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外れスキル「影が薄い」を持つギルド職員が、実は伝説の暗殺者  作者: ケンノジ


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隻腕の講師5


 俺の知っているセラフィンに戻るまで、二日を要した。

 その間俺は、最後の講習を終え、あとは町へ帰るだけとなっていた。


「ロランさん、ようやく飲み終わりました」


 王城の客間で、俺が来ていることを知ったアルメリアとお茶をしていると、セラフィンがやってきた。


「セラが……お酒臭くない……!?」


「アルメリアさん、レディにむかって失礼ですよ?」


 うふふ、と元通りになったセラフィンは笑う。


「ロラン、あんた一体何をしたのよ。セラは、あのまま王城地下に住む魔物になるんだと思っていたわ」

「おまえにしたのと同じことだ」

「私? も、もしかして――き、き、キスっ!?」

「は?」


 テーブルを囲むように椅子に座る俺とアルメリア。そこまでセラフィンがやってくる。


「すぐそうやって色恋沙汰にしようとするなんて、アルメリアさんは相変わらずですね」


 血色もずいぶんとよくなっていた。

 自分の体重の三倍以上もある水を飲み続けたのだ。もう体内にアルコールは残っていないだろう。


 世間話を軽くして、アルメリアに別れを告げた俺とセラフィンは、客室をあとにした。


 俺と魔王の関係を、セラフィンは勘づいたようだが、覚えているだろうか。

 あのときは、かなり酩酊状態だった。


 それが気がかりな『シャドウ』は、警戒するように距離をとって後ろをついてきている。

 俺のそばにいると、確信に至るヒントをまた与えてしまうと思ったんだろう。


 強かで鋭いセラフィンのことだ。

 あのときのことを訊かないほうがいいかもしれない。藪蛇になるようなことは避けたい。


「どこへ行くんですか?」

「タウロのところだ」

「タウロさん? あの冒険者の?」

「今は冒険者ではなく、冒険協会の会長……いわゆるギルドマスターというやつだ」

「そうだったんですか」


 あっけらかんとした口調でセラフィンは言った。

 いつからあそこにいたのかと訊くと、終戦後からほぼずっとらしい。


「セラフィンに頼みたいのは、タウロのサポートだ」

「はあ……サポート、ですか?」


 ギルド本部までの道すがら、俺は冒険者ギルド上層部とそのマスターの関係性をセラフィンに教えた。


「そんなことが……。というより、ロランさん?」

「何だ?」

「今では一介のギルド職員なんですよね? ……そのロランさんが、どうしてこんなことまでタウロさんのお世話をしないといけないんでしょう?」


 至極もっともな意見だった。


「タウロは、その手のことに気が利かない。叩き上げの冒険者だからな。タウロがその座を奪われることになれば、貴族がいいように冒険者ギルドを利用する。すると、不正や忖度、賄賂が横行する不公平な組織となってしまうだろう。そうなれば……あとはわかるだろう?」


