隻腕の講師4
翌朝、俺はセラフィンがいるとされる王城へ向かった。
王城でランドルフ王に軽く挨拶をしようと思ったが、外出中らしく私室にはいなかった。アルメリアは、孤児院のほうにいるとのことだった。
『王城の酒蔵を己が部屋としておるのか……』
「酒蔵というか、酒の保存庫だな。そこの酒が呑み放題なのは、魔王撃破の報酬だそうだ」
『ううむ……とはいえ、限度があるであろう、限度が……』
俺もそう思う。
勇者パーティ……俺、アルメリア、リーナ、エルヴィ、セラフィン――。この中だとネジが飛んでいると思われがちなのは俺だが、実際一番ヤバいのはセラフィンだ。
『どのような人物なのだ?』
俺を王の友人として知っている王城の使用人たちは、見かけたそばから立ち止まり、小さく一礼をする。
「セラフィンは……一番クセのある人物と言っていいだろう。アルメリアは猪突猛進、リーナは純真で天然、エルヴィは馬鹿真面目。セラフィンは……慇懃無礼」
『全然褒めてないが……とりあえず失礼なのだな』
「頭もいい」
まあ、会ってみればわかる。そう言って、俺は王城の地下へと降りていき、保存庫を見つけた。
入口の扉に「セラフィン・マリアードの部屋♡」とも書いてある。
『貴様殿、わかるぞ、妾にも。ヤバいやつだというのが……!』
そのヤバさの一端を嗅ぎ取ったライラは、警戒心を高めているようだった。
ここに終戦してからずっとこもっているらしいので、ランドルフ王はセラフィンには内緒で密かに保存庫を別に作ろうとしているという。
ノックもせずに中に入ると、樽に頭を突っ込んでいる女がいた。修道服から脚が覗いている。
「おい、セラフィン。生きてるか?」
のっそりとした仕草で樽から頭を出した。セラフィンで間違いはないが、顔色が悪い。
「あー、ロランさん……わたくしに会いに来てくれたのですね~」
「久しぶりだな。おまえに頼み事があるんだ」
「腕はどうされたのですか?」
「なくなった。風通しがよくなっただろ?」
「うふふ~。冗談が上手に……うぷ……」
『貴様殿、危険な香りがする……! 距離を十分とっておいたほうが……』
ぐいぐい、と『シャドウ』が服を引っ張った。
「お手紙も返信してくれませんし、どうしちゃったのかと、わたくし……」
「どうもしない。質問をして、その回答をしてくれた。やりとりは、それでおしまいだろ」
「アルメリアさんではなく、行き遅れたわたくしをもらってくれるお手紙かと期待しましたのに」
「残念だったな」
ここでずっと呑み散らかしているようで、空のボトルがいくつも転がっている。蓋の開いた酒樽は両手では数えきれない。
「王城のお酒が思った以上に美味しくて……ここから抜け出せないんです……」
「そんなもの、おまえの意思ひとつだろう」
えぐ、うぷ、えぐ、うぷ、と涙をちょちょ切らせながらえづきはじめた。
セラフィンのことを訊いたときに、アルメリアが言っていたな……。
『セラは今や保存庫の魔物と化しているから、自分から出てくるまで待ったほうがいいわよ?』
待ちたいところだが、そうも言っていられない。
「セラフィン、おまえの力が必要だ」
「ロランさん……ついにわたくしの母性と魅力に気づいて……」
「違う、仕事の話だ」
「えぇぇぇ、仕事ですかぁぁぁ」
落ちていたグラスを拾って、樽の酒を汲み、それを背にして飲みはじめた。
目がとろんとしていて、心なしか右に左に体が揺れている。
『嫁の貰い手がいないのも納得である……』
ぼそっとライラがつぶやいた。
「あれ、今の声……魔王の……その魔法で作られた人形から……」
鋭い。
酔っ払いの視線から逃げるようにライラは俺の後ろに隠れた。
「そんなことはどうでもいい」
