなら大丈夫!」
「何の根拠もない応援ありがとうございます」
「ちょっと、そんなこと言わないでよ」
ミリアの皮肉にそう返すと、二人して笑い合った。
「今日は二人とも休みなら、このあとご飯に誘って」
「う。い、言わないでください……。そのつもりだったんですから。キンチョーします……」
子供たちがいる庭に戻ると、二人は小さく会釈をした。
「ロロロロロロロランさんっ!」
「はい」
「きょ、今日、夕食……一緒に……どう、ですか」
「ええ。構いませんよ」
ぱぁぁぁぁぁぁ、とミリアが満点の星空のような表情をして、ミューを見る。
ぐっと親指を立てるとミューもそれに応じた。
スキップしそうなほど浮かれているミリアとロランの二人を見送った。
「上手くいくといいけど」
お世話になっている王女様には申し訳ないが、ミリアとくっつけばいいのに、と思わずにはいられなかった。