「依頼人たちにも不満が出るはずですから、頼むことは減ってしまう……」

「ああ。そうなると、上のご機嫌窺いの部下しか残らない。意に沿わない職員は辞めさせられてしまうだろう」


 ううん、とセラフィンは首をひねった。


「貴族の顔色窺いは、ロランさん、得意だと思うんですが」

「得意、好き、苦にならない、これらは別のものだ」


 それもそうですね、とセラフィン。


「それで暇な行き遅れ処女神官であるわたくしに白羽の矢を立てた、と」

「そういうことだ」

「自虐を一切否定せずスルーするなんて、さすがロランさんです」


 そういう褒められ方をしたのははじめてだった。






 ギルド本部に到着すると、タウロの部屋までやってきた。


「わたくしにできるでしょうか」

「おまえなら問題ないはずだ」

「ロランさんがそうおっしゃるのなら」


 にこりと笑顔を覗かせるセラフィン。


 扉をノックすると中から「入ってくれ」とタウロの声がした。

 室内に入ると、小難しい顔で書類を睨むタウロがいた。


「どうした、似合わない顔をして」

「オレだってこんな顔はしたくもない。が、これから本部役員会議があってな……」


 ん、と顔を上げたタウロがようやくセラフィンに気づいた。


「こんにちは、タウロさん」

「守護聖女様が、どうしてここに?」


 戦時中はそんな呼ばれ方もしていたな、と少し懐かしくなった。


 俺とセラフィンは、ローテーブルを挟んだソファに座った。


「俺は、下っ端の職員だ。貴族連中に何かを言ったとしてもロクに取り合ってくれないだろうし、折衝は適役ではない。セラフィンなら、上手くやってくれるだろう」

「おぉぉ……。なんとも心強い」


 書類を置いて立ち上がったタウロが、向かいのソファにやってくる。


「なかなかのキレ者だ。頭の回転も速い」

「もう……照れます」

「ロランにそこまで言わせるとは」

「ロランさん、結婚してくれってことですか?」


 いつの間にか、窓の外にいた『シャドウ』がじいいいいいと俺を注視している。


「セラフィン、褒めるイコール結婚という図式をまずどうにかしろ」


 タウロがセラフィンをちらっと見て、目をそらす。

 当時から俺は勇者パーティの一員として行動をしていたので、彼女たちの容姿について何とも思わないが、やはりその美貌は群を抜いているらしく、いずれも人気が高い。幼すぎるからリーナは省く。


 タウロがドギマギしているのも、納得だった。

 見目麗しくとも、ミリアやアイリス支部長あたりがちょうどいいのかもしれない。


「その会議とやらで、試しに使ってみないか?」

「いいだろう。だが、次回でも構わんぞ? 会議はすぐはじまる」


 俺がセラフィンに視線をやると、小さく微笑した。


「資料か何かがあれば、把握できると思います。それと、タウロさんがそれを踏まえてどうしたいのかも教えてください」

「よし、わかった」


 会議の資料をローテーブルに広げ、タウロが自分の考えを話す。タウロを降ろそうとしている貴族側の主張がおそらくこうくるだろう、という予想込みで、簡単に打ち合わせをしていく。


