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外れスキル「影が薄い」を持つギルド職員が、実は伝説の暗殺者  作者: ケンノジ


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とある冒険者のセカンドライフ 前


 事務室でいつも通り仕事をしていると、アイリス支部長がやってきた。


「この前の講習、かなり好評だったみたいよ?」

「そうですか」


 俺はただタウロが言ったように、普段していることを聞かせたまでだ。

 それをどう受け取ったかまではわからないが、好評ならよかった。


「マスターがまた頼むって」

「僕は講師ではなく、職員なので……あまり……その」

「ライラちゃんにも聞いたわよ。あなた、人前に立つのが苦手だったんですって?」


 あいつ、余計なことを……。


「いえ。ただ慣れてないだけです。それに、次はありませんから」

「ふうん。じゃあ、そういうことにしておきましょう」


 ふふふ、と上機嫌に笑ってアイリス支部長は自室へと戻っていった。


 俺が講習をしたのは、一時間ほどで、それが二回。ギルド全体にどれほど影響を及ぼすのかといえば、さざ波程度だろう。それよりもセラフィンがタウロについたことのほうが大きい。

 あいつは、アルメリアがいずれ王となったとき、影で支えることになるだろう。


「ロランさーん。お昼休みですよー? ランチ行きましょ、ランチ」


 席を立ったミリアがるんるん顔で話しかけてきた。


「すみません、今日はライラに家まで戻ってこいと言われてて」


 弁当を作る予定だったが、数度の失敗を繰り返したらしく、「ええい! 昼飯は作っておく! そのときに帰ってくるがよい!」と半ば自棄になっていた。


「そうですか……残念です」


 しゅん、と肩を落とすミリアに、「また機会があれば」と付け加え、俺はギルドを裏口から出ていく。


 そこには、膝を抱えた女がいた。


 肩を震わせながら、鼻をすすっている。どうやら泣いているらしい。


「……」


 確か、この女は……。


「どうかしましたか?」

「あ……アルガンさん……」


 顔を上げた女は、思っていた通り、ミュー・ロールだった。

 二〇歳半ばの中級冒険者で、仲のいいミリアが担当することが多かった。


「冒険者様用の入口は、ここではないですよ」

「はい……」


 ミューのことについて、ミリアにも一度相談された。


 だから何に悩んでいるのかも想像がついた。

 彼女は、王都で魔法を学んでいた魔法使いだったそうだが、それをやめてこうして今は冒険者となっている。


「ミリアさんから聞いています。あまり、お気になさらないほうがいいですよ」

「そうですか……?」


 簡単に言うと、斡旋されたクエスト――ミリア曰くミューなら問題なくこなせるものだったらしい――を失敗してしまったらしい。


 失敗は失敗という結果でしかないから、反省し次に活かせばいい。

 と、俺は思うのだが、そうは思えない生真面目な冒険者だったらしい。


 それがきっかけで、低ランククエストを斡旋しても、立ち竦んだり、途中で気分が悪くなったりすることが増え失敗を繰り返しているそうだ。

 一度の失敗が大きなトラウマになり、また同じことを繰り返すのでは、と憶病になったり、これくらいはクリアしなければ、と重圧を感じたりして、失敗の種を作る悪循環を続けているらしい。