「ロランさんが死体も残さずに死んだなんて信じられませんでした。後々になって無事だったとアルメリアさん伝いで伺うんですが……。首輪のことをお手紙で訊かれて、それまで疑問だったことと、今の声で点が線になって、ははぁーんと気づいてしまいました」
「だったらどうする?」
「ロランさんがいれば世界は平和ですから、問題ありませんよ」
にこり、と笑顔を浮かべた。
「俺はおまえの折衝手腕を買っている。孤立しがちだった俺たち勇者パーティと各軍団を上手く連携させられたのは、おまえの対外折衝能力が高いからだと思っている」
「えへへ」
俺がその役を買って出てもよかったが、どこにも角を立てずに納得させる、というのは、俺にとってはかなり難しいことだった。
どこの馬の骨ともわからない男にあれこれ言われても、軍団長たちは納得してくれないし、反発も大きかったはずだ。
「結婚してもいいってことですか?」
「違う」
「やっぱり、アルメリアさんやエルヴィさんたちに比べて一〇歳ほど年を食っているから――!? リーナさんに至っては三倍近く……」
「そうじゃない」
と、否定するが、よよよよと泣き崩れてしまった。
『……クセしかないではないか。こやつ、ヤバい上に面倒くさいのでは……!?』
さすがのライラもやや引いていた。
それからは、何度言っても堂々巡り。
力を貸してくれと言うと、結婚の話だと思い込むし、それを否定すると、年齢がどうだと涙を見せる。そのうえで、俺をちらりと観察する。なんとも打算的な女だ。
「仕方ない。あれを使おう」
準備のため、俺は『シャドウ』に手伝ってもらいながら、別の保存庫から水の入った大樽を転がして運んできた。
『これをどうする気だ?』
「まあ、見ていろ。――『リアルナイトメア』」
『おお、妾がずいぶん前に教えた魔法』
魔法をセラフィンに使った。酔っ払い状態では、使い物にならん。
「――セラフィン、これが新しく開発された、呑んでも呑んでも気分が悪くならないとされる伝説の美酒だ」
「そうなんですか? ロランさん、ありがとうございます。……わたくし、わかっていました。ロランさんは、こんな酔っ払いの行き遅れ女でも見捨てない、と」
胸の前で手を組んで神妙な顔で俺を見つめる。
「見てくれや年齢ではない。重要なのは、中身だ」
「ですよね……! ロランさんは、わかっています……!」
そうだ。中身だ。
アルコール漬けの体内をまずはどうにかしてくれ。
「伝説の美酒……いい香りです……」
すううう、と鼻から息を吸い込むと、樽の蓋を剥がすと思いきや、
「ヌン!」
拳で叩き割った。
『な、なんとも豪快であるな……』
「セラフィン、おまえのために用意したものだ。俺は上にいる。全部飲んだら教えてくれ」
「わかりました!」
セラフィンは、俺たちがいるのも忘れて水に夢中になりはじめた。
保存庫を出ていき、王城内にある適当な客間を使わせてもらうことにした。
「全部飲んで、体内の水分を循環させれば、今よりはまともになるだろう」
『貴様殿よ、妾を見破った件……もしやカマをかけられたのではないか?』
「……」
『戦争中、ニンゲンの前に姿を現すことはあったが、声を聞かせる機会はなかったように思う』
思わず舌打ちをしてしまった。
「あの女……」
『そなたが力量を認めるのも納得であるな』
どこかで俺のことを疑っていたのかもしれない。首輪を預かったとき「魔王相手にはちょうどいいな」と言ったことがある。そうだとすれば、よく覚えているものだ。
首輪のことを俺が尋ねたせいで、もしやと思ったのだろう。魔王復活の噂は、タウロも知っていたことだ。
『そなたが出し抜かれるなど滅多にない。なかなかの見物であったぞ?』
くつくつ、とライラは楽しげに笑った。