 議題は、先日の大規模クエスト――バーデンハーク公国にギルドを設置したことによる嵩んでしまった経費についてだった。


 話を聞いていて、こう言われたら俺ならこう反論する、というのはあるが、俺が言っても効果はない上に、場を乱す結果になりかねないので、会議には出ないほうがいいだろう。


 セラフィンの働きぶりは気になるので、『シャドウ』を出して一部始終を見守らせてもらうことにした。


 時間になり、職員一人がタウロを呼びに来た。


 会議用の資料を手にして、タウロとセラフィンは部屋を出ていく。


 発動させた『シャドウ』にこっそりとあとを追わせ、会議室に忍び込んだ。視界と聴覚を同期させた。

 役員とされる貴族数名とタウロが席に着き、空席にセラフィンが座った。

 進行役の職員が、不思議そうにセラフィンを見ると、察したタウロが口を開けた。


「彼女は、知っているとは思うが、セラフィン・マリアードさんだ。これから私のサポートをしてもらうことになった」


 紹介すると、セラフィンが小さく頭を下げる。

 向かいの役員たちは露骨に嫌そうな顔をした。


「マスター殿は、勇者パーティの威光を盾に取らねば物が言えぬらしい」


 嘲笑をむけられるが、タウロは陽気に笑った。


「そうなのだ。学のない冒険者上がりゆえ、みなに迷惑をかけていたが、これからそのようなことはなくなるので、安心してもらいたい」


 本音をぶつけ合わない会話は、俺は苦手だ。タウロはずいぶんこの貴族たちに詰られてきたんだろう。似合わない作り笑いがいい証拠だ。


 会議は早速本題に入った。


「バーデンにギルドを創設……それは構いませぬが……かかった経費をいかに回収するおつもりで?」


 バーデンハーク公国の女王レイテたっての希望で引き受けたが、資料によると、創設費用はこちらが大部分を負担したそうだ。


 バーデンハーク公国は、先行投資できるような資金はそもそもなかったので致し方ないが、貴族の疑問ももっともなものだった。


「それについては、こちらの資料をご覧いただこう」


 全員に資料を回したタウロが、それについて説明をする。


「費用回収は長い目で見る必要がある。だが、その頃にはバーデンハーク公国は復興を果たし、両国を強く結びつけてくれる――」


 はぁ、とこれ見よがしに貴族の一人がため息をつき、小馬鹿にしたように、隣近所と目を合わせた。


「費用回収の話をしているのであって、国同士の友好関係について論じているわけではないのですよ」


 想定してない反論だったのか、うぐ、とタウロがわかりやすくひるんだ。

 顔に出やすいのは、こいつの欠点だな。


「論点はズレてないですよ? みなさんこそ、資料をよくご覧ください」


 セラフィンが助け船を出すと、数枚の資料を見た貴族たちが首をかしげた。


「冒険者ギルドは、必要な組織だからこそ設立されたんです。領主や警備の騎士に依頼するよりも手軽で小回りが非常に効きます。人も物資も足りない現状で、冒険者という存在は非常に重宝されることでしょう」


「……だからどうしたと言うのだ」


「復興する際に必要なのは物資の数々です。バーデンハーク公国は、その物資をどこから持ってくるのでしょう」


 ふうん。いいところを突く。俺も同じことを言っただろう。


「……」


 今度は貴族たちが黙る番だった。


「物資は、近隣国のフェリンド王国からも輸入するのです」


 様々な物資を商人たちがフェリンド王国で買い付け、金を落としていく。


「そうなれば、経費回収程度の細かい話ではなくなります」


 畳みかけるように、話を大きくしたな。そのタイミングも上手い。


「物資の輸送、護衛は、冒険者ギルドのクエストによくあるものです。……ですよね?」

「あ、ああ、そうだ」


 慌ててタウロが肯定する。


「冒険者ギルドも、その手のクエストが常に舞い込み、大忙しとなるでしょう。数が増えれば、利益が増えるのは道理です」


 押し黙った貴族たちを見て、してやったりといった顔をしているセラフィンが、今にも忍び笑いを漏らしそうだった。


「足下ではなく、大局を見てご意見くださいね? ……ぷぷ」


 これが決定打となり、会議はスムーズに進んだ。


 会議が終わり、『シャドウ』を消して待っていると、セラフィンとタウロが部屋に戻ってきた。


「なかなか痛快だったぞ、ロラン」

「おまえがもっと賢ければ、誰も苦労しないで済んだんだがな」

「何だ、聞いていたのか?」

「ちょっとした魔法でな」


 何もかもを器用にやれ、というのは、酷な話なのかもしれない。


 隣にやってきたセラフィンに言った。


「やはり、おまえに任せて正解だった」

「そうですか?」

「ああ。俺が言っていれば、角が立つようなことでも、おまえなら黙らすことができる。あの手の輩は、発言者の足下を見るものだからな」

「『ああいう場で重要なのは、何を言うかではなく誰が言うかだ』……ですか?」

「? ああ、そうだ」

「ロランさんが教えてくれたことですよ。『相手を納得させるために、ブラフも有効だ』とも」


 さっぱり覚えがない。


「『たいがいの者は、木を見て森を見ない。細かい指摘をかわせたら、話を大きくしろ。それだけで相手は混乱する』――わたくし、よく覚えているでしょう?」

「俺が? 言ったのか?」

「はい。自分は適任ではないから、と、わたくしにみっちりと交渉や会議のイロハを叩きこんだんです」

「そうだったか」


 あまり覚えはないが、そう言われると、そうだった気もしてくる。


「アルメリアさんは国を背負っていますし、エルヴィさんは他国のご令嬢で、リーナさんは幼すぎます。中立的な神官というのも、役目としてちょうどよかったんでしょう」


「なんだ……結局ロランが仕込んだことでどうにかしてしまったのか」

「そういうことです、タウロさん」


 ふふふ、とセラフィンは笑った。


 あの様子なら、タウロの相談役も十分こなしてくれるだろう。アルメリアをはじめとした王家とも繋がりがあるし、いい潤滑油になってくれるはずだ。


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