「知り合いの誰かと組む手もありますし、またFランククエストからゆっくりとこなしていけばいいと思います」

「そうじゃないんです……」と、ミューが首を振った。


「それも考えました。でも……ギルドに入ろうとすると、気分が悪くなってしまって……。それどころか、魔法が、上手く使えなくなって……」


 途中で声を震わせ、また泣き出してしまった。

 精神的に相当参っているらしい。

 繰り返した失敗のせいで、今まで学んだ魔法すらも使えなくなってしまったのか。


「ミリアさんを呼んできましょうか」


 俺の提案に首を振った。


「ミリアには、よくしてもらっているぶん、こんな姿を見せられなくて……申し訳なくて……」


 ミリアが色々と考えてくれたクエストを失敗した罪悪感もあるんだろう。


 今まで通りに力を使えないというのは、どういう気持ちなんだろう。

 俺は幸い腕一本で済み、スキルはこれまで通り使えるし、暗殺術も覚えている。仕事にも支障はきたしていない。

 だが、そうじゃなかった場合――。

 もしかすると、落ち込んでしまうのかもしれない。


「少しだけお時間よろしいですか」

「え?」


 左手を差し出すと、それを掴んだ彼女を立たせる。


「一緒に来てほしいところがあります」


 涙のあとが残るミューを連れて、俺は『ゲート』で移動をした。





「ここは――」


 一瞬にして周囲の光景ががらりと変わり、ミューがあちこちを見回している。


「転移魔法の一種を使いました。そしてここは、とある孤児院です」


 中から騒がしい子供たちの声が聞こえてくる。


「孤児院……」

「はい。手が足りないらしく、手伝ってもらえる方を探していたんです。子供、お好きですか?」

「ええ……」

「それならよかった」


 俺はまだ苦手だが。


 中へミューを案内すると、廊下にいたアルメリアと出くわした。


「あ。ロラン」


 ミューが俺とアルメリアに視線を何往復もさせている。


「え。え。お、王女様……? ど、どうしてここに……?」


 細かい説明はあとでいいだろう。


「アルメリア、人手不足は解消されたか?」

「まだまだ全然」


 ため息まじりに言うと、目を細めた。


「その女の人、誰」

「ミュー・ロールさんだ。色々あって、今は冒険ができない。ここの手伝いをさせたいんだが」


 嫌ではないだろうかと目線をやると、戸惑ってはいるが、拒否の声は上げなかった。


「ミューさん、いいですか?」

「は、はい。冒険ができないとなると、衣食住に困ってしまいますから」

「よかったです」


 話を聞いていたアルメリアが、ぱちんと笑顔で手を叩いた。


「なんだ、そういうことだったのね。ミューさん、色々と説明するからこっちへ」

「はい」


 俺もあとについていくと、院長室……アルメリアの部屋にやってきた。

 乱雑に物があちこちに置かれ、書類も机の上に散らかっていた。


「アルメリア。部屋の乱れは」

「精神の乱れだって言いたいんでしょ? わかってるわよー。でも、忙しいからどうしても……」


 適当にソファやローテーブルを片付けたアルメリアは、俺たちにかけるように勧め、事務的な話をはじめた。


「ミューさん、ビビるくらいハードだから、覚悟してね」

「は、はい。それは冒険者してたので大丈夫です」


 ドンドン、と扉が叩かれた。


「いんちょー!」

「ゆーしゃー!」


 子供の元気な声がした。


「げー!? 来た! ロラン、いないって言って、いないって。相手してたら事務仕事なんにもできなくなっちゃうんだから」


 くすくす、とミューが笑っている。

 仕方なく俺が扉を開けると、


「いんちょ……え……」

「ゆーしゃ…………ちがう」


 真顔になった子供たちが、涙目になりはじめた。

 アルメリアとはまるで違う男が現れたせいだろう。悲鳴を上げて一斉に逃げ出した。


 後ろでアルメリアの笑い声が聞こえた。


「ふふふふ。ぷぷぷ。ロラン、強い……」

「どうにも子供には好かれるタチらしい」


 皮肉を言うと、ミューも笑った。


 事務的な話は、衣食住の話と給料の話だった。


「私はお城とここを行ったり来たりだけど、ミューさんにはここに住んであの子たちと一緒に生活してもらいたいの」

「はい。大丈夫です」

「お給料はそんなに多くはないのだけど……二五万リン、というのが出せるお給料よ」

「そんなに?」

「結構多いな」

「え? たった二五万よ? ……多いのかしら」


 衣食住を保証したうえで二五万……。

 俺のギルド職員の給料以上だ。


「どうやら、王女様は金の価値もわからないらしい」

「そ、そんなわけないじゃない。ちょっと市民の生活を知っているからって、偉そうに……」

「知っているんじゃなく、その生活をしているんだ」


 目で確認すると、ミューは小さくうなずいた。


「人手はあと何人くらいほしい?」

「そうね……あと三人くらいなら問題ないはずよ。人件費余っているからって、王城の文官が」

「俺が腕を失くしたように、冒険者はいつ再起不能になるかわからない。能力や肉体、精神や年齢だったり。俺が問題ないと判断した人物なら、一度ここに紹介してもいいか?」

「ロランがそう判断したのなら、いいわよ」

「助かる」

「アルガンさん、わたしでいいんでしょうか?」

「はい。ミューさんがいいんです。あんなふうに重圧を抱え込むのは、優しくて真面目で責任感が強い証拠です。魔法の知識があるし、冒険者としての経験もある。今、ちびっ子天才魔法使いが子供たちに教えているみたいですが……」


 アルメリアを見ると、呆れたように笑って首を振った。


「もう、まるでダメ。擬音で説明するから、みーんなわかってないのよ。リーナの授業は、私にも難しいわ」


 やはりそうなったか。


「というわけです。暇があれば教えてあげてください」

「はい」


 ミューなら上手くやれるだろう。


「ミューさん、子供たちに紹介するから、行きましょう」

「わかりました」


 部屋を出て庭のほうへむかう二人に、俺は別れを告げた。


「自分の仕事に戻る」

「うん。またね、ロラン」

「アルガンさん。ありがとうございました」


 俺は首を振った。


「いえ、いい人材がいたので、もったいないと思っただけですから」


 もう一度礼を言って、ミューは頭を下げた。


「冒険証に更新も期限もありませんから、無理に冒険をする必要はないんです。ミリアさんは寂しがるでしょうが、きっと喜んでくれるはずです」

「そうだといいんですけど」


 ミリアのことを思い出してか、困ったようにミューは笑った。


「またいつか、そのときまでお待ちしております」


 そう言い残し、孤児院をあとにした。


 俺が暗殺者をやめギルド職員になったように、冒険者にだって、次があっていいはずだ。

 得た知識や経験、能力は、ひとつの仕事に限定されるものではないのだから。



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